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第3話 理想郷は案外近くに

「記憶障害……?」


俺は脱いでいた服を着ながら話を聞いていたが、それは意味が分からないものだ。


「おそらくね。君の名前は神埼 守かんざき まもる、憶えはないかい?」


「いえ……まったく。そんなはずは……」


無いはずだ。


「君、二重人格とか解離性同一性障害かいりせいどういつしょうがいって言われたことは?」


「………ありません」


「………嘘は言ってなさそうだね。なら君のご家族の記憶はあるかな?」


「妹がいます」


「ふむ。お母様はご健在かな?」


「はい、父も母もまだ生きてますよ」


高齢だけど、いや、もしかしたら既に亡くなってて俺には伝えられてないだけかもしれない。

あの妹のことならありえる話だ。


「………なるほどねぇ、確かに君には妹さんがいるけど、父親はいないよ」


「………はい?」


「君は精子バンクで人工授精された母親から生まれているから、血の繋がっている男性は存在するだろうけど、父親としては登録されていない」


精子バンク……?

何の話だ?

それからも色んな質問を受けて、俺がそれを返答するという形で話は進んでいく。


「色々とおかしい点が多いわね。とりあえず君の話を聞かせて欲しい」


「分かりました」


そこからは俺個人のことを話した。それだけじゃない、世間一般で常識的なこと、当たり前の知識を含めて全て話した。

時には質問をされて、俺が答えるといったこともあったけど、答えるたびに驚かれたり変な目で見られる事があった。

もちろん質問内容は当たり障りのない内容のものが多く、質問が進んでくると男女平等だとか、倫理観とかそういうのを聞かれたりしたけど、俺としては変なことを言ってるつもりはないんだけど、やっぱり驚かれた。


「興味深い話だ。君の答えを色々と訂正してあげたいんだけど、いいかな?」


「………えぇ」


訂正ってなんの事だ?

俺の常識ってそんな時代遅れなものなのか? それともそんなに酷いくらいズレてるのか?


「まず、私が質問した世界の男女比の話だが、今は男性が減少しているのは知っているかい?」


「え?」


「君は世界の男女比は1:1と言っていたが、今は男1女30まで落ち込んでいるんだ、これは一般常識だよ」


「いやいや、まさか」


「君は理想郷実験というのを知ってるかい?」


「なんです?それは」


「理想的な環境、理想的な食料、理想的な空間を与えられた動物はどこまで繁栄できるのか、という実験だよ」


「それが一体、何だって言うんですか?」


「その実験を始めた当初は、どの動物も爆発的に固体数を増やす。だけど一定を超えると今度は減少を開始するんだ。不思議な話だろう? 食べるに困らないのに、天敵もおらず住むのに困らないのに、多くのオスは繁殖を辞めてしまうんだよ」


「………」


「一説によると、メスがオスに過度なストレスを与えてしまうんだ。動物の群れというものがあるだろう? 弱いオスはメスからも淘汰される。そして強いオスだけが繁殖できるえぐいシステムさ」


「………」


「だけど、どれだけ強かろうが所詮一匹のオスに対して、相手を出来るメスの数なんてたたが知れてる。そこで妊娠できないメスは他のオスを求めるんだけど、時既に遅しってやつ。若いオスに散々精神的なレイプをかましてきたメスが、被害にあったオスの肉体を求めたところで、もうオスはメスに見向きもしない。だから個体数は減少し、その先に待っているのは絶滅さ」


「絶滅って……」


「何度もこの理想郷実験は繰り返された、だけど結果はどれも同じなんだ。近親交配で生き延びようとした群れもあったらしいが、最後は生殖能力を失っていたようだよ」


結果は変わらない。

橘さんはそう言ってうっすらと笑っていた。


「それはあくまでも動物の話ですよね? それと男女比にどうつながるんですか?」


「人間だって動物だよ。そして今の人類にも理想郷実験と同じことが起きているのさ」


「………え?」


「むしろ多胎動物たたいどうぶつですら絶滅するのに、単胎動物たんたいどうぶつであるヒトが絶滅しない理由が無いよね。過去に多くの蔑まされた男性は生殖行動を遠ざけ、結婚という制度を忌避きひしだした。子供が増えない社会が浮き彫りになり、それならばと国は人工授精による女性単身の妊娠を推奨しだしたのよ。だけどそれで生まれる子供の大半は女児だった、どうやら生殖行動に男児が生まれる要因があるらしいけど、いまではその実験も人道的ではないのと男性を保護するという観点で禁止されているわ」


どういうことだ……。

これが常識だとでも言うのか?


「性的に男性を襲う女というケースは山のようにある。これは法律の穴というか過去の社会問題でもあるんだけど……そこまで話を広げると長くなるからここまでにしようか。今の男性は保護されるのが主流であり、保護をする代価として精子を提供してもらい、それを人工授精させて人口の減少を防いでいるというのが現状なのよ」


「ちょっと待って欲しいんですけど……その、人工授精で女性ばかり生まれて来るなら、そのうち男がいなくなるんじゃ……」


「そうね。それもこれも過去の女共の負債なんだろうね。より良い男性を求めすぎて、高いスペックから少しでも格の下がる男性は普通ではない無能者と徹底的に叩き潰した。そのせいでただでさえ少なかった交配する男性はどんどん減少して、このままだと男性は将来的にいなくなる。精子バンクの中身が尽きたら、女だけで繁殖できる方法を確立しなければ、ヒトという種族は絶滅待ったなしってね」


ならどの道もう詰みなんじゃないか?

アダムのように世界に男一人残ったところで、多数のイヴがいるだけだ。

生々しい話になると、その先の未来は多数のイヴが生み出した子供達の近親交配だけだ……。

そもそも人工授精の出生に男女の偏りとか出るんだろか?


「君の言っていた倫理観や価値観は、はっきり言って女の考える夢物語というか、理想というか、随分と女側に偏った考えのように私は思うよ」


「そうでしょうか?」


「平等なんてものは存在しない。どれだけ高尚な理想を掲げても、目の前の現実はどうだい? 生まれや育ちの格差ってものは絶対的に存在する壁と言えるよね? 絶対数が少ない男性を奪い合う女達がいたとして、基本的には勝者しか交配できないんだよ。もし全ての人間が平等と言うのなら、希望する全ての女性が無条件に交配できないのは嘘だろう?」


確かに、極論ではあるけどそれはそうなのかもしれないな。

でも、それは拡大解釈のし過ぎな気もするけど……。


「話が脱線しますけど、橘さんも交配されることを希望してたんですか?」


橘さんはキョトンとした顔をしてから大笑いしだした。


「あっはっはっはっは! そうだねぇ、私も若い頃はそんな事を考えていたかもね、それなりに稼いではいたし。でも今じゃ30を越えた年増だよ、相手なんかもう居ないさ」


「いやいや、今も若いじゃないですか」


「言うじゃないか。それなら君は私とセックスできる?」


「橘さんは綺麗ですから、むしろこっちからお願いしたいくらいですよ」


そう返されるとは思ってなくて驚いたけど、下ネタには下ネタで返そうと俺も軽口を言ってみたけど。


「「「え!?」」」


なんかナースさん二人も一緒に驚いてるんだけど……。



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