どこか甘酸っぱい雰囲気をぶち壊すように二人の間に入ったのは、絢だった。隣の友香里の手を引いて、直樹に抗議の目を向ける。
「ちょっと! あたしらは?」
彼女の勢いに少し押された直樹は、やや右上を見ながら「あー、はい。似合ってます」と至極平坦に言ってのける。真奈美に対しての反応とあまりにも違う対応に、絢は益々不服そうな顔をした。
「聞こえないんですけどぉ~?」
「言イマシタケド?」
「まぁまぁ。白石も遠藤も似合ってるよ。可愛い可愛い」
「慰めなんて、要らないのよ! 新條! 言っとくけどね、あたしらは真奈美が一人で行くのは不安だからって言うから、一緒に来たんだからね! そこ勘違いしないでよ!?」
「じゃあ、帰れよ」と喉まで出かかった言葉を、涼佑も直樹も無理矢理飲み込んだ。口から出てしまったら、これ以上何を言われるか分からないと思ったからだ。
全員無事に集合できたので、祭りの舞台である境内へ行こうと、皆鳥居をくぐって山頂へ続く石造りの階段を上り始めた。この階段は昔から手すりも無く、土を掘った場所にそのまま石を積んで造られた為、雨が降ると周りの土が段の表面に流れてきてしまう。滑りやすくなって危ないということで、近々手すりが設けられるという話だ。幸い、ここ最近は快晴が続いていたので、浴衣の女子三人を支える必要は無かったのだが、直樹は「転んだら危ないからっ」と妙に上ずった声で真奈美の手を取った。緊張はしているが、押さえるべきところは押さえる直樹に、涼佑は密かに舌を巻いた。
未だに赤くなった頬をそのままに歩いている直樹は、真奈美の手を取ったまでは良かったのだが、右手と右足、左手と左足が全く一緒に出ている形で歩いている。全身で「緊張しています」と宣言しっぱなしな彼をさすがに見ていられなくなった涼佑は、今にも硬直してしまいそうな背中をバシっと叩いて気合いを入れてやった。
「いってっ!? な、なにっ!? なんで!?」
「手と足、一緒に出てる。ちゃんと歩かないと危ないって」
少々呆れる涼佑に何か抗議をしようと睨み付けた直樹だったが、彼の言うことも尤もだと思ったのか、特に何か言うこと無く、前を向いて歩き出す。二人のやり取りを見ていた真奈美は、おかしそうに口元に手を添えて密かに笑っていた。
そんな調子で階段を上り切ると、既に境内には社殿に向かって様々な屋台が並んでいた。屋台と言っても、昔ながらの商品名が大きく書かれたカラフルなものではなく、殆どが黒いテントのもので、扱っている商品は近くまで行かないと、よく分からない。幼い頃に見た祭りらしいカラフルな屋台はもう一軒も無くなってしまっていた。その光景に皆少しだけ寂しい心地がしたが、それはそれ、これはこれだ。持って来た財布の中身を再度確認して、涼佑達はまだ少ない人波の中へ足を踏み入れた。
「最初はどこ行く?」
「あたし、お腹空いちゃったから、何か食べたいな~」
「んじゃあさ、そこで肉巻きおにぎり売ってるから、人数分買おうぜ」
直樹が指し示す先には、テントの屋根から余る部分に肉巻きおにぎりと書かれた紙基、ラミネートされたメニューが垂れ下がっていた。隣にはいちご飴もある。食欲をそそる写真付きのメニューに心躍るまま、皆その屋台に近付いた。
「取り敢えず、肉巻きおにぎり人数分で……」
「あたし、いちご飴も食べたい!」
「私も」
「あ、私も」
「オレ、肉巻きおにぎり二個にする」
「何なんだよ、お前らの勢い……」
先程のあまり乗り気じゃない態度はどこへやら、絢の勢いに真奈美と友香里も続く。ちゃっかり涼佑も肉巻きおにぎりを一人で二個買い、直樹もそれに倣う。真奈美と絢、友香里の女子三人は肉巻きおにぎり一個といちご飴を買い、それぞれの目的を果たした涼佑達は通行の邪魔にならないよう、屋台から離れた場所まで移動してから、食事を始めた。
「んまっ!」
「やらかした。もう一個買っときゃ良かった」
「いちご飴可愛い~!」
「美味しいね、真奈美」
「うん。……これで、チーズが入ってたら、もっと美味しかったかも」
「え、真奈美って、天才か何かか?」
肉巻きおにぎりは薄切りの豚肉の旨みと油が、中のご飯に染み染み、甘じょっぱくもピリ辛なたれが一口、また一口と進ませる。癖になる美味しさに直樹は早速後悔していたが、「後でまた食べる!」と意気込んでいた。
女子三人が持ついちご飴は、串に刺さった大きな苺にとろりとした水飴を纏わせており、艶々とした光沢を放っている。それが女子三人の口の中に収まると、ぱりぱりと景気の良い水飴を砕く音がした。
「甘くて美味しい!」
「いひご、おっひい」
「甘いのとしょっぱいので、無限に食べられるわ。これ、ヤバ~い!」
今更、屋台の食べ物に興奮することも無いと思っていたが、やはり祭りの空気というのか、どこか非日常な趣がある景色に皆自分達が思っているより、胸が躍っているようだ。
肉巻きおにぎりといちご飴をぺろりと完食すると、「次どこ行く?」と絢が口を開いた。それに涼佑が思い出したように言う。
「オレさぁ、夕飯屋台で済まして来いって言われてるんだけど、みんなもそんな感じ?」
その一言に「うちとおんなじだ~」と言いたげに皆肯定した。
「まぁ、今日はみんなそうじゃね?」
「うちも~。だから、今日ちょっと多めにお小遣い貰っちゃった」
「私は三千円くらい」
「回転寿司行けんじゃん!」
「いや、一人分だけだから!」
そうやってしばし談笑した後、みんなまた何か食べようと再び屋台通りへ戻って行った。
その後も涼佑達は焼きそばやたこ焼きといった祭りの定番を食べたり、わたあめやチュロスを食べたり、射的や輪なげなどのゲームをして楽しんでいた。ほとんど食べてばかりいたが、みんなあるだけのお小遣いを使って空腹が満たされると、どこかで少し休憩しようという話になった。
「じゃあ、休憩ついでにちょっとその辺、散歩でもするか」
「おっけー。ちょっとは運動しないとね」
「そうだなぁ。お前、食べてばっかだったもんな」
「あんたもでしょっ!?」
「失礼なっ!」と言いたげな絢に小突かれながら歩く直樹。その後に続く涼佑、真奈美、友香里はその様子をおかしそうに笑って見守っていた。
そうして、ついさっき買ったばかりのかき氷を付属のスプーンストローでザクザクとシロップの海に沈めながら、みんな何となく並ぶ屋台を眺めつつ、足は自然と社殿の方へ向かって行く。特に誰が言い出したわけでもないのに、まるで吸い込まれるように奥へと歩を進めたのだった。
八野坂神社の社殿は屋台が並ぶ通りよりもう一段、高い場所にある。何故かは社殿の敷地に入ってすぐの場所に立っている看板を見れば分かるが、涼佑達はわざわざ見に行ったりしなかった。生まれ育った町の神社だし、そもそも興味が無い。ただ、みんな幼い頃に来た時の思い出を語る場となっていた。
「めっちゃ久しぶりに来たわ。ここ」
「ね。変わってないね、相変わらずボロだし……」
実際は絢が言うほどボロい訳でもなく、ちゃんと掃除はされている。ただ、それでも長年最低限の手入れしかされていなかったせいか、一見小綺麗に保ってはいるが、よく見ると所々傷みがあったり、木材の表面がささくれだったりしている。その佇まいから涼佑達よりずっと長い時を過ごした神社なのだと感じさせた。
その中でもより綺麗な表面を見つけては、みんな思い思いの場所に腰を下ろす。ついさっき買ったかき氷はもう半分ほど無くなっており、冷え切った口内のせいか、涼佑はさすがに肌寒いような気がして、ぶるりと肩を震わせた。
「やべ。なんかちょっと寒くなってきたかも」
「私も。やっぱかき氷二個目はダメだったっぽい」
口々に言い合いながらも、それでも根性で食べ進める手を止めない涼佑達。そうして、粗方食べ終わってしまってから、肌寒さに耐えかねた様子の直樹が立ち上がった。
「さっむ……おれ、なんかあったかいもん買って来るわ」
彼の一言を皮切りに、みんな自分も行くと立ち上がる。みんな自分の体を抱きしめて寒い寒いと言いながら、下に降りようと下への階段へ近づいた時だった。
「あれ?」
ふと、涼佑は祭りの音が聞こえないことに気付き、はたと立ち止まる。否、祭りの賑やかな音どころか、涼佑達以外の人が発する音や気配というものが一切感じられない。立ち止まった涼佑に気付かず、直樹達は階段の前に建っている鳥居を潜る直前で、彼と同じように気付いたのか、みんな階段の前で一様に立ち止まってしまった。
「どうしたんだ?」
涼佑が立ち止まったみんなの背後に近付き、何を見ているのかと問うと、傍にいた友香里が呆然と呟いた。
「無いの……さっきまであんなに屋台の明かりがあったのに、それが全然見えないの」
弱々しく友香里が下を指す。その指の先に導かれて見やった涼佑の目にも確かにさっきまで辺りを眩しく照らしていた屋台のライトや提灯の明かりは一つも無かった。