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第16話 黒・魔・導 (ブラック・マジック)

「ヒナタちゃん、守を放してあげなさい!」


「んー!」


神崎家の車は既に駐車場に到着していた。

家は二階建てで3人家族には十分すぎる程の一軒家だ。

早く俺も中に入りたいんだけど、妹のヒナタが俺の腰をガッチリ掴んで離さなくなっていた。


どうしてこうなった?


「ほら、ヒナタ。離してくれないと家の中に入れないだろ? 時間はこれからいっぱいあるんだから、な?」


そう言って背中をポンポンすると、抱きついていた腕の力が抜けていった。


「……うん。分かった」


ここに来るまでの途中からずっとこの体勢だった。

なんか膝に乗った猫みたいなイメージが湧いてきて、俺もずっと頭を撫で続けてしまった結果がコレである。


「いつの間にそんなお兄ちゃんっ子になったのよ」


詩織さんもボヤきながら家の扉を開けてくれた。

お香でも焚いてるのか、それともこれがこの家の芳香剤の香りなのか、家の中はいままで嗅いだことのない良い匂いがした。

ヒノキの匂いにも近いけど、それに何かが混ぜられているような、そんな感じだ。


「どう? なにか思い出せそう?」


「……いえ、何も」


記憶喪失ではないからね、この家の中も当然初めましてな訳で……。

それから詩織さんは家の中を全て説明してくれた。

一階に洗い場、お風呂、リビング、キッチン、そして二階には詩織さんの部屋と、ヒナタの部屋と、神埼少年の部屋があった。

行く先々でなにか思い出さないか? とか、詩織さんの中の神埼少年との思い出を語られて、ジワジワと自分が嘘をついているという罪悪感が増えていく。


「思い出せないのは仕方ないわ、ゆっくり取り組んでいきましょう! 今日は守の好きな物いっぱい作るからね!」


詩織さんは神埼少年の記憶を取り戻そうと頑張ってくれている、それがとても申し訳ない。

でも俺は、実は中身は違う人間なんです!なんて明かすつもりも、覚悟も今のところは無い。


「ありがとうございます、詩織さん」


ただその優しさに胸が打たれる思いだ。

これからどうしたらいいのかという部分はとりあえず置いといて、俺は神埼少年の部屋へと入った。

ごく普通の部屋だ、部屋の中の造りはフローリングで、小さいながらクローゼットがある。

あとは勉強机とベッドがあって、そして気になるものも見つけた。


「おっ! 本棚がある」


なんだ神埼少年よ、本を持ってるんじゃないか。

さて、どんな本を読んでいるんだろうな――――って。


『精霊図鑑』『神降臨の儀式術』『フェアリーサークルガイド』『新人類進化論』『悪魔との取引方法』『黒魔術新形態』『覚醒』『魔法解体真書』


なんだこりゃ。

オカルトってヤツかな、さすがにそっちの知識は全然ないんだよな。

俺はなんとなく『神降臨の儀式術』という本を手に取った。

なになに……神降ろしに必要な素材には、不純な男の生き血、それに小動物の魂とか、純銀貨とか、カラスの羽とか、なんかそれっぽいものが羅列されている。

ページを読み進めると、儀式の進行方法まで図解入りで記されていた。


うーん……本としての価値はあるのかもしれないけど、こういう知識はあんまりピンと来ないな。


一応、神埼少年の遺品だから捨てることはしないけど、今後俺が手に取ることは無いかも……。

とりあえず、本についても今後考えるとして、今は手の中にある小包をどこに隠そうか。

チラッと見たけど、朝倉さんの名前の入った封筒には帯付きが2つ、橘さんの名前の入った封筒には帯付きが3つも入ってた。

多すぎでしょ!?

しかも二人とも、ちゃっかり自分の電話番号が書いてあるメモを中に入れてあった。


とりあえず、これは後日口座に入れて、実弾は隠しておこう。


そう考えてしまった……。


「なんだこれ?」


クローゼットの奥の底、そこに黒い布で覆われた大きい箱状のものが置いてあった。

取り出してみたがよく分からない、覆われた布を取り払うと、漆塗りのような光沢のある木箱が出てきた。

小包を隠しておくには丁度いいかもしれない。そう考えて箱を開けてしまった。


「うっ………」


中には子犬か子猫か分からない、首のない死骸が入っていた……。


いや、よく見るとこれは剥製か……。

かなり綺麗な作りだけど、首の辺りを刃物で切ってるっぽいな。

その剥製の奥には、血なのかよく分からない液体が付いている包帯のような布切れ、その他にも謎の黒い塊がある、触りたくないのでこれが何かは分からない。


神埼少年よ……さすがにコレはやりすぎだろ。


俺はある程度グロに対しては耐性があるつもりだけど、これはちょっとキツイな。

神埼少年の遺品は捨てないと思ってたけど、これは捨てたくなった、持ってたら呪われそうなんだけど!

他に何か変なものはないか部屋の中を捜索したけど、特に何も出てこなかった。


さすがに、橘さんと朝倉さんの気持ちをここに隠すのは嫌だったので、小包は勉強机の引き出しの中に入れることにした。


あと、変なものではないけど使用用途不明のものはチラホラある。

小包を隠した勉強机には縦に3つの引き出しがあって、一番上にはシャーペン等の文房具や、学校の授業で使いそうな小道具が綺麗に並んでいた。丁度いいスペースがあったので小包はそこに隠しておく。

真ん中の引き出しにはノートやプリント、CDが収められている。

そして問題の一番下にある一番大きな引き出し。


中には謎のメスシリンダー?のようなものがあって、ガラス製ではなく、少し柔らかい素材で出来ている。透明なので中身が見えるけど、従来のメスシリンダーのような単純な構造ではなくて、中身は少し複雑だ。その隣にはノンアルコールの消毒液と脱脂綿。


何に使うかはまったく分からない組み合わせだな、これ。

引き出しに入っていたって事は、これも学校で使うんだろうか?


あとはまぁ、私服とか、高校の制服だとか、教科書だとか、そういった日常的な物しかない。

神埼少年の好む娯楽のようなものが見えてくればと思ったけど、そういったものは一切なかった。オカルト関係が唯一の趣味だったのかもな。


これがこの世界の一般的な男の趣味って事はないよな……?


俺には、そう願うしかない。


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