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第39話 価値の相違

どうしようか、どう言い訳するのが正解だろうか……。

俺としては「なんで出してから来るんですか!」って怒られたほうが「ごめんなさい」と謝りやすいんだけど。

「もしかして最近ヤっちゃいました?」みたいな雰囲気を出されると、なんか謝りにくい。

「また俺なんかやっちゃいました?」論法で逃げるのは無理筋だし、一般的な男だとこういう時なんて言えばいいんだ?


とか、色々考えていたら、菊池さんは何も言わずに医療用オ○ホールを抜いて、俺の拘束を解いていってくれた。

最後のベルトも外されて俺は自由の身になったわけだけど、ここまで終始お互いに無言だった。さすがにその沈黙に耐えられなくなったので、俺から話しかけることにする。


「あの、菊池さん?」


「はい~……なんでしょう?」


菊池さん、消え入りそうな声で顔が真っ赤になってるんですけど。

なんで? さっきまで余裕だったじゃんか。


「これで終わりですかね?」


「そうですね、服を着て待合室でお待ち下さい……」


なんとかなったか?

そうだよね、体調が悪くて出が悪い事もあるよね!

とっさに苦しい言い訳をしてしまったわけだけど、なんとかなるなら結果オーライというやつだ。

俺は服を着ている最中に菊池さんは「失礼します」と言って、急いで部屋から出て行った。

まぁ、それもそうか。出たものの保管処理みたいなのもあるだろうし、急がないといけないよな。

服を着終わって待合室で待つことにする、さっきの怒鳴り声はもう聞こえなくなっていたけど、そうなると今度は静か過ぎる待合室に取り残されているような気分にもなった。


どれぐらいそうしていただろうか。5分か10分か。


誰かが歩いてくるヒールの音がする、その音の方を追うと、橘さんがいた。


「守くぅ~ん。ちょっといい?」


あ、ヤバイやつだこれ。

すっごい良い笑顔してるけど、こういう時の女性が一番ヤバイのは俺の経験上、間違いないぞ。


「はい、なんでしょう……?」


「ここじゃ話せないから、こっちに来ましょうか」


橘さんはそう言うと、近くの扉を開きそこに入るように手で誘導されたので、俺は黙って従うことにした。

やっぱり、さっきの事を言われるんだろうか……。

中は普通の病室のようだけど、ここに何があるんだ?と思ったら、橘さんも中に入ってきてガチャンと鍵を掛けた。


え? なんで?


「ここは防音になってる病室だから普通に話して良いわ」


「あ、はい」


「どういうこと? 採精するって言ったのに、家で出してきたわけ?」


「いや、そういう訳じゃ……」


咄嗟に出てしまったこの言葉が悪かった。


「ふぅ~ん。家じゃないなら外で出したのね」


完全に墓穴だった。


「こんな事を言いたくないけど、本来は検査の分を引いたら精子バンクに送れる精液の量は人工授精10回分程度なのよ。なのに今回は検査だけで全部使い切っちゃいそうだから、近いうちにちゃんと溜めてからもう一度採精に来てもらうわよ!」


「はい、すみません」


「それで、なんでこんなに少ないの」


橘さんに誤魔化しても仕方ないから、俺は本当のことを全て話した。

関係をもった彼女達、事の成り行き、そして俺の性的な欲求。

そうしたら橘さんは、なんか疲れたかのように大きくため息をついた。

また俺なんかやっちゃいました?


「守くん? あなた自分の精液の価値を分かってる?」


「いや、まぁ、高いんだろうなってことしか」


「はい、これ」


橘さんは俺に紙束を渡してきた。


「これは?」


「この前言ってた、守くんに相手をして欲しいって望んでる人のリストよ。守くんの個人情報は一切明かしていないのに、男性の年齢と行為ができると分かっただけで、これだけ集まった。もちろん女側については私の方で身元は保証するわ」


これがそうなのか。

ぺらりと一枚めくると、名前と住所といった個人情報から顔写真まであり、しかもそこに一度の礼金までしっかり書いてある。

………誰もが三桁万円が当然くらいの金額を提示してるんですけど? 人に寄ったら四桁もある。


「人工授精は安くても1回10万円は超えてくるわよ、もしそれが最近採取したもので男児が生まれた実績のある精液だった場合、三桁は当たり前よ」


「え? でも俺は子供なんていませんよ」


「以前言ったでしょ、性交渉でできた子供は男児である可能性が人工授精の時よりも高いのよ」


「だからってこの金額はおかしくないですか?」


「何もおかしくないわよ。いい? 単純計算で1回の人工授精が安値の10万円だと仮定して、男性の1回の射精で人工授精約15回分の量があるの。それを一度に全て注ぐんだもの、価値としては150万円相当よ。はっきり言ってこの前渡した私や朝倉の礼金は破格の値段なのよ」


「そんなに……」


「さっきも言ったけど、男児が生まれた実績のある精液ならそれだけで1回100万円は超えるの、もしそれが15回分ならいくら?」


「1500万円以上も……なのに精子バンクに売るときは安いんですか?」


「保存に費用が継続してかかるし、採取に関しても色々かかるからね、男性に行く金額なんて1度で5万円もあればいいほうよ。でもその利益で男性に対する福利厚生が成り立ってるのよ」


だから国営なのか、ってことは俺の学費なんかもそこから出てるって事か。まるで税金だな。

でもそんなに差があるならみんな直接やればと思ったけど、男は痛くてまともな性交渉なんか無理か。

だとすると普通にできる俺の価値ってのは、これくらいが妥当なのか……。

それにしても法外な値段な気もするけど、競争やセリみたに値段が吊り上げられてるのか?


「それを小娘に、しかも無償でだなんて……」


橘さんから黒いオーラがにじみ出てるような気がする……。


「お、落ち着いて下さい! それでも俺の中ではギブアンドテイクが成立してたんですよ!」


「だとしても価値が違いすぎるって言ってるの!」


「ごもっともです……」


「ちゃんと行為に対する対価をある程度は貰いなさい!それが守くんのためよ! そんな事を続けてたら言い寄ってくる全員を無償で相手にすることになるわよ!」


「仰るとおりです……」


ぐうの音も出ない。その通り過ぎる。

学校のことでも色々学べたから分かる、そうなったらたぶん俺は物理的に絞られきって死ぬかも……。


「でも、守くんがそうしたいと思った場合は話は変わるわ」


「それって?」


「彼女とか、結婚相手もそうだけど。その時に守くんが相手の女を好きだって思えるなら無償でもいいんじゃないかしら、ようは欲求ではなく感情の話よ」


俺が、好きだと思える相手……。


駄目だな、彼女とか聞くとどうしてもあの女の顔が浮かんでくる。


俺のことを結局少しも理解しようともせずに、俺をまるで物のように自慢したあの女の顔が……。


「どうしたの?」


「……いえ、橘さんの言うとおりです、ありがとうございます」


俺が男だからって誰でも好いてくれるって訳じゃないだろうけど、でも好意を寄せられる可能性は高いってのは、もう嫌でも分かった。

だけど俺からの目線で考えると、違う。

誰でも好きって訳じゃないし、欲のままに俺がという理由で今までやることをやってきたけど、抱いた相手が全員好きなのか?と問われると、将来的にどうなるかは分からないけど今は違うとしか言えない。


「分かったのならいいわ。あぁ、そうそう、もうひとつ伝えないといけないことがあるわ」


「まだ何かあるんですか?」


ちょっともう言われすぎて精神的ダメージが大きいんですけど……。


「朝倉、たぶん妊娠したわよ」


「………ふぁ?」


え?もう分かるの?いやいや、あれからまだ2週間しかたってないのに!?


「経過観察の一週間の間で排卵誘発剤を注射したから、最近の様子を見てもほぼ出来てるでしょうね、検査をしたわけじゃないから確実じゃないけど」


「それって、使っていいやつなんですか……?」


副作用とかすごそうなんだけど、大丈夫なのか?


「男性から直接精液を入れてもらえた場合は特例で診断無しでも申請して使えるのよ」


………どうやら俺はもう父親になるみたいです。


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