国会議事堂での「カニカマ・レクイエム」事件から数ヶ月。世界はすっかり平穏を取り戻し、人々は時折現れるささやかなコトノハ(主に食べ物関連)を「ああ、またか」と微笑ましく受け流す、そんな成熟した(?)コトノハ共生社会へと移行しつつあった。CM現象(概念物質化現象)も悪意あるものは影を潜め、ポジティブでユーモラスなものが日常にささやかな彩りを添える程度になっていた。
田中一郎とみさきの新婚生活も、相変わらずゆるふわで、それでいて確かな愛情に満ち溢れていた。みさきの作る前衛的な手料理はますますその創造性を発揮し、最近では「羊羹とザーサイのミルフィーユ仕立て~ワサビクリームと謎の液体(緑色)を添えて~」といった超大作も食卓に登場するが、田中は「…これは…味覚の万華鏡ですね…一口ごとに新しい宇宙が広がります…」と、もはや悟りの境地でそれを受け止めている。
そんなある日、田中家に小包が届いた。差出人はDr.ヘンテコリン。中には手作りの木箱と一通の手紙が入っていた。
手紙にはこう記されていた。
『田中君、みさき君、ごきげんよう!例の「概念汚染パンデミック」もすっかり収束し、世界は健全なるコトノハ・ライフを謳歌しておるようじゃな。これもひとえに君たちの「ダサくて愛おしい日常の肯定力」のおかげじゃ。感謝申し上げる。
さて、先日までの君たちの活躍(という名の奇行の数々)を記録し、後世に(そしてダサ力学会に)伝えるべく、ワシは一つの作品を完成させた。名付けて『永久保存版・田中家コトノハかるた(試作品)』じゃ! 君たちの日常から生まれた珠玉の(あるいは珍妙な)コトノハを厳選し、かるたに仕立ててみた。家族団欒の折にでも、楽しんでくれたまえ。
追伸:読み札を読むと、対応する絵札からコトノハが実際に飛び出す仕様になっておる(時々暴走するが気にするな)。あと、佐藤君が勝手に「ダサ力ポエム・エクストラ拡張パック(全500枚、主にネギとコンニャク)」を同梱しようとしていたので全力で阻止しておいた。感謝したまえ。 Dr.ヘンテコリン拝』
「コトノハかるた…?」
田中とみさきは顔を見合わせ、恐る恐る木箱を開けた。中には、確かに手描きの温かい絵柄の読み札と絵札が数セット入っている。
試しに田中が読み札を一枚手に取り、読み上げてみた。
「『あ』……朝起きたら 目覚まし時計が 恋してた」
すると、絵札(目覚まし時計がハートを飛ばしている絵)から本当に「イチローサン…ダイスキ…」という囁きコトノハと共に小さなハートの幻影が飛び出し、田中の頬にキスをして消えた。
「ひゃっ!」
「『い』……いつもありがとう 冷蔵庫の 奥の醤油染み(人生の味)」
絵札(醤油染みのついた冷蔵庫の扉の絵)から、ホログラムの醤油染み(のコトノハ、妙に哲学的)と、冷蔵庫のバリトンボイスで「タマゴヨ…ソレガワレワレノソンザイリユウ…」というコトノハが響いた。
「『う』……ウインクしてる気がするんだ 電柱さんが こっち見て」
絵札(電柱が片目をパチッとつぶる絵)から、電柱の幻影(コトノハ、何故か照れくさそうに俯いている)が現れ、田中とみさきにそっと手を振った。
「「…………………」」
これは…確かに永久保存版かもしれない。
みさきも一枚読んでみる。「『え』……縁日の りんご飴ソースで ハンバーグ」
絵札(七色の傘が刺さったハンバーグの絵)から、甘酸っぱくてスパイシーな香りと共に、虹色のシャボン玉(のコトノハ)が部屋中に広がった。
その後も「『お』……お布団が 宇宙まで吹っ飛んで お出迎え」
「『か』……カニカマは 世界を救う (かもしれない)」
「『く』……靴下とピアノ 廃工場にて 虚無のデュエット」
「『け』……結婚式 誓いの言葉は 醤油染み」
「『こ』……この世界の ダサ力法則は 永遠に不滅です(たぶん)」
など、二人のこれまでの冒険と日常が詰まった、ゆるふわで奇想天外、それでいてどこまでも温かいコトノハが次々と飛び出し、リビングはさながら「コトノハ・メモリアル・パーク」の様相を呈した。
気絶していたはずの目覚まし時計(ICHIRO-LOVE)もいつの間にか目を覚まし、自分のかるた札(もちろん田中への愛を叫ぶ内容)が読まれると嬉しそうにピピピと鳴き、冷蔵庫は自分の札(卵への問いかけ)に「ウム、コレコソガワガアイデンティティ…」と満足げに頷き、電子レンジは優子のコトノハ・エコーからのメッセージ(「かるた、楽しそうね…混ぜて欲しいな…」)をチン!と伝えてきた。
そのカオスで賑やか、かつ最高に幸せな光景の中で、田中一郎とみさきは、紅茶(と、みさき特製「宇宙の彼方のゼリー寄せ~星屑とタクアンを散りばめて~」)を片手に、ただただ微笑み合っていた。
この奇妙で愛おしい世界は、きっとこれからもたくさんの「ダサくて温かい物語」を生み出していくのだろう。そして彼らはその物語の主人公として、時々暴走するコトノハに翻弄されながらも、手を取り合って歩んでいくのだ。
平熱だった男の心に灯った微熱は、今や、彼の人生全体を照らす、穏やかで力強い太陽のような温もりへと「昇華」していた。
そして、それは永遠に続くティータイムのように、甘くて、少しだけ刺激的で、かけがえのない日常のプレリュード(序曲)を、今日も優しく奏し続けている。
(TT) ←(たぶん、かるたから飛び出すコトノハのキラメキと、家電たちの喜びの声と、二人の幸せな未来を願う全ての読者の、そして作者自身の、心からの微笑み)