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第12話 誰の為の魔法

「ちー姉さんって呼ばれてた奴は、結局見つからずじまいか?」

黒沼は足を止め、抱きかかえた少女をそっと見下ろす。

「ええ、残念ながら。誰の探査にも引っかからなかったわ。」

黒沼の問いに、外で待っていた綿貫は疲労と悔しさをにじませた声で答えた。

「俺が触れた感じじゃ、かなり消耗してて、逃げられる状態じゃなかったと思ったんだが……」

少女を見つめながら、黒沼は力なくそう呟いた。泣き疲れ、限界を超えて意識を手放した少女は、黒沼の腕の中で目を閉じたまま微かに震えている。彼の声には、自分の判断に対するわずかな後悔がにじんでいた。

「そうね……。それにこの子だけ残して逃げるとは思わなかった…。」

綿貫はそっと歩み寄り、気遣うように少女の頭をなでる。その動作は思いのほか優しく、少女の見えない痛みを少しでも和らげようとするかのようだった。

「かわいそうに……」

少女はあどけないその顔に隈をつくり、噛み締めていたのか唇も切れていた。

幼いなと綿貫は思った。少女はどこからどう見てもまだまだ守られるべき存在だった。

「助けようとなんて思うなよ。」

「だから…思ってないわ。思っちゃいけないでしょ…。ただ」

それでも、その小さな手で人の命を二つも奪った。彼女は、もう普通の子どもには戻れない。彼女の家族も…

「彼女の母親も、魔法が使えるの。だから、この子のこれからを伝えられるかなって……。せめて、それが救いになればいいと思っただけよ。」

綿貫の声は、静けさに沈んでいく。

「…受け止めてくれるかしら」

「受け止めるしかない。出なきゃ……本当の意味で娘を失うことになる。」

黒沼はそう言うと、少女を抱き直し、しっかりと胸に抱えて歩き始めあとを追って、綿貫と稲城も歩みを進めた。

「稲城、篠宮に連絡入れてやれ。今後のこともあるし、無事なことだけでも伝えてやらないと」

「携帯壊したので、できないです。」

両手を挙げた稲城に、そう言えばそうだったと天を仰ぐ。

「あぁ…。…綿貫」

「はいはい。すぐいれるわ。」

しまらないなと綿貫は思いつつ、スマホを取り出した。



「娘さん、無事に保護されました。」

篠宮の声は、自分で思っていたよりも穏やかだった。報告を聞いた母親の目に、一瞬で涙が浮かびしゃがみ込む。気丈に振る舞っていたが、やはり不安だったのだろう。その肩を、そっと支えるように父親が手を添えた。

「ああ……、ありがとうございます。」

父親の言葉に、篠宮の胸には苦い感情が渦を巻く。この夫婦は、今から残酷な事を知らせなければならない。口の中は渇き、何度か口を開きかけては閉じる。

彼らの姿はあまりにも普通で、どこにでもいる家族そのものだった。娘を保護するまではと、娘が何をしてしまったのかも話していない。今、やっと安堵を手に入れたばかりのこの2人にこれから起こることを受け止めきれるだろうか。

だが、黙っていたところで結果は変わらない。

「お二人に……、お伝えしなければならないことがあります。」

篠宮の声がわずかに揺れる。しかし、どんな反応をされようと告げる覚悟は決まった。

魔法使いは罪を犯す前にだいたい捕まる。思春期頃に魔法が発現するせいか、自分が特別な存在になったと、隠すこともせず使ったり、そもそも正しい使い方をしらない為、使いこなせず、見つかりやすいのだ。大抵保護され、更生施設に行ったあと家族の元に戻ったりや魔法使いに理解のある家で暮らすようになる。だが、今回は違う。

「今後娘さんがこの家に戻ることはありません。」

その言葉が落ちると、部屋の空気が一瞬で冷え込んだ。

「…それはどういう」

「娘は…娘は誘拐されたんですよ!?」

母親は目を見開き、父親は無意識にもう一歩前へ出る。

「はい。ですが、実は彼女は…この事件の犯人でした。そして、お話していませんでしたがこの事件では2人の人間が殺されています。」

篠宮は正面から目をそらさずに続ける。被害者ではなく加害者だったこと。娘が殺人犯だという事実に、母親は顔を覆い父親も言葉を失っていた。

「2年前、亡くなった高校生がいたことを覚えていますか。その子が死ぬ原因になった人々への復讐だったようです。」

まさかと、母親が顔を上げる。篠宮が頷けば、母親は頭を振りながらもっと話を聞いてあげれば。と涙を流していた。

「今回の事件には、魔法が使われました。ですので、通常の事件とは異なり殺人犯であろうと表沙汰になることはありません。」

逃げず、飾らず、ただ事実を伝えていく。

「なら、刑務所に……?」

「いいえ。彼女は法で裁かれることもなく、二度とこの家には戻ってきません」

魔法が関わる事件は、すべて“なかったこと”になる。それが、この社会の決まりだ。

「娘さんも、犠牲者の一人として“死亡”したことになります」

部屋に沈黙が落ちた。母親は、震える声で問いかける。

「……娘は、死ぬの?」

「本当の意味での死ではありません。しかし、別の名前で、別の人生を生きながら、贖罪を背負っていくことになります」

母親は口元を押さえ、現実を拒むように首を振る。父親も、ただ沈黙したまま拳を握りしめた。

やがて、父親がその手をゆっくりとほどき、篠宮を見つめる。

「娘を…よろしくお願いします。」

暫くして母親を抱きしめ、父親は篠宮の目を見てそういった。


「やあ。堂々と隠蔽しはるとはなぁ。ホンマ、悪い人やな〜。魔法捜査官さんよぉ」

篠宮が父親の言葉に応えようとしたその瞬間、どこか飄々とした男の声が遮った。

その声に、部屋にいた全員が一斉に振り返る。

「……誰だ!」

篠宮は即座に少女の両親を背に庇い、立ち塞がった。

部屋の入り口に、青年が一人立っていた。穏やかそうな顔立ち、柔らかな物腰。しかし、篠宮の本能が警鐘を鳴らしていた。この男は危険だ、と。

「どうやってここに入った?外には捜査員が……」

青年は肩をすくめるようにして言った。

「玄関からやで。普通にな。みんな“見えてへんかった”だけや」

その言葉はまるで当たり前のようで、篠宮の背筋が凍る。そうだ、彼がここにいるという事実が、彼が何者かを物語っていた。

「魔法使いッ」

「遅いわ〜。ほんまに捜査官なん?反省しぃや?まあ、どっちみちここで死ぬんやし、関係あらへんけどな」

青年はナイフを片手に小さく笑って言った。

「『飛べ』」

男が手を振り上げると、彼の懐から無数のナイフが空中に浮かび、鋭く震えながら標的を定めた。

「ッ!」

篠宮はすぐさま机を蹴り上げ、ナイフの軌道を遮り、持っていた人形を少女の両親に投げ渡した。

「『貫け』」

手を振り下ろされた瞬間、ナイフが一斉に飛び出す。ナイフが机に刺さり、刃先が飛び出すたび、母親から悲鳴が上がる。

「篠宮さん!」

「しゃがんでて!隙を作ります。すぐに部屋から逃げてください。」

「ですが…」

母親をかばうように抱きしめていた父親が、口を開くが篠宮は首を振る。

「大丈夫。これでも捜査官ですから、必ず2人を逃げられるようにします。それと絶対にその人形を手放さないでください。必ず、役に立ちますので」

「ッ。」

混乱の中にいるであろう父親だったが、母親の顔を見てそれから篠宮の方を向くと、頷き母親の手を握っていつでも走り出せるよう準備をする。篠宮もポケットに手を入れ、杖を取り出し構える。しかし、篠宮の心の中は穏やかではなかった。

「やる気満々やなぁ?でもあんた、“篠宮さん”やろ?特殊系って聞いとるけど、戦えんのかいな?」

「コッチの情報は筒抜けってことか…」

青年の言う通り、守ると言っても攻撃も可能な魔法使い相手に、補助型の篠宮では完全に不利な状況だった。

「補助型は補助型なりに戦い方ってものがあるんだよ。」

ポーチから人形を取り出す。残りの人形は後五体。使い切ったら終わりだ…。

「ほな、『戻れ』。それと、『飛べ』」

青年がナイフを振るうと、机に刺さっていたナイフが青年のもとに戻り、再度手を上げると青年の懐から別の複数のナイフが浮き上がる。羨ましいストック量だなと篠宮は心の中でぼやく。

「これで2倍やな。さぁ、見せてもらおか、捜査官はん。『貫け』」

どこまでも無害そうな笑みを浮かべた青年は、無慈悲に手を振り下ろし、無数のナイフが篠宮たちに降り注いだ。

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