「ヒナタちゃん、守を放してあげなさい!」
「んー!」
神崎家の車は既に駐車場に到着していた。
家は二階建てで3人家族には十分すぎる程の一軒家だ。
早く俺も中に入りたいんだけど、妹のヒナタが俺の腰をガッチリ掴んで離さなくなっていた。
どうしてこうなった?
「ほら、ヒナタ。離してくれないと家の中に入れないだろ? 時間はこれからいっぱいあるんだから、な?」
そう言って背中をポンポンすると、抱きついていた腕の力が抜けていった。
「……うん。分かった」
ここに来るまでの途中からずっとこの体勢だった。
なんか膝に乗った猫みたいなイメージが湧いてきて、俺もずっと頭を撫で続けてしまった結果がコレである。
「いつの間にそんなお兄ちゃんっ子になったのよ」
詩織さんもボヤきながら家の扉を開けてくれた。
お香でも焚いてるのか、それともこれがこの家の芳香剤の香りなのか、家の中はいままで嗅いだことのない良い匂いがした。
ヒノキの匂いにも近いけど、それに何かが混ぜられているような、そんな感じだ。
「どう? なにか思い出せそう?」
「……いえ、何も」
記憶喪失ではないからね、この家の中も当然初めましてな訳で……。
それから詩織さんは家の中を全て説明してくれた。
一階に洗い場、お風呂、リビング、キッチン、そして二階には詩織さんの部屋と、ヒナタの部屋と、神埼少年の部屋があった。
行く先々でなにか思い出さないか? とか、詩織さんの中の神埼少年との思い出を語られて、ジワジワと自分が嘘をついているという罪悪感が増えていく。
「思い出せないのは仕方ないわ、ゆっくり取り組んでいきましょう! 今日は守の好きな物いっぱい作るからね!」
詩織さんは神埼少年の記憶を取り戻そうと頑張ってくれている、それがとても申し訳ない。
でも俺は、実は中身は違う人間なんです!なんて明かすつもりも、覚悟も今のところは無い。
「ありがとうございます、詩織さん」
ただその優しさに胸が打たれる思いだ。
これからどうしたらいいのかという部分はとりあえず置いといて、俺は神埼少年の部屋へと入った。
ごく普通の部屋だ、部屋の中の造りはフローリングで、小さいながらクローゼットがある。
あとは勉強机とベッドがあって、そして気になるものも見つけた。
「おっ! 本棚がある」
なんだ神埼少年よ、本を持ってるんじゃないか。
さて、どんな本を読んでいるんだろうな――――って。
『精霊図鑑』『神降臨の儀式術』『フェアリーサークルガイド』『新人類進化論』『悪魔との取引方法』『黒魔術新形態』『覚醒』『魔法解体真書』
なんだこりゃ。
オカルトってヤツかな、さすがにそっちの知識は全然ないんだよな。
俺はなんとなく『神降臨の儀式術』という本を手に取った。
なになに……神降ろしに必要な素材には、不純な男の生き血、それに小動物の魂とか、純銀貨とか、カラスの羽とか、なんかそれっぽいものが羅列されている。
ページを読み進めると、儀式の進行方法まで図解入りで記されていた。
うーん……本としての価値はあるのかもしれないけど、こういう知識はあんまりピンと来ないな。
一応、神埼少年の遺品だから捨てることはしないけど、今後俺が手に取ることは無いかも……。
とりあえず、本についても今後考えるとして、今は手の中にある小包をどこに隠そうか。
チラッと見たけど、朝倉さんの名前の入った封筒には帯付きが2つ、橘さんの名前の入った封筒には帯付きが3つも入ってた。
多すぎでしょ!?
しかも二人とも、ちゃっかり自分の電話番号が書いてあるメモを中に入れてあった。
とりあえず、これは後日口座に入れて、実弾は隠しておこう。
そう考えてしまった……。
「なんだこれ?」
クローゼットの奥の底、そこに黒い布で覆われた大きい箱状のものが置いてあった。
取り出してみたがよく分からない、覆われた布を取り払うと、漆塗りのような光沢のある木箱が出てきた。
小包を隠しておくには丁度いいかもしれない。そう考えて箱を開けてしまった。
「うっ………」
中には子犬か子猫か分からない、首のない死骸が入っていた……。
いや、よく見るとこれは剥製か……。
かなり綺麗な作りだけど、首の辺りを刃物で切ってるっぽいな。
その剥製の奥には、血なのかよく分からない液体が付いている包帯のような布切れ、その他にも謎の黒い塊がある、触りたくないのでこれが何かは分からない。
神埼少年よ……さすがにコレはやりすぎだろ。
俺はある程度グロに対しては耐性があるつもりだけど、これはちょっとキツイな。
神埼少年の遺品は捨てないと思ってたけど、これは捨てたくなった、持ってたら呪われそうなんだけど!
他に何か変なものはないか部屋の中を捜索したけど、特に何も出てこなかった。
さすがに、橘さんと朝倉さんの気持ちをここに隠すのは嫌だったので、小包は勉強机の引き出しの中に入れることにした。
あと、変なものではないけど使用用途不明のものはチラホラある。
小包を隠した勉強机には縦に3つの引き出しがあって、一番上にはシャーペン等の文房具や、学校の授業で使いそうな小道具が綺麗に並んでいた。丁度いいスペースがあったので小包はそこに隠しておく。
真ん中の引き出しにはノートやプリント、CDが収められている。
そして問題の一番下にある一番大きな引き出し。
中には謎のメスシリンダー?のようなものがあって、ガラス製ではなく、少し柔らかい素材で出来ている。透明なので中身が見えるけど、従来のメスシリンダーのような単純な構造ではなくて、中身は少し複雑だ。その隣にはノンアルコールの消毒液と脱脂綿。
何に使うかはまったく分からない組み合わせだな、これ。
引き出しに入っていたって事は、これも学校で使うんだろうか?
あとはまぁ、私服とか、高校の制服だとか、教科書だとか、そういった日常的な物しかない。
神埼少年の好む娯楽のようなものが見えてくればと思ったけど、そういったものは一切なかった。オカルト関係が唯一の趣味だったのかもな。
これがこの世界の一般的な男の趣味って事はないよな……?
俺には、そう願うしかない。