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第8話 遺言状

思考が追いつかない。

俺の目の前にはナースの朝倉さんがいて、さっきよりも前のめりというか、机に足をかけている。

手はナースウェアの襟元のファスナーにかけられていて、ゆっくりとそれが下げられる。

下には何も着ていなかったのか、すぐに健康的な肌色と淡い青色の下着があらわになっていく。

それにしても、やっぱり大きいな。


「どうかな? 神埼さん」


投げかけられた言葉に返す言葉がない。

今の俺は二人の俺の思考がせめぎあっていた。

ひとつはこのまま流れに身を任せたい俺だ、目の前にいる朝倉さんははっきり言って性的にはとても魅力的だ。

こんなことをされて興奮しないほうが噓と言うものだ。女性にここまでさせたんだ、何もしないほうが失礼に当たるとは分かっている。

俺だって女性に恥をかかせたいとも思ってないし、手を出すのが男としての礼儀というものだ。


でも、それは駄目なんじゃないか?という俺もいる。


彼女は本当の俺を知ってるわけじゃない。

なのにもかかわらず、一時の欲求のために誰とも知れない神埼少年の体を俺が勝手に使い、関係を持つのは間違ってる………はずだよね?


「やっぱり……私なんかじゃダメですよね」


朝倉さんは下ろしたファスナーはそのままで席に座りなおした、はだけたナースウェアがこれまた絶妙な色気を出している。

感性は俺の主導なのかは分からないが、俺の股間の神埼少年はがっつり反応している。


「駄目なんかじゃないですよ……ただ俺は記憶がちゃんとしてないから、本当にいいのか迷ってただけで」


「今の神埼さんの意見を聞かせて」


今の俺はそりゃあもう大歓迎だ。

男ならこれで盛り上がらない奴なんかいないと断言してもいいくらいだ。

でも、責任問題とか色々あるし、それで出来たから認知して欲しいなんて言われた日にゃ、俺は神埼少年にどう謝罪すればいいのか分からない。


「今は責任とか取れる立場じゃないですし……」


「責任取れなんて言わないし、結婚なんて私は望んでないの。ただ子供が欲しいだけなの」


うーん。その言葉がどこまで信じていいものか。

こっちの都合が良いような事を言っておきながら、直前で手のひら返しされて詰みなんて事もありえるだろうし、これで手を出したら彼女が俺を型にはめるのは楽勝だろうな。

だなんて考えていたら、いつの間にか朝倉さんが俺の横に来ていた。


「一度だけでもいいの、お願い……考えてみて」


朝倉さんは耳元で囁いて、胸を俺の肩に当てながら背中をさすってきた。

ぐぬぅ、俺の理性が働いているから、強硬手段で来たわけだな!

いくらでも手を出していいなら、間違いなくもう出してる。


理性、責任、本能、将来。


そのあたりがグルグルと俺の頭で攻防を繰り広げだしたときだった。


「あぁ~さ~く~らぁ~~~!!」


突如、横から怒りの篭った声が聞こえた。


「ヒェ……橘先生、どうやってここに!? オートロックのはずですよね!?」


「管理者用のマスターキーがあるんだよ、何やってるんだ! この色狂い女が!!」


橘さんの手の中にはひとつの鍵が握られていた。


一喝された朝倉さんは俺から離れた位置で土下座をして、さっきまで朝倉さんが座っていた椅子には橘さんが腰をかけていた。


「さてと、悪かったね。まさか目を少し離しただけでこんな事になるなんてさ」


「いえ、お気になさらず」


どっちかといえば、俺のほうが得した気分だ。


「君が希望するならこのバカは担当から外すけど?」


「いえ、お気になさらず」


「………いいのかい? 状況証拠はあるから、君はこのバカを訴えることもできるけど?」


「いえ、本当にお気になさらず」


「そうか」と呟いた橘さんは納得してくれたのか、それ以上朝倉さんを責めることはしなかった、そんな橘さんは一息吐いてからテーブルにひとつの封筒を置いた。


「………これは?」


「これは君が入院する前に自分で書いたものだよ、筆跡鑑定もおこなってるから、君のもので間違いないよ」


俺じゃなく、神埼少年が書いたもの、か。

それにしても、これは………。


「業務上、私も一応中身は目は通させてもらったけど、昨日まではまるで意味は分からなかった。だけどもしかしたら君なら分かるんじゃないかな?」


俺ならわかるって……。


「君のお母様からは許可を貰ってあるから、読んでも大丈夫よ」


俺の目の前に置かれた封筒の中身を、俺は読む義務があるのだろう。

そう思って封筒に手をつける、触った感じでは中には紙が一枚入ってるようだ。

読んでもいいと言われても、中身を取り出すのは少々気が引けた。だってこの封筒には『遺言状』と書かれていたのだから。








遺言状


僕はこの世を去ろうと思っている。

もう一人の僕には急なことで色々と大変なことになってるかもしれない。

簡潔に言うと、僕はもう限界なんだ。

どうして限界なのかというのは、ここには書けない。

だから、この世を去ると話し合って決めさせてもらった。

もう一人の僕に何の決定権がないことは申し訳ないと思ってる。

だから、そのお詫びとしてもう一人の僕は僕の体を好きにしてくれていいよ。

これから先で何をしようと、僕は何も問いたださないし、品行方正に生きてくれなんて願うつもりもない。

僕の人生について、もう一人の僕が考える必要は何一つとして無いんだ。

もうこの体は、もう一人の僕のものだ。


自分勝手でごめんなさい。さようなら。






ナニコレ?

遺書ではなく遺言状って書いてあるし、状況的には俺に向けられたものなのか……?

たしかに、これを赤の他人が見ても意味分からないだろなぁ。


「最初は意味不明だったし、何かしらの精神疾患を考えていたけど、どうにも違うっぽいのよね」


俺もなんとなくそう思う。

遺言状と書かれているけど、これは何かしらの確信を持って書いているようにも見える。

もう一人の僕とは、つまり俺のことだろうな。

何かしらの要因があって、俺が神埼少年の体を乗っ取ったというより、譲られたのか?

文だけを見ると、俺が入り込んだというよりは、俺が引っ張られて入ったと言った方がしっくり来る。

それと、話し合ったとあるけど、誰とだ?

まさか親とだなんてあるわけないよな?


「でも君の今の状況を見ると、なんとなく意味が分かってきたわ」


「俺も……たぶんですけど、分かりました」


荒唐無稽こうとうむけいな話だけど、君は神埼 守さんの身代わりとしてその体に入った、ってことでいいのかな?」


身代わりって、そんな大それた話なのか?


「みたいですね。俺自身これを見ても何が何やら……」


「でも心当たりはあるって感じ?」


「それも程度の認識ですけども……」


「だとしても、確かなのは君は神埼 詩織さんのご子息だって事、まるで他人の女を母親といわれても困惑するだろうけど、それは遺伝子的に見ても確かなことだよ」


「………」


「せめて、母親くらい悲しませないであげて、頼むよ。って何を言ってるんだろうね、私は」


橘さんは良い人、なんだろうな。

優しくこちらを見ていたんだけど、急に目が吊り上る。


「それで、この色ボケ女はどうしましょうかしらね?」


「私の話を聞いてください! 和姦! これは和姦なんですッ!」


なんというか……25歳の女性の口から出て良い言葉じゃないな、それ。


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