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2:概念汚染パンデミックと、「面白さ絶対防衛ライン」

感情や概念がコトノハとして物質化する「CM現象」は、瞬く間に世界中へと広がり、「概念汚染パンデミック」とでも呼ぶべき深刻な事態を引き起こした。喜びや愛といったポジティブな感情のコトノハは日常にささやかな彩りやユーモアをもたらしたが、それ以上に厄介だったのは、怒り、憎しみ、妬み、不安といったネガティブな感情のコトノハであった。


街には、人々の不満やストレスが「灰色のモヤ(コトノハ)」となって漂い始め、それを吸い込むと無気力になったり、イライラしやすくなったりする。インターネットの炎上は文字通り「炎の竜巻(コトノハ)」となって現実世界に出現し、特定のビルや人物を襲撃する(幸い物理的な破壊力はまだ弱いが、精神的ダメージは甚大だ)。政治家の失言は「巨大な泥団子(コトノハ)」となって国会議事堂の屋根に降り注ぎ、国際問題に発展しかねない事態も発生した。


特に深刻だったのは、この世界の根幹である「ダサ力(ぢから)」に関わる概念の暴走だ。人々が「あの人のダジャレ、最高にダサくて胸キュン!」と思えば、その対象の周りにピンク色のハートと同時に「理解不能」という文字のコトノハが乱舞し、時には「古びたこけし(ダサさの象徴?)」の幻影がその人をストーキングする。逆に「今のギャグ、寒すぎて鳥肌…」と感じれば、その場に本物の氷柱(コトノハ、触ると冷たい)が突き刺さり、周囲の気温が実際に数度下がる。ダサいかどうかの判断基準がコトノハによって可視化され強制されることにより、人々の自由な感性やユーモアは息苦しさを増していた。


「これは…!『概念の過剰な意味付け』と『感情の強制共有』による、世界のディスコミュニケーションじゃ!」ヘンテコリン博士は純喫茶カオスの地下ラボで、飛散するコトノハの粒子(のようなもの)を採取しながら分析を続けた。「CM現象は、人々の心のバリアを破壊し、無防備な感情や思考を垂れ流しにさせ、それをお互いに浴びせ合うことで、負の感情を増幅させておる!」


このままでは世界は相互不信と感情汚染によって自滅してしまう。何とかしてこのCM現象の根源を突き止め、対処しなければならない。しかし、その手がかりは全く掴めなかった。月からのコトノハ通信も途絶え、ルナ・ラビットΩの安否も不明だ。


そんな絶望的な状況の中、希望の光(かもしれないもの)は意外なところから現れた。スマイルフーズ経理部の佐藤君である。

彼は「概念汚染パンデミック」の影響で、社内に漂う同僚たちのネガティブな感情コトノハ(「この仕事、つまんない…」「部長の説教、長すぎ…」「給料安い…」など)を大量に浴び続け、ある日ついに臨界点を超えた。

「うおおおお! もう耐えられない! 僕の魂が! ポジティブな『ダサ力愛』で! この淀んだ空気を浄化せずにはいられないッッ!!」

そう叫ぶと、佐藤君の全身から、彼がこれまで書き溜めてきた「ダサ力と愛のポエム集~マシュマロ色の溜息・時々ネギとコンニャク編~」の全ページがコトノハとなって吹き出し、オフィス中に拡散した!


そのポエムのコトノハは、お世辞にも美しいとは言えないものの、その底抜けの「ダサさ」と「前向きな勘違い」、そして「誰かを元気づけたい」という純粋な善意が、ネガティブな感情コトノハをまるで消しゴムで消すように中和し始めたのだ!

「灰色のモヤ」が薄れ、「炎の竜巻」が鎮火し、「泥団子」が綺麗な砂に変わっていく…。佐藤君のダサ力ポエムは、期せずして強力な「概念浄化作用」を発揮したのである。


「こ、これは…! 佐藤君の『ピュア勘違いダサネス』が、ネガティブ概念の持つ『過剰な意味性』を破壊し、『まあ、いっか』という究極の『どうでもよさ(ある種の虚無)』へと昇華させておるのか!?」ヘンテコリン博士は驚愕する。

田中一郎の「虚無ダサネス」が悪意を無効化する盾ならば、佐藤君のそれはネガティブ感情を笑い飛ばす癒しの霧のようなものかもしれない。


この発見は大きなヒントとなった。「概念汚染パンデミック」の元凶が「過剰な意味付け」と「感情の強制共有」にあるならば、それに対抗するには「適度な無意味さ」と「個人の感情の尊重」、何よりも「ユーモアの精神」が必要なのではないか?


ヘンテコリン博士は、佐藤君のダサ力ポエムのコトノハ・エネルギーを解析し、新たな対抗策を編み出す。それは「面白さ絶対防衛ライン(Funny Absolute Defensive Line = FADL)」構想であった。

世界中の人々に「適度にダサくて、クスッと笑える、でも深く考えさせない」ユーモラスなコトノハを発信させ、それによってネガティブな概念コトノハの侵食を防ぐという、壮大でどこか間の抜けた計画だ。


そのための秘密兵器として、博士が開発したのが「全自動ダサギャグ生成&拡散システム『ヘンテコ1号』(見た目は巨大な招き猫。時々『お客さん、もっと笑ってニャ~』と喋る)」と、それを一般市民が簡単に操作できるアプリ「ゆるふわコトノハメーカー」であった。


「さあ、田中君、みさき君、そして佐藤君! 君たちにはこの『ヘンテコ1号』のメインオペレーターと、『ゆるふわコトノハメーカー』の公式アンバサダー(という名のデモンストレーター)として、世界に『健全なるダサさ』を広めてもらうぞ! 目指すは、世界総ダサ力化による感情平和じゃ!」


かくして、田中夫妻と佐藤君(なぜかリーダーに任命された)は、世界を救う(かもしれない)ための「ダサギャグ布教活動」という、前代未聞のミッションに挑むことになる。彼らが最初に訪れたのは、ネガティブコトノハ汚染が最も深刻とされる国会議事堂であった。そこで彼らは、与野党入り乱れて泥仕合を繰り広げる議員たちに向かって、渾身の「ゆるふわコトノハ」を放つのだが…。


事態は彼らの想像をはるかに超え、奇妙でカオスな、それでいてどこか愛おしい「言葉の祭典」へと発展していく。そして、この「概念汚染パンデミック」の背後に潜む真の敵の姿もまた、徐々にその輪郭を現し始めていた。それは、「意味」そのものを憎み、全てを無に帰そうとする、宇宙規模の「虚無の使者」なのかもしれない。


(TT) ←(たぶん、佐藤君のポエムに浄化された世界の涙と、招き猫型兵器への期待と不安、そして次は国会議事堂で何が起こるんだというワクワク感)

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