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第33話 広がる輪

あれから、ダウンした詩織さんに変わって俺が晩御飯の準備をした。

とはいえシェフが作る豪華な料理みたいなものは作れない、所謂いわゆる男料理というやつだ。

豚肉と適当に切った野菜を炒めて、あとは溶き卵の中華風スープを作った。

目を覚ました詩織さんは最初は驚いていたけど食べてくれたし、ヒナタも俺の手製のおじやを喜んで食べてくれていた。

まぁ、俺みたいな男でも一人暮らしが長いと、調理のスキルくらいは多少は嫌でも覚えてしまうものだ。


そんなこんなで、次の日の学校はちょっと大変だった。

今日は詩織さんが車で送ってくれて、学校の駐車場から校舎までの距離だというのに。


「神埼くんだよね! おはよう!」

「お、おはよう」


何度目だろうか、全く知らない人が俺の事を知ってて挨拶をしてくる。

最初は普通に挨拶してたけど、ちょっと数が多いな……ここは山道か?ってくらい挨拶される時もある。

駐車場から教室までの間に、挨拶された人数は50人をたぶん超えてる……。

別クラスの男への接触禁止という校則がある理由がわかった気がする。


「小夜子ちゃんはいつも疲れてるけど、神っちまで疲れてんのは初めてじゃね?」


教室の椅子に座ると樹里が俺の方を心配そうに見てくる。


「挨拶ラッシュで疲れたんだよ……なんで昨日の終わりのホームルーム前に決まったことが次の朝にもう周知されてんだ……?」


「気がついてなかったの? 廊下に色んなクラスの生徒が偵察に来てたでしょ?」


と言うのは凜花さん。

あの子達ってそういう意味で居たのか……。


「神っちみたいなのって珍しいし、そりゃ注目も集まるよねー」


「まさか、ここまでとは」


疲れるけど、邪険にするのは違う気がするし、なによりこの前の小僧の顔がチラつく。

あんな男と同類になるなら、大変な方が遥かにマシってものだ。


「あのー…すいません。神埼様はいますか?」


教室の外から聞こえた声に、クラス中が反応する。

俺も声のする方を見ると、教室の入り口で小柄な女性が立っていた。

柳沢 すみれさんだ。

俺は席から立ってすみれさんの方へと向かう。


「すみれさん、どうしたの?」


「昨日は申し訳ありませんでした、私の為に……本日はそのお礼とお詫びの品をお持ちしました」


そう言って、すみれさんは俺に包装された箱を渡してきた。

サイズは手帳よりも少し大きい程度だろうか。


「そんなつもりじゃなかったのに」


「どうか、心ばかりの品ですがお納め下さい」


高校生のはずなのに随分と丁寧な対応だ。

さすがにこれで受け取らないのは失礼だな。


「ありがとう、受け取るよ」


「それでは失礼します」


俺が贈り物を受け取ると、彼女は照れるように笑顔になってそそくさと行ってしまった。


「なーに? ラブレターでも貰ったん?」


すみれさんが居なくなってすぐに樹里が茶々を入れてくる。

いつの間に俺の後ろにいたんだよ。


「さぁ? 中身は見てないから俺も分からないけど、重さ的にお菓子かなんかじゃないか?」


「ホントーに?」


ちょいちょいと樹里が何かを指さす。

ん? 梱包されてる隙間に紙切れが挟んである。


「……それ、女子がよくやる手だから」


俺にだけに聞こえるような小声で、樹里がいつもの緩さはナリを潜めて真面目な感じで教えてくれた。


「なーんだ、お菓子かー。あーしにも食べさせてよ!」


ウインクして樹里が今度は少し大きな声でそんな事を言う。


「誰がやるか、これは俺が後で食べるんだから!」


気が付かなかったら危なかったかもしれない、下手に俺がこの手紙を受け取ったと広まれば多分また色々あっただろうな。

挨拶責めでも大変なのに、ここに手紙まで加わったら手に負えなくなるところだった。


「お前は本当に良い奴だよ」


俺は樹里にすら聞こえないくらいの小声で呟き、心の中で感謝した。




いつも通り詩織さんの迎えで家に帰ってから、自分の部屋ですみれさんの贈り物を開封する事にした。

中身は予想通りお菓子で、白と黒の小ぶりなクッキーがいくつも入っていたが、樹里の言った通り紙切れは手紙だった。


『良ければご連絡ください』


その一言と共にトーキンと呼ばれるチャットアプリのIDが書かれていた。どういうつもりでこれを渡してきたかは何となく予想は付く。


うーん、これはどうしよう。


友人としてなら大歓迎なんだけど、なんかそんな雰囲気では無かった気がする。

樹里の予想でも惚れられたんじゃないかとも言っていたし、不用意に送るべきじゃないよなうな……。

でもそれは考えすぎって事もありえるし、あの小僧について相談したいのかもしれないと考えると、このまま無視するのは得策では無いよなぁ……。


誰かと付き合う、そう考えるだけで思い出すのは若い時の元カノあの女の顔だ。


すみれさんは俺の趣味をなにも知らない人だ、もし仮にここで告白されても応える気は一切ない。彼女が俺の趣味を否定するかもしれないしな。

なら、由美さんならどうだろう?

歳も同じで、ちょっと挙動不審な所はあるけど基本は良い子だ。それに俺と趣味も合うし、最適な可能性もあるな。


……何考えてるんだろうな、俺は。


とりあえず、落ち着くためにこの前買った新しい漫画でも読むか。

開封の儀で最初に開封したスーパーロボット物の作品だ。

第1話はこの前見たから2話から読み進める。


下手に知識があるからか、やっぱり主人公機がちょっと作画の崩れたス〇ープドッグにしか見えない。

それが複数機いて、そうはならんやろと突っ込みたくなる合体をしたり、単機で侵略してくる機械怪獣と戦ってたりしてる。

まぁ、こういうのは深く考えたら負けである。

ジ〇ン脅威のメカニズムみたいなものだ。

うーん、ボト〇ズのアナザーストーリーとして見れないこともない?

いや、やっぱ全然別物だな、これ。


なんだかんだ考えながらも、詩織さんに晩御飯ができたと呼ばれるまで漫画を読みふけっていた。


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