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第12話 残酷へのステップ

「嗚呼ッ我が愛しの君、何て今日は魅力的な装いを。悪魔の囁きが聞こえてきそうです。それを実行してしまわないように、今日は気をつけるので、そのために手をお繋ぎ、悪さをしないおまじないをしてください」

「理由になんねぇ。却下。フルーティと赤蜘蛛の周辺を今日は探っておいてくれ。それと……」


 陽炎は言いかけて、鴉座の顔を見て止まった。



(――夢は、あの夢は)


 陽炎は言おうか言うまいか悩んだ。口の動きが、最後に発した「と」のまま止まり、だるまさんが転んだのように、体も口も止まっていた。

 己より少し背丈が高い鴉座を見つめると、鴉座は首を傾げて様子が何処か変な陽炎に気づいたのか、気分を楽にさせようと、手の甲に口づける。

 それに強張った体が溶けて、怒鳴り鴉座を殴ったところで、陽炎は何だか変なもやもやとしたものがとれたような気がした。


(……――まさかな)


 陽炎は夢のことを問うのを止めて、情報収集しにいく鴉座へニィと微笑み、いってらっしゃいと肩を叩いた。

 その間、己は武器の手入れでも頼もうかと街をふらつくことにして、叩いた手をポケットへと忍ばせ歩く。

 その背を見て、鴉座は手をふって、姿が見えなくなると、苦笑を浮かべた。

 必死に嬉しさを隠してるような、だけど何処か恥ずかしくて笑えないような、苦笑。



「……私が泣いていたこと、覚えててくださってたのですね。そんな貴方だから、私は貴方を手に入れるため、何処までも残酷になれるのですよ……」


 そう呟いて、先ほど主人の手の甲に触れた己の唇に指先をあてて、なぞり、ふっと幸せそうに微笑んだ。その姿は人混みに飲まれ、瞬きをしたら消えたような居なくなり方をした。



 武器屋に行くとそこにはハンター達が居て、色々な声が聞こえる。

 自分は何処の誰だから安くしろ、自分はこれほどの腕前なんだから上等な武器にしろ、自分は――自己主張が激しくて嫌になるねぇと苦笑しつつも、自分は以前に研いで貰ったとき満足のいく仕上がりをしてくれた鍛冶屋のコーナーへ歩み、声をかけると、今主人は外に出てるから待ってくれと言う声が聞こえた。


 陽炎は判ったと返事をして、そこらにある武器を適当に眺めていた。

 その時、外から馬の蹄の音が聞こえて、恐らく馬車が此処を通ったのだろうと思えば此処が目的地だったらしく、此処で止まり、馬車から現れたと思わしき人物は自分の居るコーナーへと来る。

 その装いが自分以上に上品かつ高級そうな装いで此処には似つかわしくなかった。

 何処かの貴族だろうかと思うほどに、優雅な立ち振る舞いは見れば見るほど此処にふさわしくなくて。

 だけど優雅さには年齢が見合わない。何処かのお坊ちゃんに見える、十代後半といったところだろうか。


「マダム、マスターはご在宅で?」


 自分に旦那は今居ないと言ったおばちゃんは、貴族の少年に同じ言葉を言う。

 すると、少年はどうしたものかという視線をしてさまよわせたところで、自分の目とかちあった。

 陽炎は眼をぱちくりとして、いきなり愛想笑みを浮かべるほど愛嬌があるわけではないので、すぐに陽炎は視線をそらして武器を見やるが、少年は陽炎の手の中にある武器に興味を持ったらしくて、話し掛けてくる。


「綺麗な刃先ですよね、重さは?」

「持っただけで判るわけないだろ。帰ってきたとき店主に聞いてみたら?」

「……それもそうですね。貴公も此処で店主をお待ちに?」

「うん、まぁね。……敬語で返さなくても、怒らないんだな?」


 そう陽炎が首を傾げて武器を置くと、相手の少年はだって年上っぽいからと上品に微笑んだ。

 貴族というのは大抵、敬語で返さねば怒るので、陽炎は喧嘩を売って脅して金でも取ろうかと思ったので普通に喋ったのだが、返って上機嫌にさせてしまっただけで、何だか損した気分だった。

 そんな心中を予測していたように、少年はくすりと笑い、陽炎が今棚に下ろし、先ほどまで手にしていた武器を手にする。


「僕はそこまで短気じゃないです。そんなことでいちいち怒っていたら、家の質をさげてしまうでしょう。家名に傷が付いてしまいます」

「成る程。立派な精神だこと。それで、その立派な精神の坊ちゃんは何処の誰?」

「僕は、椿(つばき)とでも呼んでください、百の痛み虫様」


 ――自分のことを知っていた。以前、見かけたかな、と思考を巡らす陽炎の手間をとらせないように少年は言葉を続ける。


「ハンターの顔と名は一通り、覚えるようにしておりますから」

「……何故? 何、ボディーガードが必要だとか?」

「自分の身は自分で守りますよ。ただの興味本位です。この二つ名はどこから来てどういう人なのか、そういうのを考えるのが好きなのです。リストを見ていて、とても面白い。でも貴公の二つ名はすぐに想像出来てつまらなかったです」


 つまらないと言われて、陽炎はああそうと笑った。

 だが笑った瞬間、少年が持っていた武器の切っ先が自分の喉を狙っていて。

 その瞬間、陽炎に咄嗟に蟹座が宿り、陽炎は眠りにつく。



「――何のつもりだ、ガキ」


 陽炎の癖に、陽炎とは思えないほど邪悪な笑みを浮かべて、蟹座は切っ先を人差し指と親指でつまみ、ぐぐっと力任せに切っ先を自分から外す。力任せといっても、さほど力は込めては居ないのだが。本気で込めたら武器を破損して、弁償せねばならない。


「あれ? さっきの貴公じゃないみたい」


 椿は、眼をきょとんとさせつつも、何か物珍しいものを見るような目で嬉しそうな声を発して、切っ先をずらした相手を見やる。


「行きずりのお前にはどうだっていいことだろう。何だ、自分の二つ名がつまらないと言われて納得して笑うことの何がおかしい」


 その言葉に一番苛立っていたのは蟹座だった。

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