白亜紀後期、ティラノサウルスの「ダサ力(ぢから)鬱」を見事(?)克服させ、生態系のコトノハ・バランスを修復した田中一郎一行。しかし彼らを乗せてきた「時をかけるおでん」と「時間冷蔵庫(クロノ・フリッジ)」は共にエネルギー切れ寸前。現代への帰還が絶望的という、まさに恐竜も裸足で逃げ出す(比喩)レベルのピンチに陥っていた。
「ど、どうすればいいんですか博士!このままじゃ私、ティラノサウルスのお嫁さんになっちゃうかもしれないじゃないですか!(混乱)」みさきは半泣きだ。隣では元気になったT-REXが「グルル?(訳:俺の嫁…?悪くないかも…?)」と期待の眼差しを向けている。まずい。
「落ち着け、鈴木君! 最悪、我輩が開発中の『サバイバル用インスタント味噌汁(お湯なしでも水でふやける。味は保証せん)』がある!」ヘンテコリンはリュックから怪しげな粉末を取り出すが、それは解決策ではなさそうだ。
佐藤君は「ああ…僕のダサ力ポエムも、もはや出がらしのお茶っ葉のよう…」と力なくうなだれている。怜花は冷静に周囲の植物を観察し「このシダ植物、もしかしたら出汁が取れるかもしれないわ…苦いけど」とサバイバル能力の高さを見せつけていた。
ジクウ・ルリコもパン型歴史分析装置で必死に解決策を探すが、「未来技術デモ…コノ状況ヲ打ツ手ナシ…アッタトシテモ…確率0.00001%ノ『アレ』クライ…」と絶望的な数値を叩き出す。
田中は考えた。この状況を打開するには、常識を超えた「何か」が必要だ。そしてそれは、やはり自分の内に眠る「力」かもしれない。だが、今の自分にはあの虚構図書館で寝言と共に発動した「物語調律能力」を意図的に引き出す自信はない。かといって「虚無ダサネス」でこの状況を無に還しても帰れるわけではなかった。
(そうだ…あの時の、僕の、ただの…素直な「願い」…それが鍵だったんだ…!)
田中は目を閉じ、心の中で強く願った。
(帰りたい…みんなで、無事に、僕たちの時代へ…みさきさんの手料理が待つ、あの温かい日常へ…!そしてできれば…今日の夕飯は…あの…懐かしい…謎肉がたくさん入ったカップ麺が食べたいなぁ…お湯は3分ぴったりで…醤油味がいいなぁ……)
それは英雄的な願いでも何でもない。しがない中年サラリーマンの、ささやかで、どこまでも個人的で、ちょっぴり「ダサい」願望だった。
その瞬間、奇跡が起こった。
田中の頭上からではなく、彼の心の中から直接、黄金色の温かいコトノハの光が溢れ出し、それがまるでオーラのように一行全体を包み込んだのだ。
それは「虚無」でも「物語」でもない。もっと純粋で、もっと根源的な「願い」そのもののエネルギー。名付けて「ダサ力ウィッシュ・フィールド」(命名:ヘンテコリン、後日)。
「な、なんだこの温かくて懐かしくて、無性にカップ麺が食べたくなる波動は!?」ヘンテコリンが叫ぶ。
「時間冷蔵庫と時をかけるおでんのエネルギーが…急速にチャージされていく!?」ルリコも驚愕する。
田中一郎の「カップ麺食べたい(しかも謎肉多めで醤油味)」という純粋で強力な(ある意味で)願いのコトノハが、時空を超えたエネルギーと共鳴し、タイムマシンたちの燃料を再充填し始めたのだ。おでん鍋からは再び香ばしい出汁の香りが立ち上り、冷蔵庫も「冷凍パワー、復活シマシタ!」と元気な声で報告した。
「今だ!現代へ帰還するぞ!」
ヘンテコリンの号令一下、一行はそれぞれのタイムマシン(?)に飛び乗り、懐かしの21世紀日本、スマイルフーズ給湯室(冷蔵庫)と純喫茶カオス地下ラボ(おでん)目指して最後の時空跳躍を開始した。
白亜紀の恐竜たち(特にT-REX)は、去りゆく彼らに「グオオオオ!(訳:友よ、またいつか!カップ麺送ってくれよな!)」と別れの咆哮を送った。
そして──時空のトンネルを抜け、まばゆい光と共に彼らが帰還したのは、まさに見慣れた日常だった。だが、時空修復の影響か、はたまた単なるヘンテコリンの操縦ミスか、冷蔵庫も時をかけるおでんも、なぜかスマイルフーズ社屋の屋上に、ほぼ同時に、しかも結構な衝撃で不時着(?)してしまった。
「「「うわあああああっ!!(本日二度目)」」」
屋上にいた鳩が一斉に飛び立ち、何事かと窓から顔を出した社長(昼寝中だった)が腰を抜かす。まさに大混乱。だが、彼らの心配をよそに、屋上の床からあの見覚えのある巨大な「何か」が、ゆっくりと、しかし確実に姿を現し始めた。
それは、布団だった。
五十嵐園長愛用の「言霊布団叩き」によって宇宙規模で吹っ飛ばされたあの布団の、さらに進化した「超時空圧縮収納型・お迎え専用お布団(五十嵐園長スペシャル)」だったのだ。その布団は巨大なエアバッグのように衝撃を吸収し、タイムマシンと乗員たちを優しく受け止めた。
「いやー、田中さん、みさきさん、皆さん、お帰りなさい! ヘンテコリン博士から『そろそろお迎えの時期で布団もパンパンじゃ!』って連絡があったもので、私がこの『超時空布団キャッチャー』でソフトランディングのお手伝いをさせていただきましたわ! え? これくらい世界の平和と歴史の安寧のためなら当然ですわよ、オホホホホ!」
布団の上で仁王立ちする五十嵐園長。その神々しいまでの「何でもアリ」感に、一行はもはやツッコむ気力もなかった。
こうして、田中一郎とその仲間たちの時をかけた「ダサ力特異点」修復の冒険は、五十嵐園長の超絶技巧(?)によって、またしてもシュールでゆるふわな大団円を迎えたのであった。
現代社会に溢れていた「リリック・エコー」もすっかり鳴りを潜め、人々は再び(やっぱりダサい)日常へと戻っていった。
*
全てが終わり、田中一郎とみさきは自宅アパートのリビングでほっと一息つきながら、みさきが淹れた温かいほうじ茶を飲んでいた。添えられているのは、みさき作「時空を超えた感謝の栗きんとんパイ~隠し味は未来の宇宙食(乾燥ミミズ風味)~」。さすがに乾燥ミミズは遠慮したいところだが、愛は感じる。
「…なんだか、夢でも見ていたみたいですね…」田中がしみじみと言う。
「本当に…江戸時代に行って、魔女裁判に巻き込まれて、恐竜に会って…冷蔵庫とおでんで時空旅行なんて…」みさきも遠い目をする。「でも、田中さんがいてくれたから、怖くなかったですよ」
「私も、鈴木先生がいてくれたから、頑張れました」
二人は見つめ合い、自然に微笑み合う。その瞬間、部屋の隅に置いてあった掃除機(ゴロゴロスリスリ)が、小さく「フシュー…(訳:お帰りなさい、お二人とも。お疲れ様でした)」と安堵のコトノハのため息を漏らした。まだ少しだけOES現象の名残はあるのかもしれない。でもそれはもう日常を脅かすものではなく、二人の幸せを見守る優しいノイズのようなものだ。
「それにしても」とみさきが言う。「あのジクウ・ルリコさん、結局何者だったんでしょうね? 本当に未来の歴史学者だったのかしら…」
「さあ…?でも、彼女がいなければ、私たちは時空の迷子になっていたかもしれませんね」
「リリック・エコー現象の背後にいた『メロディ・ノイズ』というのも、結局正体不明のままでしたし…」
「ええ…でもヘンテコリン博士は、『宇宙のダサ力(ぢから)バランスは常に揺れ動いておる。いつかまた新たな脅威が現れるやもしれんが、その時はまた君たちの愛とダサ力で何とかなるじゃろう!ハッハッハ!』と楽観的でしたけどね」
まあ、それがこの世界の通常運転なのかもしれない。
田中はほうじ茶を一口飲み、窓の外の夕焼け空を見つめた。
「……あの夕焼けの色……なんだか…………冷蔵庫の奥で、忘れられてカピカピになった……チーズの切れ端の色に…………似ていますね…………。でも、よく見ると……そのカピカピチーズの隅っこに…………みさきさんが昔、僕にこっそりくれた……手編みの、小さなハートのコースター(のコトノハ)が……重なっているような…………そんな……温かい……醤油染み…………」
「……しょ、醤油染みって、結局そこに戻るんですか!?」みさきは顔を真っ赤にして抗議しながらも、その声は嬉しそうだ。彼女の頭上には、今や見慣れた大きなハートマークのコトノハが、夕焼け色の湯気と共にふわふわと浮かんでいる。
平熱だった男、田中一郎。彼の「昇華」の旅は時空を超えた冒険を経て、また一つ、新たな日常のページをめくった。
彼の心には今も心地よい微熱と、愛する妻への温かい想い、そして時折噴出する超絶ダサい「何か」が同居している。
それが彼の個性であり、彼が生きるこの奇妙で愛おしい世界の、一つの真実の形なのかもしれない。
物語は、たぶん、まだ終わらない。なぜなら、人生という名の「醤油染み」だらけのテーブルクロスの上では、いつだって新しい「おかず(物語)」が待っているのだから。
そして、いつかまた冷蔵庫が哲学を語りだし、おでんが時をかける日が来るのかもしれない。
(TT) ←(たぶん、栗きんとんパイの甘さと乾燥ミミズの衝撃と、それでも続く日常への安堵と、次は何が起こるんだろうというワクワクが入り混じった、究極のハッピーエンドの涙)