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第44話 知らない人

もうなんか色々ときつい。

家に帰ってからも最近あったことが重なりすぎて、これがストレスなのか疲労なのかがもう分からない。

小僧襲撃事件後は、なんかもうみんなピリピリしてるし、同じクラスの女性達は他クラスの女性からも俺を守ろうと動いてくれてるのか、移動するにも俺の周りにいてくれたけども……。

それだけの衝撃をあの小僧がみんなに与えたって事だよな。考えれば考えるほど小僧の罪が重くなっている気がする。


俺は自分のベッドでうつ伏せになりながら、この前買った漫画を開いた。


リナリーがオススメしてくれた漫画、思ったよりも面白いな、これ。

落ちぶれた領地を持つ貴族のご令嬢が、女神から聖なるハンマーを授かって戦っていく。

改心して仲間になったままのモンスターの顔が永遠と潰れっぱなしだし、軟派な勇者の聖剣も毎回ハンマーで潰していくお約束が案外じわじわ来る。

そして潰してない国宝まで王様から潰したと濡れ衣を着せられたところで、このお嬢様の事を好きな男が颯爽と現れ、彼女を自分の身を盾にして助ける。

2人で逃げ切ったところで、どうして助けたのかと問うお嬢様に、男は答える。


『僕は貴女の事が好きなのです!』


『私は……その、助けて貰ったあの日から……神埼様をお慕いしているのです……』


すみれさんと物語のこの男がかぶって見えた。

いやいや、状況からして逆だろ。

そもそも勘違いしてはいけないのが、慕われてるだけで、それが愛とか恋とは多分違うはずだ。

それでも、あんなに真っ直ぐな好意を伝えられたのは随分と久しぶりだな。

前の世界の時は、自分の趣味が最優先で男女の関係なんか邪魔だとすら思っていた、だけど今は少し違う。

趣味と共存する形でなら、そういうのも悪くはないと思えてる。


「だけど、すみれさんはやっぱ違うよなぁ~……」


すみれさんは俺の中だと前の世界の女性に近い立ち位置だ、今こうして俺が寝っ転がりながら漫画を読んでるなんで考えもしてないだろうな。


そういえば、俺が若い時とかはオタク文化というのは恥ずかしい物というか、隠すべき趣味みたいな風潮だったけど、こっちの世界だとどうなっているんだろうか?

知らないけど……わざわざ調べる必要も無いな。世間から嫌われる趣味だろうと、俺はこれを辞めるつもりはないし。

だけど、せっかく仲良くなってきた人に嫌われるのはちょっとだけ辛いけどな……。


「お兄ちゃん、起きてる?」


「ヒナタか、どうした?」


返事をするとヒナタが部屋に入ってきた。


「今日はどうしたの?」


「ん? なにがだ?」


「ご飯を食べてすぐに部屋にいっちゃったから……ちょっと気になって」


「あぁ、ちょっと最近色々あって疲れちゃっただけだよ」


俺は読んでた漫画をベッドの上に置いて起き上がろうとしたら、ヒナタが俺の腰の上に乗ってきた。


「それならヒナタがマッサージしてあげるよ」


「いいのか?」


「もちろんいいよ!」


元気にそう答えてくれて、ヒナタは俺の背中を押してくれた。

絶妙な按配あんばいで、結構気持ちが良いな。見かけによらずヒナタって力が強いんだよな。


「それで、何にそんな疲れちゃったの?」


「定期健診もそうだったけど、今日はトラブルもあってな……」


「えっ!? 大丈夫だったの!?」


「あぁ、怪我もしてないし、たいしたことは無いよ」


だけど今頃、小僧はどうしてるやら。

俺はセーフだったけど、もしかしたら停学もありえるのかもな。


「ヒナタも早く高校生になれればお兄ちゃんと一緒にいれるのに……」


「ヒナタが高校1年になる頃には、俺は3年だし、1年間は一緒にいられるな」


「その前にお兄ちゃんの学校の受験に受かるか分からないけどね」


思いのほかマッサージが上手かったから何も言わずにやらせて続けてしまったな。


「ありがとう、かなり体が軽くなったよ」


「ほんと? それなら良かったよ!」


身内びいきのお世辞じゃなくて、本当に疲れが取れた感じがする。


「こういうマッサージって良くやるのか?」


「んー。部活の仲間同士でたまにやったりするよ、足とかは自分で出来るけど、背中は無理だからね」


「だからそんなに上手いのか」


「ならもっとやってあげるよ!」


「いや、これ以上は悪いって」


「いいから、いいから!」


ぐっ!

マジか、強いとは思ってたけど、あの小僧よりヒナタの方が力の使い方が分かってるぞ。

押し退けようとしたけど、上に乗ってるヒナタは体重を利用して逆に押し返してくる。


「いいから、ね?」


「いや、もう大丈夫だから」


「気持ちよかったんでしょ?」


「それはそうだけど」


「ヒナタがしたいの。だからいいでしょ?」


もう全部任せるしかないかと思った時に、俺のスマホが鳴った。

俺とヒナタは同じ動きでスマホを見ると、そこには『U民』と表示されている。


「はい、もしもし?」


『おお、いま電話しても大丈夫ですかな?』


「大丈夫だよ、どうしたの?」


『前に会った時に聞き忘れてしまって、ちょっと先になりますがイベントがあるので、神埼氏も参加したらどうかと』


「イベント?」


『二次創作やコスプレとか出来る、割と大きめのイベントですぞ。夏と冬にあって、次の夏は一緒にどうですかな?』


コ〇ケみたいなもんか?

もしそうなら参加するだけでもしてみたいな。


「いいよ。一緒に行こう! 日時はどうする?」


『では神埼氏も参加ということで、日時は追って連絡しますぞ』


「わかった!」


『それでは、また!』


俺が通話終了を押してスマホを置くと、俺の腰に座ってたヒナタが倒れかかってきた。


「……今の人、誰?」


「友達だよ。俺と趣味が合うから色々助けられてるんだよ」


「趣味の友達? 女の子の声がしたよ」


「そりゃ女の子の友達だからな」


「んー……」


「ほら、もう降りろって」


「お兄ちゃん」


「なんだ?」


「もうちょっとこのままでいい?」


「……わかったよ」


ベッドとヒナタにサンドイッチにされてる状態で、身動きが取れないけど苦しくはない。

兄妹なのに、自分の知らない友好関係があってショックを受けてるのか?

俺も前の世界で、愚妹がまだ学生の時に俺の知らない異性の友達がいた時は、ちょっとした衝撃だったからな。

少し暗いヒナタの声に、俺はその理由を問いかけることはしなかった。


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