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第37話 知らなかった そんなの…

根本的に、俺の考えは間違っていたのかもしれない。

それを確認したくて、俺はまた家に帰ってから橘さんへと電話をかけていた。


『男性の射精について? そんなものを聞いてどうするのよ。守くんにもあるでしょうに』


「お願いします。これはふざけてる訳じゃなくて、真剣に聞いてるんです」


『前も言ったと思うけど、基本的に男性の射精は不快感と精神的な苦痛を伴うものよ』


「その不快感とはなんですか?」


少しだけ間があってから橘さんが話してくれた。


『激痛、とでも言うべきかしらね。私も医者をやってるから何人も見てきたわ、採精さいせいで発狂する男性をね』


……やっぱりそうなのか。


「それは絶対なんですか? 痛みを感じない男はいないんですか?」


『通説では程度には差があるから必ずしも激痛という訳ではないわ、でも痛みを感じないというのは聞いたことが無いわね』


もし射精で激痛を感じるなら、里穂さんが俺の言葉を信じられなかったのもなんとなく分かるな。

痛みを伴う行為を赤の他人に、それも自分から進んでというのは俺でも理解に苦しむ話だ。

アンパ○マンだって顔をちぎって誰かに食べさせる時とかも、本人は痛そうにしないから見れるだけで、顔をちぎる度に「あ、あんこ……いてぇよ〜!!」なんて悲鳴をあげていたら見ていられないよな。


『守くんは珍しいパターンよね』


「えっ!?」


『極稀にだけど、弱い痛みしか感じない人もいるわ』


それでもやっぱり痛いのか。どういうことなんだ?

前の世界とは人間の進化の過程みたいなものが、根本が違うのか?


「もしそれで快感を得られるとしたら、それってどうなるんですかね?」


『なに? その質問。 ……そうね、医学的に見るならば脳に何かしらの異常があるのかしら』


脳……。


『分かりやすく簡単に言うと。痛みというのは神経の損傷や過剰なストレスを脳が感知して引き起こされるのよ。無痛であるなら神経か脳のどちらかが正常に機能していないと見るべきね。それが快楽となると、異常な反応としか言いようが無いわ』


「………」


機能してないのではなく、異常な反応……か。

俺が神埼少年の体に入ったから何かが変わったのか?

それとも元からこういう体質だったのだろうか。


『異常はおそらく神経ではなく脳の方になるわね。快楽を感じているってことは伝達する神経は生きてる、でもそれが痛みを感知する場所じゃなくて、快楽を感知する場所に繋がってるのよ』


「気になったんですけど、絶頂すると女性は痛みを感じるんですか?」


『随分と恥ずかしいことを聞くのね……個人差はあるでしょうけど、痛みを感じる人はほぼ居ないんじゃないかしら。過程の段階で傷を負った、とかじゃなければね』


女性は気持ちが良いのに、男は痛いのが当然なのか……。

その痛みを我慢出来ないと女性からさげすまれてたのなら、そりゃあ男がそういう事をしなくなるのも納得かもしれないな。


『さっきからこれは何の話なの?』


「実はですね―――――」


ちょっと呆れ気味の橘さんの声が聞こえたので、俺は今の現状を隠さず話すことにした。

痛みが無いことも、それどころか快感を得ていることも。


『冗談でしょ?』


「いえ、本当なんです」


『……守くんが出す時の声って、痛みに耐えてる声かと思ったけど、違ったのね……』


そうだけど……改めて言葉で言われると恥ずかしいな。


『正直に言うと、医者としては守くんの体質を精密検査して徹底的に調べたいけど、個人的にはそういうことはさせたくないわ。医療従事者だけじゃなくて、研究職の人にもあまりソレを言わないほうが良いかも』


「俺だって橘さんだから相談させてもらってるんですよ」


『………』


「あの? どうかしました?」


『………なんでもないわ』


俺のこの体質がもし世界で俺一人のものだったとしたら、たしかに研究したいんだろうな。

………それで解剖とかされなきゃいいけど。


『そういえば、お母様から定期健診の話は聞いてる?』


「定期健診?」


そんな話は聞いてないぞ。


『守くんは入院してたじゃない? だからその間は免除になっているけど、男性は1ヶ月に1回の定期健診が義務とされているの』


定期健診が義務?

労働をしてる訳でもないのに、男ってだけでそういうのもあるのか。


『それと記録上はまだだから、そういう事なら採精さいせいもお願いしたいわ』


「え? そんな事までするんですか?」


『一応、男性の採精義務は年に最低でも1回はあるものだから我慢して』


「精子バンクで売るのとは違うんですか?」


『健康かどうかを調べるのと同時に余った分は精子バンクに送るわよ、そうしないと年間で必要分が揃わないもの』


なるほど。元の世界でも男女ともに注射が嫌で献血に行かない人もいるくらいだしな……。

射精が激痛ってことなら誰もしないのが普通だろうし、男しかできないなら足りなくなるのも道理か。

それでもたいした金額にならないって話だし、世知辛いなぁ……。


『あぁ、たぶん知らないだろうから言っておくわ』


「なんでしょう?」


採精さいせいには必ずサポートが一人入るから、そのつもりでね』


「はい? いやいや、そんなの必要ないですよ」


『採精は男性一人じゃ出来ないものなの、本来はそれほどの痛みが伴う行為なのよ。誰かが付いて無理矢理にでもその場で出させるのが従来の方法なんだから、それには従ってもらうしかないわ』


「さいですか……」


『ちなみに、サポートはその日に割り振られてる看護師が担当するから、そのつもりでね』


私がしてあげられなくて残念だわ。と橘さんはこぼしていた。

俺としては射精に痛みなんてないし、これも役得として考えることにしておこう。

あとは痛みを耐える演技とかも必要なのかなぁ……それを考えると気が重いな。

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