中世フランスのダサ力魔女裁判を「洗濯板の子守唄」で平定した田中一郎一行。彼らが次に向かったのは、ジクウ・ルリコのパン型歴史分析装置が指し示した、なんと白亜紀後期、恐竜たちが闊歩する6600万年前だった。
「マ、マサカ…コノ時代ニモ『ダサ力特異点』ガアルトイウノ!?」ルリコ自身も驚きを隠せない。
時間冷蔵庫(クロノ・フリッジ)と時をかけるおでん(通称:クロデン)は、鬱蒼と茂るシダ植物のジャングルの中に、やや乱暴に着陸(おでんは少し汁がこぼれた)。周囲からは恐竜たちの咆哮や奇妙な鳥の鳴き声が聞こえ、まさにジュラシック・ワールド(ダサ力風味)だ。
「落ち着くのじゃ!」ヘンテコリン博士が、おでん鍋の蓋を盾のように構えながら叫ぶ。「この時代の特異点は、特定の恐竜…ティラノサウルス・レックスの『王者の雄叫び』にあると推測される!その雄叫びがあまりにも『ダサく』、かつ『虚無的』であったため、当時の生態系のコトノハ・バランスを著しく破壊し、結果として恐竜絶滅の一因となった可能性があるのじゃ!」
ティラノサウルスのダサい雄叫びが恐竜絶滅の原因とは、あまりにも突拍子もない説だが、この世界の奇妙さを考えればあり得なくもない。
「ソノ雄叫びヲ『調律』シナケレバ、白亜紀ノ終ワリニ起コルハズノ隕石衝突(コレハコレデ大問題ダケド)ヨリモ前ニ、ダサ力(ぢから)的カタストロフィデ恐竜ガ絶滅シ、未来ノ歴史ガ大キク変ワッテシマウ!」ルリコの分析もそれを裏付ける。
一行はジャングルの中をティラノサウルス(以下T-REX)を探して進む。巨大な昆虫(のコトノハ)が飛び交い、足元からはアンモナイト(のコトノハ、なぜか醤油で煮付けられている)が転がり出てくる。みさきは田中の腕にしがみつきっぱなしだ。佐藤君だけは「おお!この原始の鼓動!僕の魂のポエムが共鳴する!」とインスピレーションを得て新しい詩を書き殴っている。怜花は冷静に周囲の植物を採集し「これは食用になるかもしれないわね…(おでんの具材が尽きかけている)」と呟いていた。
やがて巨大な足跡と地響きのような咆哮が聞こえてきた。開けた場所に出ると、そこに巨大なT-REXがいた。そのT-REXは、しかし我々が知る勇ましい姿とは程遠く、なぜか首をかしげ、しょんぼりとした表情で小さな前足をモジモジさせている。そして時折、思い出したようにこう叫ぶのだ。
「グォォォ…(今日の晩御飯、なんだっけな…トリケラトプスのお刺身、もう飽きたんだよな…もっとこう…斬新な…例えば…火山灰で燻製にしたマンモスの鼻とか…あ、マンモスはこの時代にいないか…)…ガオォォ…(そもそも俺、なんでこんなに手が小さいんだろう…背中とか掻けないし…スマホとかも操作できないじゃん…あ、スマホもないか…)…グギギギ…(あー、なんかもう全部どうでもよくなってきた…とりあえず寝るか…でも寝違えたらこの短い手じゃ首支えられないし…ああ…)」
これが問題の「王者の雄叫び」だった。あまりにも弱気で、日常的で、内向的で、底抜けに「ダサい」悩みと愚痴のオンパレード。その度に彼の頭上から「しょぼーん(´・ω・`)」というコトノハの顔文字や「人生オワタ\(^o^)/」というコトノハのアスキーアート、さらには「月曜日の朝の満員電車」や「締切前の漫画家の部屋」といった現代社会の負の象徴のようなコトノハが次々と出現し、周囲のプテラノドンたちはそのコトノハに直撃されて次々と鬱状態になり墜落していく。まさに生態系の危機だ。
「ヒ、ヒドイ…コレハ確カニ『負ノダサ力カタストロフィ』ヨ…!」ルリコも顔面蒼白だ。
「このT-REX、おそらく王としてのプレッシャーと孤独から、極度のネガティブ思考に陥ってしまったのじゃな…! あの雄叫びは、彼の魂の悲痛な『虚無ポエム』なのじゃ!」ヘンテコリンも分析する。
「なんとかして、彼を元気づけないと…!」みさきが言う。しかし、どうやって? T-REXの悩みはあまりにも人間的で、かつ哲学的(?)ですらある。
その時、佐藤君が「僕に任せてください!」とT-REXの前に躍り出た。そして彼がこの白亜紀で書き上げた渾身の新作ポエム『ティラノサウルス哀歌~短き腕と長き夜、それでも君は美しい~』を高らかに朗読し始めた。
「おお、孤独なる王よ!その小さき手は星を掴むため!その憂いは明日の肉をより美味しく食らうため!絶望の淵でこそダサ力(ぢから)は輝く!吠えろ!汝の魂の雄叫びを!それは宇宙に響くラブレターとなるであろう!」
佐藤君のポエムは相変わらずダサく意味不明だったが、その根底にある純粋な「応援したい」という気持ちは、T-REXの心にわずかに届いたのかもしれない。T-REXはキョトンとした顔で佐藤君を見つめ、ほんの少しだけ口元を緩めた(ように見えた)。そして彼の頭上の「しょぼーん」コトノハが、一瞬だけ「あれ?(´・ω・`)?」に変わった。
「今です!田中さん!」みさきが叫ぶ。
田中もまた、このT-REXの姿にどこか自分自身を重ね合わせていたのかもしれない。孤独、不安、意味のなさ。彼は静かにT-REXの前に進み出て、自身の心からの「エール」を言葉にした。それはもはや「ダサ力」ですらなかった。ただの、温かくて、少しだけおかしな励ましの言葉。
「……………………………………………………………………………………あの、T-REXさん。あなたのその、短いお手手…………なんだか…………とても……愛おしいですよ…………。まるで……一生懸命、何かを掴もうとしているのに……届かなくて……でも、その仕草が…………見ているこっちの心を……なぜか、くすぐるような…………。あれですよ…………雨上がりの道端で……ひっくり返ったダンゴムシが……必死で起き上がろうとしているのを……応援したくなる…………そんな気持ちに……似ています…………。大丈夫です…………そのままで…………あなたは、きっと…………愛されていますから…………」
ダンゴムシと愛。
その瞬間、T-REXの大きな瞳から、ポロリと一粒の涙(のコトノハ)がこぼれ落ちた。そして彼は天に向かって、今までにない、力強く、それでいてどこか優しい雄叫びを上げた。
「グオオオオオオオオオオオ!(俺は、俺のままでいいんだ!短くたって、この手で何かを掴んでみせる!そして背中が痒いときは、木で掻けばいいじゃないか!)」
その雄叫びと共に彼の頭上には「Vサインをする短い前足」と「ピカピカの太陽」、そして「なぜか美味しそうな骨付き肉」のポジティブなコトノハが輝き、周囲の恐竜たちも元気を取り戻し、ジャングルに生命の喜びが満ち溢れた。
「やりましたね!田中さん!」みさきは満面の笑みで田中に抱きついた。
「ええ…なんだかよく分かりませんが…よかったです…」田中も照れながら微笑む。
だが、安堵したのも束の間、ヘンテコリン博士が血相を変えて叫んだ。「大変じゃ! 時をかけるおでんの『出汁燃料』が完全に底をついた!佐藤君のポエムエネルギーも使い果たした!これでは現代に帰れん! 我々は恐竜時代に置き去りじゃー!」。おでん鍋の火は消え、ただ虚しく湯気だけが立ち上っている。時間冷蔵庫の方も度重なる時空跳躍でエネルギー残量が危険水域に達していた。
絶体絶命の「時空おでん出汁クライシス」。彼らはどうやって現代に帰るというのか。
まさか、ここで本当に恐竜時代のエンドロールが流れてしまうのか。
物語は、もはや「ゆるふわ」では済まされない、壮絶サバイバル(ダサ力風味)へと突入するのか。
(TT) ←(たぶん、T-REXの感動の涙と、おでんの出汁がなくなった絶望と、この後本当にどうなるの!?という読者の悲鳴)