「面白さ絶対防衛ライン(FADL)」構想に基づき、田中一郎、みさき、そして(なぜか)ダサギャグ布教活動のリーダーに任命された佐藤君は、ヘンテコリン博士開発の全自動ダサギャグ生成&拡散システム「ヘンテコ1号」(巨大招き猫)と共に、ネガティブコトノハ汚染が最も深刻な国会議事堂へと乗り込んだ。怜花は後方支援として、ヘンテコ1号の遠隔操作と情報分析を担当する。
国会議事堂内部は、まさにカオスだった。「疑惑の総合商社!」「税金の無駄遣い!」「お前の母ちゃんデベソ!」といった罵詈雑言のコトノハが黒い文字や泥団子となって飛び交い、議員たちの頭上には「怒りマーク」「うんざり顔」「お疲れ様でした(諦観)」といった感情コトノハが明滅している。空気に漂うのは、濃密な不信感と倦怠感のコトノハ。これではまともな議論などできるはずもなかった。
「ひ、ひどい汚染状況ですね…」みさきは顔をしかめる。
「大丈夫です、みさきさん! 僕の愛とダサ力(ぢから)のポエムが、この淀んだ議場に一陣の『ゆるふわ旋風』を巻き起こします!」佐藤君は意味不明の自信に満ちている。
田中はといえば、「…なんだか…ここの絨毯の赤色…昔、実家で飼ってた金魚のエラの色に似てますね…すごく…呼吸が苦しそうだった記憶が…」と、早くも彼独特の虚無ダサネスを発動させ始めていた。その言葉と同時に、周囲の黒い罵詈雑言コトノハが一瞬だけ金魚のエラの幻影(コトノハ)に変わり、微妙に生臭い空気が漂った。若干だが効果はありそうだ。
「よし!作戦開始じゃ!」通信機越しにヘンテコリン博士が指示を出す。「まずは『ヘンテコ1号』による『ウェルカム・ダサ挨拶』で、場の空気を『無害化』するのじゃ!」
佐藤君の号令一下、「ヘンテコ1号」(巨大招き猫)がギギギ…と動き出し、その大きな口から大量の「ゆるふわコトノハ」を議場に放射し始めた!
『国会の皆さん、コンニチハ! 会議は踊る、されど進まず? まるで僕の家のWi-Fiみたいだニャ~!』
『予算審議も大切だけど、たまには空でも見て一句詠んでみニャい?「五月雨を あつめてはやし 最上階(なんちゃって)」』
『居眠り議員さん、お疲れ様ですニャ!夢の中で素敵な法案、可決できましたかニャ?』
招き猫から放たれるのは、当たり障りのない、しかし絶妙に間の抜けた、ほんのりダサくてどこか憎めないコトノハの数々であった。それらは議場を飛び交う罵詈雑言のコトノハにぶつかると、あたかも中和反応を起こすかのように、シュワシュワと音を立てて双方とも消えていく!
「おお!効いてる!効いてますよ博士!」佐藤君は歓喜の声を上げる。
議員たちも、突然の招き猫の乱入と意味不明なコトノハ攻撃に呆気に取られ、罵り合いを一時中断している。場の緊張が少しだけ和らいだようだ。
「今じゃ!みさき君!君の得意な『ほっこりコトノハ』で追撃するのじゃ!」
「は、はい!」みさきは深呼吸すると、日頃保育園の子供たちを笑顔にする、あの優しく温かい声で語りかけた。
「議員の皆さん、毎日お疲れ様です。皆さんがこの国を良くしようと頑張っていること、きっと国民の皆さんは見ていますよ。…ちょっとだけ、深呼吸してみませんか? そして、思い出してください。子供の頃、何になりたかったか。どんな大人になりたかったか…」
みさきの言葉と共に、彼女の周囲からキラキラと光るシャボン玉(コトノハ)が溢れ出し、議場を優しく包み込む。シャボン玉の中には、議員たちの幼い頃の夢(「サッカー選手!」「ケーキ屋さん!」「宇宙飛行士!」など)がコトノハとして映し出されていた。
それを見た議員たちの表情が、みるみるうちに変化していく。険しい顔が和らぎ、中には涙ぐむ者も現れた。
「そうだ…俺は…昔、プロレスラーになりたかったんだ…人々に勇気と感動を与える…」
「私は…看護師さんに…困っている人を助けたいって…」
互いを罵り合っていた議員たちが、いつしか自分の原点を思い出し、どこか晴れやかな表情になっていた。
「素晴らしいぞ、みさき君! 田中君! 君も仕上げに『虚無ダサネス』で、この場の『意味の飽和状態』をリセットするのじゃ!」
田中は頷き、静かに目を閉じた。そして、彼の心に浮かんだのは、この騒がしい議場とは対極にある、ごくごく個人的で、あまりにも些細な「日常の断片」。
「…………………………………………お昼に食べた…カツ丼の…玉ねぎが…一つだけ…妙に大きくて…しかも、端っこが少し…焦げてて…………でも、それがなぜか…一番美味しかった…………そういうことって………ありますよね……………?」
カツ丼の焦げた玉ねぎ。
そのあまりにも「どうでもいい」けれど、誰もが一度は経験したことがあるような「日常のリアリティ」のコトノハが、議場に静かに、それでいて確実に浸透していく。
それは「虚無」というよりは、日常という「絶対的な肯定」だったのかもしれない。
その瞬間、議場を覆っていた全てのコトノハ――罵詈雑言も、感情のモヤも、佐藤君のポエムの残骸すらも――が、あたかも朝靄が晴れるようにスッと消え去り、後に残ったのは、少し気まずそうに、しかしどこかスッキリとした表情で互いを見つめ合う議員たちの姿だった。
混乱が収束し、まさに一件落着かと思われたその時。
議場の傍聴席の片隅で、フードを目深に被った一人の謎の人物が、静かに、それでいて禍々しいオーラを放ちながら立ち上がった。
「…ククク…面白い余興だったな。だが、所詮は付け焼き刃の『癒し』と『どうでもよさ』。世界の『意味の欠如』は、そんなものでは埋められんよ」
その人物がフードを取ると、現れたのは意外な顔だった。なんと、数年前に政界を引退したはずの元総理大臣、鏡 京太郎(かがみ きょうたろう)! その目は赤く輝き、口元には冷酷な笑みを浮かべている。彼はかつて「言葉の魔術師」と呼ばれたが、その実態は「意味」に取り憑かれ、世界を自分の意のままに「編集」しようとした危険人物だったのだ。彼こそが「概念汚染パンデミック」を引き起こした真の黒幕、「マスター・エディター」であった!
「君たちのやっていることは、ただの対症療法に過ぎん。世界の根本的な『誤謬(エラー)』は、人の心に『意味』などという不確かなものが存在することだ! 私が全てを『無意味』に『再定義』し、完全なる『静寂の世界』を創造する!」
鏡元総リはそう宣言すると、懐から取り出した万年筆(コトノハ制御デバイス『デリート・ペン』)で宙に何かを書き始めた!
すると議場の壁や天井に無数の「黒い方程式」や「意味不明な幾何学模様」のコトノハが走り回り、空間そのものが不安定に歪み始める! これが「意味の再定義」か!?
「うわああ! 頭が! 頭が『無』になる!」議員たちが次々と意識を失い始める!
「あれは…! 『アブソリュート・リダクション(絶対的還元)』! あらゆる概念を究極の無意味へと分解してしまう、最悪のコトノハ攻撃だ!」ヘンテコリン博士が絶叫する。
田中とみさきは鏡元総理の前に立ちはだかる。
「やめなさい! 世界から意味を奪って、何が残るというんですか!」
「フン、感傷だな。意味など、苦しみを生むだけだ」
その時だった。議場の最前列で一人だけ、まだ意識を保っていた現総理大臣(昼寝が得意なことで有名)が、おもむろに立ち上がり、鏡元総理に向かって大声で宣言した!
「鏡君!君の言うことは、さっぱり分からん! だが一つだけ言わせてくれ! 私の秘書は、今日、カニカマ入りの卵焼きを作ってきてくれた! それが、とてつもなく…美味しかったんだ! それだけは、絶対的な『意味』のあることだ!」
総理大臣の魂の叫び(カニカマ入り卵焼きへの愛)。その瞬間、彼の頭上から巨大なカニカマと卵焼きのコトノハが後光のように出現し、鏡元総理の「無意味化フィールド」に亀裂を入れた!
「な、なんだと!? カニカマの『意味』が、私の『無』を…!?」鏡元総理が動揺する。
「今です! 田中さん!」みさきが叫ぶ。
田中もまた、総理の言葉に何かを感じ取っていた。意味とは、壮大な理念や哲学だけではない。日々のささやかな喜び、誰かの手作りの温もり、そういうものの中にこそ、本当の「意味」があるのかもしれない。
田中は鏡元総理に向かって、彼の人生で最も「素」で、最も「正直」で、そして恐らく最も「ダサい」であろう言葉を、静かに、それでいてはっきりと告げた。
それは、世界を救う英雄の言葉ではなかった。ただの、妻を愛する、一人の凡庸な中年男性の、魂からの「生活感あふれる宣言」だった…。
国会議事堂を揺るがす「意味」と「無意味」の最終決戦!果たして田中一郎の「生活感ダサネス」は、鏡元総理の「絶対的還元」を打ち破ることができるのか!?そして、カニカマは世界を救うのか!?物語は抱腹絶倒にして感動(?)のクライマックスへ!
(TT) ←(たぶん、カニカマ卵焼きの美味しさと、鏡元総理の動揺と、田中さんの次のダサ名言への期待感)