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5:中世ダサ力魔女裁判と、讃美歌になった洗濯板

松尾芭蕉の「冷蔵庫スランプ」を解決し江戸時代の「ダサ力特異点」を修復した田中一郎とジクウ・ルリコ、そして彼らを追ってきたみさき、怜花、ヘンテコリン、佐藤君(おでんの出汁で復活)の一行。休む間もなく、彼らの乗る「時間冷蔵庫(クロノ・フリッジ)」と「時をかけるおでん(おでん出汁循環型クロノ・ジャンパー)」は、次なる異常が検知された15世紀の中世ヨーロッパ、フランスの片田舎へとワープした。


降り立ったのは、薄暗く陰鬱な雰囲気の村。石造りの家々は苔むし、道行く人々は皆、質素な服装でどこか怯えたような表情をしている。

「ココハ…『ダサ力魔女裁判』ガ猛威ヲ振ルッタ時代…」ジクウ・ルリコはタブレット型歴史分析装置(なぜかパンの形をしている。トーストすると今日の運勢が表示される機能付き)で周囲をスキャンしながら説明する。「当時、チョットデモ『ズレタ』コトヲ言ッタリ、『奇抜ナ』行動ヲトッタ女性ハ『魔女』トシテ糾弾サレ、火炙リニサレタノ。ソノ恐怖政治ガ、人々ノ自由ナ『ダサ力(ぢから)発想』ヲ著シク萎縮サセテシマッタ時代ヨ」


ルリコによれば、この時代の「ダサ力特異点」は近隣の修道院で歌われているという「絶対音痴賛美歌」にあるという。その賛美歌はあまりにも音程が外れ、歌詞も支離滅裂で、聞く者の精神を著しく不安定にさせる「負のダサ力」を放っている。それによって村人たちの心が荒み、無実の女性たちが次々と魔女として告発される事態になっているのだ。


「ソノ賛美歌ヲ『調律』シ、村ニ平穏ヲ取リ戻サナケレバ…!」


一行は問題の修道院へと向かった。ゴシック様式の古びた石造りの建物からは、確かにこの世のものとは思えないほど不協和音で、歌詞も「♪ア~メン、ソ~メン、ヒヤソ~メン~♪神ノ恵ミノ三色団子~♪ああ、靴下の中に忘れられた干し葡萄~♪」といった支離滅裂な「絶対音痴賛美歌」が漏れ聞こえてくる。聞いているだけで頭が痛くなりそうだ。


修道院の礼拝堂では、痩せこけた修道女たちが虚ろな目でその賛美歌を歌い続けていた。指揮をしているのは厳格な顔つきの老いた修道院長。彼女こそ、この「負のダサ力賛美歌」の元凶、シスター・アグネスだ。


「何者ですかな、あなたたちは? 異教の者か、あるいは魔女の手先か!」シスター・アグネスは鋭い目で一行を睨みつける。

「我々ハ未来カラキタ歴史修復家デス!」ルリコが毅然と答える。「シスター、アナタノソノ賛美歌ガ、村ニ不幸ヲ招イテルノデス!今スグ歌ヲヤメテクダサイ!」

「何を馬鹿な!この歌こそ神への絶対的な帰依と、世の乱れたダサ力(異端なユーモア)を浄化するための聖なる祈りですぞ!」


シスター・アグネスは、かつて村で流行した自由奔放な「ダサい歌」や「ユーモラスなジョーク」を「悪魔の囁き」と断じ、それらを打ち消すために、あえて最も不快で意味不明な賛美歌を作り歌い続けていたのだ。彼女の歪んだ正義感が、負のダサ力を生み出していた。


このままでは埒が明かない。田中は意を決して、みさきと目を合わせた。みさきも頷く。彼らが持つ「力」でこの歪んだ歌を「調律」するしかない。


田中は静かに前に進み出た。そしてシスター・アグネスと虚ろな目で歌う修道女たちを見つめ、ゆっくりと口を開いた。彼の脳裏には、いつものように脈絡のないイメージが浮かび上がってくる。「賛美歌」→「教会」→「洗濯?」→「洗濯板の音?」→「でも優しいリズム」→「お母さんの子守唄…?」


「………………………………皆さんの歌声は…………なんだか…………昔、おばあちゃんが……縁側で……古い洗濯板を使って……ゴシゴシと……何かを洗っている時の…………あの音に……似ていますね…………。力強いけど……どこか……もの悲しくて…………でも、その音を聞いていると…………不思議と…心が落ち着いて……眠くなってしまう…………そんな…………」


洗濯板の音と眠気。

その瞬間、礼拝堂に奇跡が起こった。

田中の「虚無にして優しいダサ力」に呼応し、修道女たちが歌っていた「絶対音痴賛美歌」のメロディと歌詞が、みるみるうちに変化し始めたのだ。


不協和音は消え、素朴で温かい旋律に。

支離滅裂だった歌詞は、「♪ア~メン、ソ~メン、大丈夫~♪神の恵みの肉じゃがパン~♪ああ、タンスの角に優しさひとつ~♪」といった、どこかほっこりとして、それでいて絶妙に「ダサくて優しい」内容へと変わっていったのだ。

おまけに彼女たちの足元からは洗濯板(のコトノハ)とふわふわの洗濯物(のコトノハ)、そしてシャボン玉(のコトノハ)が無数に湧き出し、礼拝堂全体を温かい光で包み込んだ。


修道女たちは、まるで長年の呪縛から解き放たれたかのように晴れやかな表情で新しい「洗濯板の子守唄(仮)」を歌い始めた。その歌声は村全体へと広がり、人々の荒んだ心は癒され、魔女狩りの熱狂も嘘のように収まっていった。


シスター・アグネスもまた、その光景を呆然と見つめていた。彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。

「……これこそが……真の…神の歌…? 私が…間違っていたと…いうのか…?」

彼女は力なくその場に崩れ落ちた。


「ヤッタワ!『ダサ力特異点』ノ修復完了ネ!」ルリコは歓声を上げる。


ヘンテコリン博士も「おお! 田中君の虚無ダサネスが、負のダサ力を中和し、新たな『調和ダサ力』を生み出した! まさにダサ力セラピーの奇跡じゃ!」と興奮冷めやらぬ様子。

佐藤君は「洗濯板と子守唄…そして肉じゃがパン…! このカオスにして深遠なる調和! 僕の新たなポエムのテーマが見つかりました!」と涙ながらにメモを取っている。

怜花だけは「結局、食べ物の歌なのね…」と冷静に呟いていた。


こうして中世フランスの「ダサ力魔女裁判」の危機は、田中一郎の「洗濯板の子守唄(feat.虚無ダサネス)」によって見事に(そしてゆるふわに)解決された。一行は、シスター・アグネス(今やすっかり優しいおばあちゃんに戻り、村人たちに肉じゃがパンを振る舞っていた)に見送られ、次の「ダサ力特異点」へと旅立つ。


だが彼らはまだ知らない。この時空を超えた冒険の背後で糸を引く、真の黒幕「メロディ・ノイズ」の存在を。そして彼らの次なる目的地が、さらに奇想天外で、かつてないほど「壮大なダサさ」に満ちた時代であることを…。

讃美歌になった洗濯板が奏でるメロディは、歴史の教科書には載らない、奇妙で心温まる伝説として、その村に長く語り継がれることになったとか、ならなかったとか。


(TT) ←(たぶん、肉じゃがパンの美味しさと、シスター・アグネスの改心の涙と、次の時代へのワクワク感)

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