定期診断に行っただけなのに、なんか濃厚な一日を過ごした気がするな……。
でも、この世界の常識にまた少し触れられた気がするので、良しとしよう。
体力面には不安は無いけど、それでもやっぱり精神面は削られたままだ。
MPが足りない!みたいな感じか?
まぁ、元々が魔法が使えるような賢さはないので、MPなんかあって無いようなものだろうけど。
そんなこんなで、詩織さんに学校へと送ってもらい、いつも通りに教室に入る。
……いつも通りと言っても挨拶ラッシュは相変わらずあるけど。
「おはよ、神埼くん。昨日は休みだったみたいだけど、どうしたの?」
横の席の凜花さんが読んでた本を閉じて話しかけてくれた。
「おはよう。昨日は定期検診に行ってきてさ、色々あって大変だったよ……」
「うわぁ、ご愁傷さま。体は大丈夫なの? 休まなくて平気?」
「平気だよ、俺は軽い方だから大したことはないよ」
橘さんも稀に痛みが少ない人もいるって言ってたし、このくらいは大丈夫だろう。
「……そうなんだ。ところで体育祭はどうするの?」
体育祭? そういやここに来るまでにそんなポスターがあったような気がするけど、1人だと立ち止まってゆっくり見れないんだよな。
「どうするって?」
「参加するの?」
「もちろん参加するつもりだよ」
俺がそう言うと、ザワりと教室がどよめく。
「体育祭なんてあまり興味もなかったけど、楽しみになってきたわ」
凜花さんも笑顔の中になんか闘志みたいなのが見える気がする。
え? そこまで気合いが入るものなのか?
「参加するつもりだけど、俺はどの競技に出るとか何も知らないけど、どれに出ればいいんだ?」
「何もないんじゃない?」
「………どういうことなの?」
「だって他の男子の競技者なんていないでしょ? 誰と競うのよ」
「なるほど……なら俺は何をすればいいんだ?」
「女子の応援くらいかしら? まぁ何もしないで色んな女子を侍らせてるだけ、みたいな人も居たわね」
それはそれでどうなんだ?
ピクニックと勘違いしてるんじゃなかろうか。
どちらにしろ、参加しても何も出来ないんじゃつまらないなぁ……。
どうせなら応援団くらいのノリでやるか?
「ギリセーフ!!」
他愛の無い会話をしていた教室に、慌ただしく樹里が教室に飛び込んでくると同時にチャイムが鳴る。
そんな感じで今日もいつもの1日が始まる―――はずだった。
「おい! ここに神埼ってヤツはいるか!」
朝のHRが終わって授業の準備中だったのに、教室の扉を乱暴に足で横に蹴り開けて、無遠慮に教室に踏み込んで怒鳴り散らす輩が来た。
声が聞こえた段階で誰かは分かった、すみれさんに怪我を負わせた小僧だな。
俺と目が会うと、小僧は大股で俺に向かって歩き出した。
「おいお前、ちょっと来いよ」
今日はやけに威勢がいいな、以前の後ろに下がってた時とはだいぶ違う。
「いやいやぁ〜、この前の人だよね? ちょっとキレすぎだから落ち着いた方がいいよー?」
樹里がすぐに間に入ってくれたけど。
「うるせぇな! 女が俺の前に立つな!」
相変わらずヤバい奴だな……ただでさえ精神的に疲れてるのに余計に疲れる……。
「いいよ、どこに行くつもり?」
「お前は黙って着いてくりゃいいんだよ!」
俺は間に入ってくれた樹里の肩を感謝を込めて2回軽く叩く。
こんな小僧より樹里の方が断然男前だよな。
いや、この言い方は女性には侮辱になるか?
教室のみんながザワついてるけど物理的に助けるのは無理だよな。
樹里だから動いただけで、校則で他のクラスの男子と関わり合いを持ってはいけないんだから、これは俺が解決する必要がある。
それで黙って付いていくと、そのまま体育館裏まで連れていかれた。
ベタだなぁ……。実は君も昭和生まれ?
「それで、こんな所じゃないと話せない用事ってなにかな?」
「お前のせいだ!」
何の話だよ。
「お前が邪魔をしたから、オレは婚約出来なかったんだッ!」
「え、俺のせいなのか?」
「どう考えてもそうだろ!」
いや、どう考えても違うだろ。
「はぁ……小僧がすみれさんを
「なに訳の分からない事を言ってやがる!」
「そんな支離滅裂な事を言ってるつもりは無いんだがな」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れェ!!」
癇癪をおこした子供のように小僧は地団駄を踏み始めた。
いや、年齢的にもこいつはまだ子供だったか。
こんな小僧と親の
「あの女と婚約しねぇとコッチが困るんだよ!」
「んなこた知らんわ」
「テメェェェーーー!!」
なんだかなぁ……。声だけの迫力なら認めてやらない事もないけど。
小僧は振り上げた拳を胸、腹、肩と叩きつけてきたけど……速さもなければ重くもないんだよなぁ……。
なんもせず自由に殴らせたけど、俺の方が恥ずかしくなるほど軽い。
だって全体的に男とは思えないくらい細いし。
「先に殴ったのはお前だから、覚悟は良いな?」
「お前のせいで! このオレが家の中で居場所がなくなったんだぞ!!」
だから何の話だよ。
………もういいや。
「小僧の事情など知らん」
「責任取れよ! どうしてくれるんだ!!」
「だから何度も言わすな! 知らんと言った!」
なおも殴ろうとする小僧の胸倉をつかんで、崩れた背負い投げのように小僧の腰を浮かせた。
あまりにも軽く、簡単に小僧は俺の腰を軸にして背中から地面に落ちていく。
そのまま地面に叩きつけても良かったけど、俺は手を引いて腰から落としてやった。
あまり痛くは無かっただろうけど、何をされたのか分からなかったのか小僧は動きもせずに固まっていた。
「そんなに大事なら、なぜ大切にしなかった」
「な……なんだよ……」
「すみれさんはお前みたいな小僧でも健気に我慢して付き合ってやってたんだ、それを踏みにじったのは誰だ?」
「そんなのは関係ない! あの女と婚約しないとオレは――――」
「――――そんなに自分の立場が大事なら、どうしてその立場をくれた彼女も同じく大切に出来ない!?」
「オレは男だぞッ!」
「だからなんだ! 俺だって男だ、男がそんなに偉いのか!?」
「男がいなけりゃ、女は子供が作れないんだぞ!」
「
小僧の言葉がこの世界で正しい認識だとしても、俺の中でソレを飲み込むことができない。
痛みで躾てやってもいいが、それをするほどの価値が小僧から見えない。
「やめて下さい!」
声が聞こえた方をみると、小柄な女性がそこに立っていた。
「すみれさん……?」
どうして、すみれさんがここに?
彼女の後ろには大柄な女性も立っていた。
プロレスラーってほどではないけど、ものすごく恵まれてる体躯をしている。
「風紀委員だ。お前達のことで連絡を受けた、ちょっと付き合っておらうぞ」
あ……これはやっちゃったか?
まだ俺は小僧の胸倉を掴んでるし、投げた状態で小僧はまだ倒れたままだ。
「助けてくれ! こいつに乱暴されてるんだ!」
「なっ! 小僧……貴様、どこまで腐れば……!」
「静かにしろ! 話は聞いてやるから付き合えと言ってるんだ。断るならそれ相応の対応をさせてもらう」