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六話 ギャップ萌えって反則じゃね?

「朝飯も食ったし、行くか」


 気乗りは全くしないけど……と、心のなかで付け加える。


 自分の服を買いに行くならまだしもルリエの服となると話は別だ。

 なにより、ルリエと一緒ってのがまずい。


「行くー!」


 ルリエは俺とは違い、嬉しそうだ。


 召喚されてから、まともに外に出したことがなかったしな。


 家の中だけじゃ退屈だっただろうし、そういう意味では気分転換になって案外いいかもしれない。


 どのみち、しばらくは人間界にいるようだし、こっち側のことも知るいい機会だ。


「……」


 と、思ったが出歩かせるためには服をどうにかしなければならない。


 10分後。俺は自分の持ってる服の中でなんとか一番小さいサイズの物を見つけ、ルリエに着せた。


 それでも140センチくらいしかないルリエにはデカすぎるくらいだ。


 最初はズレ落ちそうなズボンにアタフタした俺だったが、今は冷静すぎるくらい落ち着いている。


 ギリギリまでベルトを締め、なんとかなった。上は、まぁガボガボだが仕方ない。


 バイトのシフトを増やしたし、今のところは

金の心配はしなくて大丈夫だ。


 俺は、酒やタバコといった嗜好品に手を出していない。自分でいうのもおかしな話だが、食事もわりと質素なほうだ。


 俺が欲しいゲームを我慢すれば、ルリエの服くらいは買えそうだ。


 女物は高いと聞いたが、どのくらいするんだろうか。些か不安も残る。


「お兄ちゃんとお出かけ楽しみ!」


「そうだな、楽しみだな」


 ルリエと話しながら階段をおりた。


 ちなみに俺の住んでいるところはアパート二階建て。俺はその二階の部屋を借りている。


 家賃は高くもなく、安くもなく普通だ。


 大学にも歩いて行ける距離にある。

 幸い、コンビニも駅も病院も近くだ。その点を踏まえると安いのかもしれない。


 このアパートは同棲が禁止とか女を入れるのが駄目とか厳しいルールのようなものはない。


 俺が通う星ヶほしがおか大学の学生専用ってだけだ。


 だが、大学が歩いて行ける場所ということはルリエの存在がバレるのも時間の問題ということになる。


 俺は友人に見つからないようにと祈りながら、服屋に向かうのだった。


「お兄ちゃん、手は繋がないの?」


「え?」


 デパートに向かう途中、ルリエは尋ねてきた。


 女子と手とか繋いだことねえし、そもそも繋ぐ必要あるのか? 俺たちは恋人ってわけでもないのに。


「だめ?」


「恥ずかしいから、そういうのは勘弁してくれ」


 俺は口元を手で隠した。誰かに会うかもしれないのに照れくさくてそんなこと出来るわけがない。というか、相手が小さければ尚の事だ。


 サキュバスで一六っていったら、魔界ではこっち側でいう高校生ではないのかもしれない。


 けれど、一般人にルリエの正体について、いきなり話すのはいくらなんでも無理がある。


「ルリエの胸、揉みしだいたくせに!」


「バッ……! お前、こんな場所でっっ!!」


「まぁ、やだわ〜。最近の若者は、もうそんなことまでするのね」


「公衆の面前でも平気なのかしら」


 ……ルリエの発言を聞いて、ジロジロとこっちを見る奥様方の視線が痛い。


「確かに触ったが、揉みしだいてはないだろ!?」


「したもん! ルリエの寝込みを襲っ……んっ」


「いいからお前は少し黙ってろ」


 ルリエの口をバッと塞いで、その場を脱兎のごとく逃げる俺。


 自然とルリエの手を引っ張る羽目になってしまい、ルリエの思うツボだ……と、思った。


「はぁ、はぁ」


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 全速力で走るのなんて高校の体育祭以来かもしれねえ。俺も体力が落ちたものだな……。


 息切れがする。ルリエはそんな俺を心配してか、顔を覗き込んでくる。


「誰のせいでこんなことに……って、なんでお前は平気そうなんだよ」


 これが若さってものなのか。


 おかしい、おかしすぎるだろ。


 ルリエとはそんなに年は変わらないはずなのに。そうか、俺が削られたのは体力じゃなくて、精神のほうなんじゃ……。


「だって、お兄ちゃんがずっと手を繋いでくれてたから。それが私は嬉しくて」


「……」


 なんて幸せそうな顔で笑うんだ、コイツは。そんなちっぽけなことで今も元気でいられる?


 やっぱり、ルリエのことはわからねえ。これからはもっと詳しく知っていく必要がありそうだ。


 どうせ嫌でも一緒なんだ。これから先、わかることが増えていくだろう。


 俺は、どんなことがあってもルリエを嫌いになったりしないと決めたんだ。


 あんなことを聞いてしまったら、被ってしまう。俺も高校までずっと一人ぼっちだったから。


 今でこそ会話できる友人はいるが、昔は孤独だった。


 イジメられていたわけじゃない。けど馴染めなかったんだ。ルリエにとって、余計なお世話かもしれねえ。でも、俺と同じにはなってほしくなかった。


 誰か一人でも自分のことを理解してくれる人がいるだけで、人は変われるんだということをルリエにもわかってほしい。


 って、俺とは違ってルリエは卑屈にもネガティブにもなっていないけどな。だが、見せていないだけかもしれない。


 誰しが心には闇を抱えているものだから。


 それは自分が気付いていないだけで、きっとあるはずなんだ。ルリエ一人で抱えきれない闇が。


「そ、そうか」


 嬉しいとか素直に言われるとどう返していいか反応に困る。


☆   ☆   ☆


「もしかして、ここが服を売ってる場所?」


「そうだ。服屋はデパートの中にある」


 目をキラキラさせながらルリエは中に入っていく。


「わぁ~、大きい!」


「ちょ……一人だと危ないぞ。ったく」


 俺はルリエが迷子にならないように後ろからついていく。


 こんな場所に女子と来るとかリア充……みたいだな。デートと呼ぶには程遠いが、これはこれでいい経験かもしれない。


 童貞の俺がこうして女と買い物とは……ルリエにはどんな形であっても感謝しないと、な。


「お兄ちゃん、あれ! あれ食べたい!」


「それは買い物が終わってからだ」


 アイスの看板を指差し、俺にオネダリするルリエ。ますます子供にしか見えない。


「あと、外でお兄ちゃんはやめろ。それと一人称も私とかにしたほうがいいぞ」


 俺はふと我に返り、ルリエの言動に注意する。今まで呼ばれていたから気づかなかったが、まわりからしたら兄妹でもないのに変だよな。


 下手したら俺が呼ばせてると勘違いされる。慣れって怖いもんだな。


「じゃあ……龍幻でいい?」


「あ、あぁ、それで構わない」


 見間違いか? 一瞬、ルリエに黒い翼のようなものが見えた。


 それに胸や体つきが大人に……それは別人かと思うほどだった。


「私って言い慣れてないけど、龍幻がそれにしろって言うなら仕方ないか。でも、買い物終わったらアイス買ってね」


「わかった」


 目を擦ってもう一度見たが、そこにはいつものルリエがいた。


 しかし、普通に喋ると一六に見えなくもないな。というか、こんな話し方が出来るなら何故今まではそうしなかったんだろうか。


「きゃっ!?」


「!? あぶねぇ!」


 エスカレーターに乗ろうとするルリエ。だが、足元で何かに躓きバランスを崩しそうになった。


「ありがとう、龍幻」


「あ、あぁ……怪我がなくて良かった」


 自分から言っておいて名前呼びが慣れない俺は戸惑いと動揺でルリエとまともに会話ができない。高校生のガキに何やってんだ俺は。


「その……離して。そこ一応、む、胸だから」


「なっ……! そ、そういうことは早く言え!」


 カァァァと耳まで赤くなるルリエ。


 ……やばい。可愛い。今の反応は反則的すぎる。……って、そうじゃなくて! しっかりしろよ俺。ボーッとするのはやめよう。


「ご、ごめんなさい」


「それと、いちいち謝らなくていい。ほら、二階にお前の服がある。次は転けるなよ」


 俺に怒鳴られたのが怖かったのか、ルリエはあからさまにシュンとした表情を見せる。


「うん!」


 瞬時に笑顔に変わるルリエ。今さっきまで落ち込んでいたくせに。


「お前は見てて飽きないな」


「今、なにか言った?」


「なんでもねえよ」


 ボソッと呟く。どうやら、ルリエには聞こえていないようだった。


 ルリエが笑顔になった理由は、俺が手を繋ぎなおしたからだ。


 ここに来る前までは繋いでいたが、デパートに入った途端、ルリエが走り出して手が離れていた。


 俺は、普段は見られないルリエの言動にドキマギしながら、子供服売り場に足を運ぶのだった。

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