「アンダーグラウンド・ポエッツ・ソサエティ(UPS)」との虚構図書館での激闘、そして田中一郎の「寝言によるグレート・ナラティブ・リセット」から、季節は優しく巡り、木々の葉が黄金色に色づき始めた秋。田中一郎(53)、その腕にそっと寄り添う愛妻・田中(旧姓鈴木)みさき(デレ成分過多によりツンゲージは風前の灯火)の新婚生活は、まるで熟した柿のように甘く、時折みさきの作る斬新すぎる手料理(例:サンマの塩焼き風アップルパイ、隠し味はイカの塩辛)が予測不能な味覚の冒険へと誘う、そんな穏やかで刺激的な日々だった。
UPSのリーダーだった五七五麿は、ヘンテコリン博士のもとで「ダサ力(ぢから)と物語の健全なる倫理的活用」に関する更生プログラムを受け(時折、能面を被ったまま純喫茶カオスの掃除を手伝っている)、虚構図書館は世界の物語を優しく見守る「コトノハ・アーカイブ」として再出発。世界から「ナラティブ・リーケージ」は鳴りを潜め、人々は日常の中で時折現れる小さなコトノハ(例えば、課長の説教中に頭から湯気が出るなど)を「ああ、またか」と生暖かくスルーする程度の、平和な日々を取り戻していた。
田中家のOES現象(モノが感情を持ち田中に求愛する)も、月面での大冒険とルナ・ラビットΩの遠隔コトノハ・セラピー(内容は「イチローサンハミンナノモノ。デモサイユウセンハミサキオクサマ。コレ、ウチュウノホウソクネ」というものだったらしい)によってほぼ沈静化。目覚まし時計(ICHIRO-LOVE)は最近、田中の枕元でこっそりみさきの手編みのマフラー(田中とお揃い)のミニチュア版を編むのに夢中で、直接的な求愛行動は控えているようだ(ただし、みさきが田中に近寄るとマフラーの編み目が一瞬だけ鋭く尖るコトノハを発する)。冷蔵庫は相変わらず哲学的だが、「タマゴヨ…ニンゲントハ…アイヲオソレナガラモ…アイナシニハイキレヌソンザイ…ツマリハ…マヨネーズノヨウナモノカ…?」と、問いかけの対象が卵から人間にスケールアップしていた。電子レンジは月からの優子のコトノハ・エコーと時折交信しているらしく、チン!という音の後に「今夜ノ月ハ…タマゴヤキ色…ダソウデス…」とロマンティックな情報を伝えてくれる。
そんな日曜の昼下がり。田中とみさきはリビングで、秋の味覚満載のパンケーキパーティーを開いていた。今日のパンケーキはみさき作「錦秋(きんしゅう)お月見モンブラン~栗と柿と、何故か紅生姜のハーモニー~」。大量のモンブランクリームの上には満月のような栗の甘露煮と柿のコンポート、そして夜空の星のように紅生姜の千切りが散りばめられている。もはや前衛芸術の域である。
「田中さん、どうぞ! 秋の詩情(ポエジー)を詰め込みました!」
「あ、ありがとうございます…この紅生姜の配置に、宇宙の法則を感じますね…」
田中がいつものように(最近は若干みさきへの忖度を覚えた)コメントを口にし、パンケーキを一口頬張った、その時だった。
みさきの読んでいた育児雑誌(「カリスマ保育士みさき先生のドキドキ子育てコラム(仮)」の執筆依頼が舞い込んできているらしい)のページから、ふわりとパステルカラーのシャボン玉のようなコトノハが数個浮かび上がり、部屋の中を優しく漂い始めた。それは特に何かを形作るわけでもなく、ただキラキラと光っては消えていく。以前の「ナラティブ・リーケージ」のように物語が具現化するのとは少し違う、もっと純粋で感情的な「言葉の余韻」のようなものだった。
「…あら? またコトノハかしら…でも、なんだか今日のコトノハ、とても穏やかで…優しい感じですね」みさきはパンケーキを頬張りながら(紅生姜を避けつつ)微笑んだ。
「ええ…まるで、誰かの幸せなため息が、形になったみたいですね…」。このささやかで美しい現象こそ、世界の「言葉」と「感情」が新たな調和を取り戻しつつある証かもしれないと二人は感じていた。だがそれは、新たな、さらに奇想天外な「ラプソディ」の静かなプレリュードに過ぎなかった。その最初の不協和音(?)は、意外な人物からもたらされることになる。