「あれ、さっきの声の正体」
「は?」
「主人には忠実か、愛を抱く、それがこの道具の傾向なんだよ」
そういって陽炎は、机の上にどすんと占い師が使いそうな水晶玉サイズの、真っ黒とした不気味な塊を置いた。
所々に点々が入っていて、その点々からは穴が開いていた。一瞬宝石などの鉱物の類で出来てるのかと思いきや、それは意外と弾力がありそうで、そして艶やかさが一切無く何だかゴムの塊のような気がした。
それを触って良いか、と尋ねるが、陽炎は触るのをよしとはしなかったので、見るだけで劉桜は満足し、一体どういうことなのかを問いただす。
「昔、プラネタリウムっていう施設があったのを知ってるか?」
「ああと……なんじゃ、そりゃ。わしゃ学がない! 知ってるだろ、おんし」
「俺だって学はねぇよ! これでも頑張って調べたんだ。……いつでも夜空が見たい人のために、昔は偽物の空の空間を作った施設があったんだ。それがプラネタリウムっていって、どんな季節でもどんな偽物の星を見ることが出来たんだ」
「……その、夜空がどうかしたんか?」
陽炎の説明によると、いつしかその施設は廃れてどんどんと廃業になっていき、世界で一番夜空を愛した人間が、いつでも夜空を見られるように簡易的なプラネタリウムを作れる装置を作ろうとした。
だがそこに妖術などが好きな者が混じってきて、悪戯をしかけてしまい……。
「痛み虫が出来ないと、星が作れないようになってしまったんだ」
「……それで、百も集めてるのか? おんし、夜空が好きなのか? おんしが作ったのか?」
「夜空は好きだけど、俺はそれを偶然拾っただけ。それでこれについて調べたらそういうことだったから、そう、集めてるの!」
「痛み虫による星が集うと、星座になり、創造主を愛でるのですよ」
リンゴ酒のお代わりと、劉桜を気遣ってかビールをもってきた男はそう陽炎の説明につけたして、リンゴ酒とビールを机に置いた。
「その星座がどうした?」
「さっきご覧になったでしょう? あの光を。そしてあの声を聞いたでしょう? そして目の前に、私が居る。さぁ、私は誰でしょう?」
にこり、上品に微笑んで劉桜に問いかける男。陽炎は酒を持ってきてくれたのに有難うと言いながら、劉桜の返答がどんなのか楽しげににやにやとしている。
劉桜は首を傾げてそれから、むぅと唸った後、考えながら返答をしてみる。その返答が間違っていたら彼らに馬鹿にされるのを恐れながらも、少しずつ口にする。
「……その黒いのが星座の妖術結果で、黒髪の坊主が妖術で産まれた星座の守護神?」
劉桜の言葉に、わぁと嬉しそうに男は眼を輝かせて、にこにことして、陽炎に素晴らしい方ですね、と微笑んだ。
陽炎はその賞賛をさも当然だといった風に受け取り、それでも嬉しげに頷いた。
「守護神……うん、正解。ただ、彼らにとって神は俺らしいんだけど。創造主だからね、痛み虫作って星座作ったから。星座は、様々な能力を持っていて、色々手助けしてくれるんだ」
「ほう。それなら、よわっちい筈のおんしが百も痛み虫を集められた理由が頷ける。星座から力を借りたんじゃな?」
にや、と劉桜は笑って改めて黒い物体を見やる。
その言葉に機嫌悪くすることなく、陽炎は笑い、だろ? と首を傾げた。
劉桜はくくと喉奥で笑ってからふと疑問に思ったので、これは星座が居るのに無神経かもしれないが一つ聞いてみることにした。
「しかし何でまたわざわざ痛い思いをしてまで、星座を? プラネタリウムを?」
痛み虫は、色んな種類がある。病気、怪我、麻痺、等。
だが色んな種類があっても、覚えられる痛みには限度がある。それに、似た痛みは、体の中の虫が以前の虫だと思いこみ覚えなかったりする。
それを百も集めるなんて、余程痛い思いをしないと集めは出来ないだろう。
その質問に答えたのは陽炎ではなく星座の男の方で。
「それがね、我が愛しの主は、誰よりも寂しがり屋で甘えん坊で誰かが側にいないと……って、痛い。痛いです。地味に痛いですから、コップを頬に押しつけないでください」
にやにやとしながら、男は答えていたが、少しいらつきが眼に見えるちっぽけな世界の創造主によって、にやつくのを強制終了させられた。地味な攻撃は、結構痛いものだったようで、頬に赤い痕が少しつく。
それを眺めて、半目で睨んでから陽炎は、ふんと鼻で嘲る。
「俺はプラネタリウムが見たいだけだ」
陽炎は、そう言い切る。その答えを疑わしげに劉桜が見ていたのに気づいた陽炎は、信じられてないと、むっとし、言葉を続ける。
「昔の神秘がこの眼で見られる、そして完成させられる! 凄いことじゃないか。いつでも何処でも夜空が見られるんだぜ? そりゃ確かに今の星座は少ないけどさ……」
「百集めても、少ない方なのか」
その言葉には、劉桜は驚き、はぁーと感嘆の息をついて、改めて賞賛の言葉を贈る代わりに拍手を贈った。
それに照れて、陽炎は有難う、と微笑む。
「で、これが鴉座っていう星座で、情報収集の役目」
「これとは失礼な。我が愛しの君は、つれないんだから。通じないのなら、何度だって愛を囁いてご覧に入れましょう?」
「……お前はさ、本当どう間違って、忠誠心から愛の感情のほうになっちゃったわけ? もう説明終わったからお前、この中に戻りなさい」
鴉座は少し絡みつくような熱の籠もった眼で陽炎を見つめて、くすりと笑い口説こうとするが、呆れたような顔を陽炎はして愛属性を否定するなり、黒い物体を指さしてから大事そうにしまう。
だが鴉座は首をふり、にこにこと紳士っぽいだが嘘くさい笑みを浮かべる。
「いいえ我が愛しの君のご友人に正式な星座代表のご挨拶もまだですし、それに他の痛み虫の情報が必要でしょう? 私を戻して、情報手に入れられなくていいんですかー?」
「……じゃあ挨拶は水瓶座に任せるから、情報手に入れて来いよ」
「嗚呼ッ、そこで何故あの人生も根性も後ろ向き野郎を出そうとするんですか?! 我が愛しの君は、時折厄介な事を言い出す。困りましたね、動けないじゃないですか」
鴉座は憮然とした表情を浮かべて、どかっと椅子に座る。
陽炎は今、挨拶してすぐに行ってしまえばそれで済むことだと思ったのだが、鴉座は今挨拶して去ろうとはしない。自分が保護者代表だと思われたいのだろうか、と陽炎は鴉座の思考回路を読み取ろうとしてみる。
――確かに鴉座は最初に作った星座だから一番古株だし、一番お世話になってる。
ならば、今とっとと済ませればいいのに、行かないのは水瓶座が嫌いだからだろうか。
(――嗚呼、そういやあいつも愛属性だったっけ)
思い出した陽炎は、げんなりとして、早く行けと言わんばかりに無言で鴉座へ手を払うが、鴉座はその手をとり、口づけをして殴られるだけ。