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3:アンダーグラウンド・ポエトリー・スラムと、七五調の刺客

「アンダーグラウンド・ポエッツ・ソサエティ(UPS)」、それが「ナラティブ・リーケージ現象」を引き起こし、世界を自分たちの創作する物語で上書きしようと企む謎の詩人集団の名称だった。彼らの目的は、田中一郎の「虚無ダサネス」を利用し、究極の「フィクショナル・エポス」を完成させること。だが、そのアジトもリーダーの正体も依然として謎に包まれていた。


「奴らの手がかりを掴むには、彼らが活動していると思われる『アンダーグラウンド・ポエトリー・スラム』に潜入するしかないかもしれんのぅ…」

Dr.ヘンテコリンは、地下ラボで怪しげな薬品(「飲むダサ力~虚無風味~」とラベルに書かれている)をフラスコで混ぜながら呟いた。ポエトリー・スラムとは、詩人たちが自作の詩を朗読し、その表現力や独創性、そして「コトノハ具現化の強度」を競い合う、非合法ギリギリのイベントらしい。UPSのメンバーもそこに頻繁に出入りしているという噂があった。


「ポエトリー・スラム…なんだか怖そうな場所ですね…」みさきは不安げな顔を見せる。

「確かにな。だが、情報収集のためには危険を冒すしかない。田中君、君の『何気ないダサさ』は、ああいう場所では逆に目立たないカモフラージュになるかもしれん。そして鈴木君、君の保育士としての『物語を読む力』は、彼らの詩の意図を読み解くのに役立つやもしれんぞ」

かくして、田中とみさきは(怜花は情報分析の後方支援、佐藤君は「僕のダサ力ポエムもアンダーグラウンドでは評価されるはず!」と勝手に護衛兼前座としてついてくることになった)、週末の夜に開催されるというポエトリー・スラム「コトノハ・ボルテックス」へと潜入することになった。


会場は、廃墟となった古い映画館の地下だった。薄暗く、タバコ(のようなコトノハの煙)とカビ(本物)の匂いが立ち込める中、黒ずくめの服や奇抜なファッションに身を包んだ「詩人」たちが、思い思いの言葉やコトノハを周囲に撒き散らしている。雰囲気はかなりアングラで、みさきは田中の腕にぎゅっとしがみついていた。


ステージでは、まさに詩の朗読バトルが繰り広げられていた。

「我が魂の叫びを聞け! 孤独という名の冷凍ピザ! 電子レンジでチンしても、心の芯まで温まらない! チーズは固く、サラミは悲しき旅立ち! ああ!ピザカッターが欲しい夜!」

詩人が絶叫すると、彼の頭上から本当にカチカチの冷凍ピザ(のコトノハ)が落ちてきて床に砕け散り、観客は「うおお! 冷凍ピザ! エモい!」「孤独の味だぜ!」「ピザカッター! 深い!」と熱狂している。明らかにダサ力(ぢから)基準の評価軸も混じっているようだった。


田中たちは目立たないように壁際で見学していたが、その時、ステージに一人の異様な風体の男が登場した。顔半分を能面で隠し、古風な狩衣(かりぎぬ)のようなものを身に纏っている。彼こそがUPSの幹部の一人、「七五調の貴公子」こと、五七五(いなご) 麿(まろ)だった。


「皆の者、耳を澄ませよ…麿が紡ぐは、魂鎮(たましず)めの調べ…」

麿は扇子を優雅に広げ、独特の抑揚で詩を詠み始めた。


「『春の夜(よ)の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ』…とは古(いにしえ)の調べ。されど麿が詠むは現代(いま)の憂い…」

その瞬間、麿の周囲に古風な桜吹雪(のコトノハ)が舞い、彼の詠む言葉が美しい毛筆体のコトノハとなって空間に浮かび上がり始めた!


「『ああ哀れ 液晶画面(えきしょうがめん) 眺むれば 指紋(しもん)ベタベタ 現実逃避(げんじつとうひ)』」

「『スマホの充電(じゅうでん) 気に病みて 心の充電(じゅうでん) 誰ぞする』」

「『既読(きどく)スルーに 胸焦がし 未読(みどく)のLINE(ライン)は さらに重し』」


彼の詩は、現代人の些細な悩みやあるあるを、流麗な七五調と古風な言葉遣いで詠い上げるもので、内容は極めて「ダサい」というか「くだらない」のだが、その表現力とコトノハの具現化能力は凄まじかった。観客たちはうっとりと聞き惚れ、「麿様ー!」「その指紋ベタベタ、分かりみ深すぎー!」「充電してー!」と熱狂のるつぼと化している。


(…この男…ただ者じゃない…!計算されたダサさと、高度なコトノハ制御能力…!)田中は背筋に冷たいものを感じていた。


麿の朗読が終わり、観客の熱狂が少し収まった頃、彼はステージ上からおもむろに田中の方を指差した。能面の奥の目が、鋭く光ったように見えた。

「そこの…どこか懐かしい『虚無』の香りを漂わせる御仁…。よろしければ一差し、その魂の調べを、麿に聞かせてはくださらぬか?」


「「「ええっ!?」」」

田中とみさき(と佐藤君と怜花)は絶句した。いきなり指名された!?


観客の視線が一斉に田中に集まる。ザワザワとした期待と好奇の空気が場を支配する。これはUPSの罠なのか? それとも純粋な興味?


「さあ、遠慮なさらず。この『コトノハ・ボルテックス』は、魂の自由なる発露の場。あなたのその『何もなさ』の奥にある何かを、麿は感じてみたいのですじゃ」

麿は優雅に、しかし有無を言わせぬ口調で促す。


(どうする…? ここで何か言えば、奴らにさらに注目される…しかし、断れば不審に思われる…)

田中は葛藤した。みさきは心配そうに彼の顔を見つめている。


その時、佐藤君が「課長代理! 今こそあなたの真の『ダサ力ポエトリー』を見せつける時です!僕が前座で空気を温めます!」と勝手にステージに駆け上がろうとしたが、屈強な黒服のスタッフ(コトノハで出来た筋肉を身にまとっている)に羽交い締めにされて連れ戻された。


田中は意を決した。やるしかない。だが、何を言えば? 下手に「ダサいこと」を意識すれば、あの「虚無」は出てこない。ありのままの、今の気持ちを…。


彼はゆっくりとステージに上がり、マイクの前に立った。会場の視線が痛いほど突き刺さる。目を閉じ、深く息を吸った。そして、ポツリと、呟いた。


「………………………………お腹、空きましたね……………」


シーン……。

会場は水を打ったような静寂に包まれた。観客たちはポカンとしている。麿も扇子を持ったまま固まっている。

あまりにも「素」すぎる言葉。ダサくもなければ、詩的でもない。ただの、中年男性の、生理的欲求。


田中自身、「しまった、これはただの感想だ…!」と顔面蒼白になる。


だが、その直後。ステージ上のスポットライトが突然チカチカと明滅し始め、どこからともなく大量の「ほかほかご飯(のコトノハ)」が雪のように降り注ぎ始めた!ご飯の粒はキラキラと光り、辺り一面、炊き立てご飯のいい香りが立ち込める!(コトノハなのに!)


「な、なんだこれは!? 言葉の具現化じゃなくて、もはや願望の具現化!?」

「お腹が空いた、と言ったらご飯が降ってきたぞ!?」

「この人…神か…!? それともただの腹ペコおじさんか!?」

観客は大混乱。


麿は、能面の奥で目を見開いていた。

「……素晴らしい……。これこそが…『無為自然』のダサネス…! 計算も、技巧も、意味すらも超越した、純粋なる『存在の欲求』! 我がUPSが求める『フィクショナル・エポス』の最終キーは、やはりあなたかもしれぬ…!」


麿は高らかに笑い、田中に向かって深々とお辞儀をした。

「田中一郎殿…改めて、我がソサエティへご招待いたしましょう。共に、新たなる世界の『詩』を紡ぎませんか?」


それは甘美な誘惑であり、同時に抗えない罠の始まりだった。田中の「お腹空いた」発言は、期せずしてUPSの幹部に強烈なインパクトを与え、彼らの計画に深く関わるきっかけを作ってしまったのだ。


田中はこの誘いにどう応えるのか? UPSの真の狙い、彼らが紡ごうとしている「フィクショナル・エポス」とは一体どのようなものなのか? 物語のラプソディは、アングラ詩人たちの手によって、さらに混沌とした協奏曲へと発展していく。その譜面には、世界の運命を左右する、とんでもない「オチ」が隠されているのかもしれない。


(TT) ←(たぶん、降り注ぐご飯のコトノハの温かさと、麿の能面の下の素顔への興味と、田中さん本当にお腹空いてたんだねという共感)

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