すすすっと音もたてずに、朝倉さんは橘さんの後ろに回り込んでいた。
もう一人残っていた佐藤さん?も逆サイドへと音も立てずに移動する。
なんか某格闘ゲームの瞬○殺みたいな動きしてないか?
「橘先生、もしやこれってイケるのではないですか?」
朝倉さんが橘さんへ耳打ちしてるつもりなんだろうけど、こっちに丸聞こえだ。
「そうですよ先生、据え膳食わねばという言葉もありますよ」
佐藤さんの声も丸聞こえだ、そういうのはせめて部屋の外でやるべきでは?
「落ち着きなさい。あんなお世辞で取り乱してどうするの?」
「しかしですね、せっかくのチャンスなんですよ」
「そうですよ、こんなに若くて可愛いくて大人しくて話せる子なんて滅多にお目にかかれませんよ」
「落ち着きなさいって言ってるでしょ、このポンコツ共!」
「ずるいです! 私だって言われたい!」
「私だって入れられたい!」
なんか一人おかしくねぇか?
「では確認だけど……あくまで確認よ?」
コホンと橘さんが咳払いしてから白衣を正した。
なんか少しだけ顔が赤くなってる?
「仮に私が君とセックスしたいと言ったら、君は受け入れてくれるの?」
「へ? まぁ、はい」
童貞でもないし、別に断る必要は無いしなぁ、妹や俺の周りにいた傲慢な女性と比べたら、まったく知らない相手の方が俄然その気になれるな。
とはいえ、中年のこの身でどこまでやれるやら……。
と思ったけど、この体は前の体とだいぶ違うようだ。
少し妄想しただけなのに、既に臨戦態勢の息子が俺の腰にいた。
そんなテントを張った俺の股間に3人が気が付かないわけがなく、また丸聞こえの耳打ちを始めた。
「大きくなってますよ、あれって合意したって事ですよね?」
「そ、その前に言葉で合意してませんでした?」
「合意を得たのは私だけ。貴女達は違うでしょう?」
「ずるいです!」
「卑怯ですよ!」
橘さんは状況の収拾のために手を2回叩いた。
それで朝倉さんと佐藤さんは不満を隠さず
「君の気持ちは分かったわ。だけどもし冗談で言っているなら、相手の女の心を傷つけるとは思わないの?」
「別に冗談なら冗談でいいんですけど」
「じょ、冗談とは言ってないわ。半分くらいは本気だけど」
「なんだ、半分冗談だったんですね」
「いや、その……そうじゃなくてね」
急にしどろもどろになる橘さんが面白くて、こっちも軽口を叩きすぎたかな。
こころなしか少しだけ橘さんの顔に赤みが増してる気がする。
「朝倉、佐藤」
「「はい!」」
それ以上の言葉は無く、3人はアイコンタクトを交わして1度頷く。
いや、なんの合図だよ、それ。
「やはり記憶障害があるから、検査入院をしましょう。神埼さんもそれで良いわね?」
だれやねんと思ったら、神埼って俺の事か。
「もちろん、必要でしたらお願いします」
「記憶が戻らなかった事も考慮して、今の君の間違いを正す必要もあるわね、じゃないと大惨事になりかねないわ」
「その役目は私が!」
朝倉さんが手を挙げた。
「よろしい。佐藤は今後の準備があるから手配をお願い、それと
「承知しました!」
「私はこれからくるご家族を言いくるめ……ではなく、今後のお話をしてこなければ」
なんか話がトントン拍子で決まっていき、俺だけ置いてけぼりになってない?
それからは早かった。
橘さんは「失礼するわね」と言ったきり早足で部屋から出ていき、佐藤さんはコチラをチラリと見てから早足でそれに付いていき。
「それじゃ、何かありましたらそこのナースコールを押してくださいね!」
「あ、はい」
「私に会いたくなったという理由で押してもいいですからね?」
「いや、それはまずいのでは?」
「大丈夫ですよ、この病院に患者は神埼さんしかいませんから!」
俺しかいない?
「それってどういう―――」
「――――では、また後で来ますね!」
俺が言い終わる前に朝倉さんは慌てたように退出してしまった。
なんか話がそれてない?
少しして何かをひっくり返したような金属音と、「ごめんなさーい!!」という朝倉さんの声が遠くから聞こえた。