ふと、目を覚ます。
そういえば俺は寝ていたんだっけか。
いや、どうやって寝たんだっけ?記憶がどうにも曖昧だ。
随分と長いこと寝ていたのか、体を起こすと背中に特有の痛みがあるし、なによりも右手に違和感があった。
「なんだこれ? 点滴?」
俺の右腕には点滴の針が刺さっていて、その先にはポタポタと点滴がカプセル?の中で滴っている。
なんだっけ?正式名称とか分からないので、それを何と言えない。
それでも分かるのはここが病院ということ。さすがに年はとっててもそこまでボケちゃいない。
家で寝てたはずなのに、どうして病院なんかに?
そう呆けていたら、病室の扉が勢いよく開いた。
「
その扉の先にはあわてた様子のナースさんがいたんだけど……。
誰だそれ?
俺の名前は、
神埼という人がいるのかと見渡したけど、この病室は個室のようで俺以外には誰もいない。
ははーん、さてはこのナースさん、部屋を間違えたな?
こういうおっちょこちょいのナースさんの仕事風景を描いた漫画があったなぁ、ドラマにもなってたはずだけど、そっちは興味がないから見てなかったな。
「……ぁ……っ………」
なぜか言葉を詰まらせているナースさん。
なんだ?
ナースさんは最初の勢いを失ってそのままフラフラとこちらに近寄ると、猫のように急に飛び掛ってきた。
「ぐぁ! なにを!?」
「静かに! 動かないで安静にしてくださぁい!!」
ナースさんは俺を抱きしめてきた、結構大きな胸が俺の顔に当てられて息苦しい。
押し付けられている俺の頭の向こう側から、なにやらカチカチとボタンを押すような音が聞こえてくる。
ナースコールを押してるのか?
なんで?
「落ち着いて下さい。ここには神崎さんを害する人はいませんからね」
とても優しく、小さな子供に話しかけるような声色でナースさんは俺を
このままじゃ喋れないので、俺は首を動かして大きな谷間から口を救い出した。
このナースさん、結構力が強くてこれ以上顔を動かせそうにない。
「落ち着くのは俺じゃなくてナースさんですよね? 急になんなんです」
「大丈夫ですから、先生が来るまでこのまま待ちましょうね」
このままって……。
はたから見たら本当に大丈夫なのか、この状況。
「抵抗しませんから、離してくれませんかね?」
「駄目です!」
結構強く断られてしまった、どういうことなの?
ラノベとか漫画だとラッキースケベみたいなのってあるけど、これはなんか違う気がするな……。
力ずくで押し退けることも出来るだろうけど、なんかナースさんが必死すぎてそれをするのは気が引けた。
俺が下手に抵抗をせずにいれば変な風には見られないだろうと、しばらくこのまま無言で待っていると、複数人の足音が聞こえてきた。
「朝倉! どうなってる!?」
「意識があります! 暴れないように拘束しています!」
「よくやった! 佐々木は親御さんへ連絡を、この場で検査するから朝倉は彼をもう離していいぞ、衣類を脱がせてくれ」
「「「「「私がやります」」」」」
「えぇい、中に残るのは2人でいい! 他は外にいきな! あと道具持ってきて!」
なんだか随分とやかましいな。
このナースさんは朝倉さんって言うのか、これだとまんまあの漫画の通りだな。
そんでもって、俺を離してくれたからやっと視界が開けた。
俺がいるベッドのすぐ脇に女医さんがいて、その後ろにはナースさんが5人もいる。
マジでどういう状況なの?
困惑してる俺を他所に、話し合いで朝倉さんともう一人のナースが残って、残りの4人はなにやらブツブツ言いながら部屋の外へと出て行き、扉を閉めた。
「さて、まずはお話をしようか。私は
「俺は安藤 隆一です」
ピクリと、女医さん、橘さんの眉が動いた。
最初に見たときから思ってたけど、この女医さんは随分と色っぽいというか……。
年齢は30歳前後だろうか、先生というか女王様みたいな雰囲気があるな。
白衣も相まってどことなく妖艶な雰囲気を醸し出している。
そんな先生の真っ赤なルージュが引かれた口からまた言葉が紡がれる。
「安藤? 神埼じゃなくて?」
「たぶん人違いですよ、俺は安藤です」
「……………なるほどね。それで、ここに運び込まれた理由は分かるかい?」
「いえ、何も。俺はどうして病院にいるんです?」
「君は怪我をしていたんだ、その治療のために入院していた。じゃあ怪我の理由は覚えてるかい?」
「いえ………」
怪我? してたか?
俺は普通に家で寝ただけなんだけどな。
「憶えてないのかい?」
「はい、怪我をした記憶はないですよ」
「ふむ……ではとりあえず今できる検査をしよう、朝倉と佐藤は彼の服を脱がすのを手伝ってやりな」
「「はい!」」
なんか随分と元気がいいな。
「いや、服くらい自分で脱げるんで」
手でナースさん二人を制して服を脱いでいく、上半身だけでいいよな?
服を脱いで……やっと気がついた。
なんだ!?この体は!?
別に何か異常があるわけじゃない、でも俺はもう中年のオッサンだぞ。
なのに体にはハリがあり、腹筋は薄いが脂肪が少ないせいで割れて見えている。
慌てて自分の手を見ると、手の甲もシワひとつない、綺麗なものだった。
まるで…これじゃあまるで……若返った……?
そんな馬鹿な。
「気がついたのかい?」
「え!?」
「傷跡だよ、ほらそこ」
橘さんは俺の腹を指差した。
たしかに腹筋のところで横に傷跡が残っている。
「君は刃物で腹部を深く切ったんだ。憶えてるかい?」
「いいえ、そんな……」
「ショックなのは分かるよ。それじゃ聴診器当てるから深呼吸して」
橘さんは聴診器を耳にあて、円盤の部分を俺の腹に当ててきた。
ひんやりとした独特の感覚。
「ふむ……経過は悪くないね。口を開けて舌を出して……こっちも大丈夫そうだ」
「………」
「意識が戻ったんなら、あとは後日に精密検査をしたらおしまいだったんだけどねぇ」
ため息を吐いて、橘さんは俺の目を覗き込んだ。
「もう一度聞くよ。君の名前は?」
まるで品定めでもするかのような鋭い視線だ。
でも俺も嘘は言っていないので、気にする必要はないはずだ。
「あ、安藤です」
「………ふぅ、なら君に言わなければいけないことがあるね」
今度はさっきのため息よりも深く息を吐き出して、橘さんは肩を落とした。