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第14話 それから一週間後

あれからあっという間に一週間が過ぎ去った。

その間に色々なことをナースさんから学ばせてもらった。


まずは俺自身のこと、というか神埼少年の事か。

神埼少年はこの世界では15歳の高校生で普通の男子学生だったらしい、普通というのは女性を避けているという意味だ、どうやら神埼少年も類に漏れず性欲がないタイプだったらしい。

こんなにこの体は元気なのに、不思議なもんだ……。


次に神埼少年の母親と妹のこと。

母親は商社でバリバリ働いているようで年齢は不明、妹は2歳下の13歳で中学生。

二人の写真を見せてもらったけど、どちらも優しそうな顔をしていて好感が持てる。

この体になる前にいた、あの愚妹と比べると月とスッポンどころの話ではない、正直に言うと母親もそうだけど、神埼少年の妹のほうが遥かに美人だ、これは将来有望だろうな。


そして病院内のことだけど、どういう理由かは知らないけど朝倉さんは俺の担当から外され、日替わりでナースさんが俺の面倒を見てくれることになった。

まぁ、なんと言うか……知識を得たとしても俺が女性を避ける理由もないし、神埼少年になりきる義理もない、それにおそらく俺に演技は無理だ、ありのままで勝負するしかないね。

とはいえ、俺の本名を名乗る訳にもいかないので、名前だけは神埼少年のものを拝借するつもりだけど。

ただ世の中には危険な女性もいるということはナースさん全員から嫌ってほど伝えられた。

筋トレも嫌いじゃないし、自分でそういう女性から自分を守れるように鍛えても良さそうだ。


それと一週間で肉体関係を持ったのは橘さんと朝倉さんだけだ。

他のナースさんとも色々あったけど、「お話しましょう」とか「ちょっとだけ触っていいですか?」とか、そんなのが多かった。

触るといっても俺が服をまくって、大胸筋や腹筋を指でつつかれたり、撫でられたり、握手をしたりと健全なものばかりで、当然だけど俺から誘うような真似はしていない。

一人だけ、「乳首がぁ! チクビガァ!」と鼻血を出した人もいたけど、こんなものでそこまで興奮するのか?

この部屋はラジオもテレビもないので、こういった誰かと触れ合えるというのがここでの最高の時間の使い方だ。

そして夜になると橘さんと朝倉さんが交互にどちらかが来るようになっていた。おそらく、そうするように話し合って決めたんだろうな。

一晩中抱き合って、朝になると俺よりも先に起きていなくなっているのがパターンだった。


それと確認を取ったんだけど、神埼少年のスマホは壊れていたため修理中。携帯ゲーム機のようなものも持っていなかった…………。

漫画やラノベも興味がなかったらしく何一つ無いと……。

それでめちゃくちゃガッカリしてたら、橘さんが買ってくると言い出したので丁重にお断りしておいた。流石に人から買ってもらうのは気が引けるし、出来れば自分で選んで買いたい。今はそういうものがあると知れただけでも収穫だ。


「おはよう~神崎さん。昨日は眠れましたか~」


「おはようございます、おかげさまでゆっくり寝れました」


実は昨日も情事があったので、やや寝不足だけど、そんな事をわざわざ言うこともない、夜の密会は秘め事というやつだ。

今日のナースさんも、また別の人が来た。

胸元のネームプレートには菊池と書かれている、たぶん見てきたナースさんの中では彼女が最年少ではないだろうか? と思うほどに小柄で童顔だ。

菊池さんは朝食をテーブルに置くと興味深そうに俺の事を見てくる。

なんかこういう視線にも慣れてきてしまったな。


「何かありましたか?」


「あ、いえ、その。今日の申し送りで神埼さんのことを聞いたんですけど、本当にちゃんとしてるなぁって、あははは~」


ちゃんとしてるって、挨拶しただけなんだけどな……。

この世界の男って、それほどまでに礼儀ってモンを知らないのか?

今日の朝食はトーストと目玉焼きとサラダが並んでいた、サラダには見慣れない赤みの掛かったドレッシングがかけられている。俺の傷はもう完治しているので病院食ではなく、普通にナースさんたちと同じ食事が並べられているらしい。

ちなみに俺は目玉焼きには塩胡椒派だ。

量が多いわけじゃないので、この程度なら5分と掛からず食べ終わってしまう、菊池さんはその間も俺の後ろに立って食べ終わるのを待っていた。

なんでも、ここは鍵が無いとは入れない場所だから、提供と引き去りを同時に行いたいとの事だったし、俺もそれには了承した。


「ご馳走様でした」


「はい、お粗末さまでした」


そう言ったのに菊池さんはトレーを下げる気配がない、なので手渡そうと立ち上がると。


「あのですね、神崎さん」


「ん? なんでしょう?」


少しモジモジしてから菊池さんが何も言わずに両手をまっすぐに伸ばしてきた。でも手の形がトレーを受け取るものではなくて開かれている。

その姿を見て、何をしたいのかは察することができたので、俺もそれに応えるようなポーズを取ると、菊池さんが俺に抱きついてきた。

いわゆる、ハグってやつだなこれ。


「………本当にこういうことしてくれるんですね」


「この程度は挨拶みたいなものですよ」


「最初は意味が分からなかったんですよ、忌避感持ちの患者さんだって聞いていたのに、会話と接触が可に変わったって聞いたので。それで話を聞いたら、肌を……胸を触らせて貰えたって喜んでた子がいたから……」


「俺はそういうの特に気にしませんから、何かしたいことがあれば何でもどうぞ。でもこの事は外では内緒にして下さいね?」


その言葉を聞いて、菊池さんは目をパチクリさせていた。

それから吹っ切れたのか、抱きしめていた力が強くなり、俺の胸にグリグリと頭を擦り付けてきた。

これを役得と感じる俺がいるように、ナースさんもそう感じているんだろうというのは表情を見ればよく分かる。

もし俺に子供がいたら、孫娘ってこんな感じだったんだろうか?

実際には居なかったから、どんなもんなのかは分からないけど。


「ありがとうございました、神埼さん。おかげで元気がもらえました!」


「お安い御用だよ」


菊池さんが離れたので、俺は食べ終わった食器が載っているトレーを菊池さんに渡す。


「ありがとうございます、美味しかったです」


「あ、いえ、はい。そう言ってもらえると作った甲斐があります」


「え? これ菊池さんが作ったんですか?」


「あれ? 聞いてないんですか? 神埼さんの食事は全部私達の手作りですよ」


聞いてないけど!?


「本日はこれから神埼さんのご家族が迎えに来ますから……昼食は作れませんけど」


「そうだったんですね。みんなにも美味しかったと伝えて下さい」


「はい、それでは失礼しますね」


菊池さんはトレーを持ったまま器用に肘で扉を開けようとしている、この部屋のドアノブは掴んで回すタイプじゃなくて、レバーを下げると開くタイプなので両手が塞がっていても開けることができる。


「あ、ちょっと待って下さい」


「どうかしましたか?」


俺が呼び止めると、菊池さんは振り向いた。


「前髪、乱れてますから。このままじゃ戻れないでしょう?」


「あっ、す、すみません」


ぐちゃぐちゃに乱れていた菊池さんの前髪を元に戻してあげると、顔を真っ赤にして俯いてしまった。そりゃあれだけ擦り付けてたらそうなるよな。


「はい、直りましたよ。行ってらっしゃい」


「……その、いって……きます」


俯いたまま菊池さんは部屋から出て行ってしまった。

あんな調子で転ばないといいけどな。


家族が来るのは前々から聞かされていたので、歯を磨いて身支度をしたんだけど、時間が余りすぎて特にやることもなく呆然とするしかなかった。

こういう時間は本当に暇になるけど自分で緑茶を入れて太陽の当たるところに行くようにしている。


あー、せめて本だけでもあれば時間なんていくらでも潰せるのに。


どれぐらい惚けていただろうか。

空と緑を眺めていると、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。

興味本位でフェンス越しにエンジン音のする方を探ると、病棟の敷地のロータリーに1台の車が侵入していた。

白い車だけど見た事のない車種だ、メーカーとかどこなんだろう。

その車の運転席からは一人の女性と、後部座席からも女の子が降りてきた。


あれは間違いないな、写真で見た神埼少年の家族か。


もうじき俺も呼ばれるだろうな。

俺は少しだけ残っていた緑茶をあおり、いつでも出られるように荷物の入ったバッグを手に取った。

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