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第29話 回想

「ダメだよ! そんなの!」


「別にこのくらい良いだろ」


朝から俺はヒナタと揉めていた、その理由は俺の通学についてだ。

電話で聞いた通り、まだ詩織さんは家に帰ってこれてなくて、ヒナタはそれで俺が学校を休むと思っていたらしい。

詩織さんがいないなら仕方ないと俺がひとりで登校すると言ったら、ヒナタから猛反対を受けた。


「それならヒナタがお兄ちゃんを高校まで連れて行くから!」


「それだとヒナタが学校に間に合わなくなるだろ」


「全力で走ればそこまで遅れないよ!」


「それは良くない、俺のせいでヒナタを遅刻させられない」


元の世界だって女子小学生が1人で登校してたりするのに、なんで高校生の俺が、しかも年下の妹に送られなきゃならんのか。


「ヒナタの事は気にしなくてもいいから!」


「駄目だ! 俺の心配より自分の心配をしなさい!」


少し強めに言うと、ヒナタは悲しそうに頷いた。


「ヒナタが俺の心配をしてくれてるのは分かる。それは嬉しいけど俺だってヒナタの事は心配だし、俺のせいでヒナタの評価が落ちるなんて事があれば、そっちの方が俺は辛いよ」


「……うん」


「だからヒナタはヒナタでちゃんと学校に行こうな、俺もヒナタを心配させるような事は控えるし、1人でも大丈夫なように気をつけるから」


「………違うんだもん……そうじゃない」


「ん? それってどういう―――」


意味がわからず聞き返そうとしたけど、俺の言葉を待たずにヒナタは走って家を出ていってしまった。

ちゃんと学校のカバンも持って出てるから学校には行くだろうけど、なにか俺はヒナタを傷つけるような事を言ってしまったのか……?


俺は何か致命的な間違いをしてるんだろうか……?

それとも単純に、俺に人間関係を構築するというのはハードルが高いのか……。

昨日まではヒナタと普通に雑談もしてたし、仲が良いと思ってたんだけどな。

ちょっと強く言いすぎてしまったのかも……。

反省だな、ヒナタはまだ13歳なんだ、そういうのも俺の方で考慮してあげないと。

ヒナタに嫌われてしまったかもしれないけど、今は気持ちを切り替えて学校へ行こう。


学校への道のりも昨日の段階でアプリに登録してあるから、タップひとつで現在地から学校までの最適のルートを教えてくれる。

あとは指示通りに移動すれば、すぐに車で移動していた時に見た大通りに出てきた。

その後もナビゲート通りに進むと、ちらりちらりと見慣れた制服の学生が同じ方向へと歩いていく。

よしよし、あとはこの流れに沿って歩いていけば学校に行けるだろう。


「ハイッどーーーん!!」


背後から急な衝撃と重さが同時に来た。

誰かが俺にのしかかって来て、手を俺の首に回してくる。はたから見たら人を背負ってるようにも見えるだろう。


「樹里か、いきなり危ないだろ!」


かみっち、オハヨ! 今日は1人で登校なん?」


後ろを振り向けば、教室の中で1番元気の良い、金髪碧眼の少女である樹里の顔が視界いっぱいに飛び込んできた。


「今日は母親が仕事でいないから、歩いて来るしか無かったんだよ」


「マジか、ならここからはあーしと一緒に登校しよっ!」


「一緒に登校と言うか、荷物が増えたような?」


「ヒッドイね! あーしが荷物だって?」


「こうして背負ってるんだから似たようなもんだろ」


なんとなく、学校の友人とはこんなもんだよなとノスタルジックな気分にもなる。

樹里は良くも悪くも異性というのを感じさせない雰囲気があるから、男友達みたいに接する事も出来る。


「ならもういいし、降ろしてよ」


「いや、思ってたよりも軽いから、このまま背負っていくよ?」


俺の中でイタズラ心が芽生えていく。

よいしょと、俺は樹里を背負い直し、太ももを俺の腕で固定する。

ただでさえ俺は男ってだけでジロジロ見られるのだ、それが同い年の女の子を背負ったりしたらどうなるか。


「……ねぇ、なにあれ?」


「うわぁ……何させてるんだろ……」


「なんであんなベタベタしてるのよ……」


もはや周囲の人は見てるだけじゃなく、ヒソヒソとこちらにまで聞こえるような声で囁きだす。

もちろん、それに気が付かない樹里ではない。


「神っち! ちょ、もういいから降ろして!」


そう、背負われる時は後ろの人の判断で出来るのだが、降ろすとなると背負ってる人の判断となる。

樹里の太ももは俺の腕と腋でガッチリと固定されているから動かせなくなっている。


「大丈夫だって、俺は気にしないから」


「いや! あーしが気になってるの! 今! なぅ!」


樹里はジタバタしだしたが、全然そんなのはこちらのダメージにならない。


「はっはっはっ! さぁこのまま一緒に学校へ行こうねぇ!」


「嫌だって! 神っち! もう勘弁して!」


そんなに嫌なら俺の背中に飛びつかなければいいのにね。

ジロジロ見られつつもそのまま歩くと、脇の道から怒号が聞こえてきた。


「いいから黙って歩けねぇのか!?」


なんだ?と思ってそちらを見ると、俺と同じ制服を着た線の細い男が女の子を蹴り飛ばしていた。

蹴られた小柄な女の子は勢いのあまり倒れ込んでしまっていた。


「なんて事しやがる……」


ふつふつと俺の中で怒りが湧いてくる。

蹴った理由は分からないが、女の子にそんな事していいはずがない。

そのまま見てると、すぐに向こうの男が俺に気がついて鼻で笑う。


「なんだお前、なんで女なんか背負しょってんだよ、バカじゃねーの」


俺は樹里を降ろす。

それは、この男に馬鹿にされたからじゃない。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


俺は蹴り倒された女の子に手を差し伸べた。

だけど彼女は首を横に振って、俺の手は取らずに自分で立ち上がる。


「私は大丈夫ですから……気にしないてください……」


気弱そうな女の子の震える声。


「おい、コラ! 俺を無視してんじゃねぇよ!」


凄んでくる男の声。


なんだコイツ……これが俺と同じ男なのか?

まぁ、いい。こんな奴に構ってもしょうがない。


「派手に膝を擦りむいて血が出てるし、保健室へ一緒に行こう」


「結構です……」


「いーや、結構じゃないね! あーしはこの子と神っちのカバン持つから、神っちはこの子を背負ってあげて! いける?」


「もちろんだ、悪いけどコレ頼むよ」


俺は彼女のものと思わしきカバンを拾って、俺のと一緒に樹里に手渡す。


「ふざけんなよ! お前がその女を連れてったら誰が俺のカバンを持つってんだよ!!」


確かに、男物の色をした学校のカバンが地面に落ちていた。

だけど。


「そんぐらい自分で持てよ、当たり前だろ」


「女が持てばいいだけの話だろうが!!」


駄目だ、話にならん。

それにそんなヒョロヒョロの細腕で凄まれても、小型犬が吠えてるくらいの印象しか抱けない。

しかも、俺が1歩男に詰めると、男は1歩下がった。情けない。


「そうだ! 後ろの金髪女! お前が俺のカバンも持てよ!」


キャンキャンうるさい奴だ。

そんなに吠えなくても聞こえてるって。


あぁ……腹が立つ。


「何度も言わすな、小僧。自分の物は自分で持て」


「なっ……! 誰に向かってそんな口叩いてると思ってるんだっ!!」


「知らん。興味もない。文句があるなら後で聞いてやる」


「このっ!」


「殴り合いがしたいなら後でいくらでも付き合ってやるって言ったんだ、分からんのか?」


俺がコイツくらいガキの頃は喧嘩早けんかばやい男はと居た。

しょっちゅう殴り合いもあったし、怪我も多かった。

俺も社会的な責任も取れないのに、そういう事をしてきた事もあったさ。


それでも、叩いた生意気のツケは誰だって当事者同士で取ってきたもんだ。


もう1歩詰めれば、小僧は更に下がった。

俺がこの小僧なら絶対に下がらない。

情けない、なんとも情けない。

ツケも払えず、ケツまで捲ろうとしたな。それでも男か?

まぁ、もうこんな小僧に構ってる時間は無い。

俺は彼女を無理やりに背負い、背負った彼女の事に気を使いながら学校へ急ぐ。

横には樹里が小走りで並走してくれて、後ろから小僧が吠えてるが、吠えるしか出来ないならやらない方が身のためだろうに。


「やるジャン! 神っち! あーし痺れたよ!」


「それはいいから、道が分からないから先導してくれ」


「あいよー! まかせて!」


また周りからジロジロ見られてるのが分かる、樹里とは違って背負ってる彼女には申し訳なく思うけど、ここは我慢して欲しいと心の中で詫びた。


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