「そうと決まれば、早速……」
すっと立ち上がった巫女さんを見て早速外へ出て調査するのかと思い、背筋を伸ばした涼佑達だった。が、次に放たれた彼女の言葉にみんな拍子抜けして項垂れた。
「朝飯にするか」
つい直樹が「え? あ、朝……?」とこぼしたが、すぐにここは時間が停まっている場所なのだと思い出して、思わず外を見る。窓からは相変わらず、夕焼けの光が入り込んできているが、昨日の夜からだいぶ時間が経っていると分かれば、朝というのも納得した。時間の感覚が全く分からないという顔をする五人に、巫女は「時計を見ろ」と道場の壁掛け時計を指す。チクタクと秒針の音がしているそれは和風の道場には似つかわしくない、クラシカルで年季の入った物だった。流行に疎い涼佑すらそう思ったのだから、三人娘はもっと違和感を覚えたに違いない。涼佑の予想通り、絢が時計を指して指摘する。
「なんでこの純和風な部屋にあんなおしゃれな時計が飾ってあるの?」
絢の質問に巫女は今気が付いたと言うように「ああ」と呟くと、たった一言で解決させてしまった。
「あれは貰い物だからさ。現世から来た物は現世の時間しか表せないからな」
「本来、ここには時計なんて必要ないもんだが、一応かけておいてある」と続ける巫女の表情はあっさりとしており、別に時計がなくても困りはしないのだろうと感じさせた。時間の話になって、五人はそういえばと自分のスマホが気になった。現世から持ってきたスマホもここではちゃんと機能するのだろうかと、少し心配になる。物だけが現世と繋がれる可能性があるなら、家族に連絡だけでもできはしないかと思ったのだ。
しかし、そんな五人の気持ちを知ってか知らずか、巫女は「まぁ、そんなに急ぐこともないだろう。童子、朝飯の用意を頼む」と言いつける。言われた童子は面倒そうな顔をしながらも立ち上がり、「承知した」と巫女に向かって恭しく一礼した。
食事の前に着替えて来いと巫女に言われた五人は、一度自分達の部屋へ戻ることにした。着替えろと言われても、元の服はあったろうかと起きた時の記憶を辿ってみるが、思い当たる節は無い。着替えなんてあるのかと思いながら、涼佑が障子を開けると、そこにはきちんと畳まれた二組の布団の上に今まさに涼佑達が着ていたであろう服が畳まれた状態で置かれるところだった。
「え? あ……」
布団の上にそっと服を置いたのは、小さな男の子だった。ネギ坊主を彷彿とさせるぽわぽわと短い黒髪の坊主頭で、見た感じは小学三年生くらいの子だ。男の子は涼佑達に気付くと彼らへ向き直り、背筋をぴんと伸ばして深々と礼をした。小学生とはとても思えない、きちんとした礼にかえって涼佑達の方が恐縮してしまう。終始無言の男の子は二人分の服を置いたところで、自分の仕事は終わったとばかりにとてとてと涼佑達と入れ替わりに、涼佑が開けた障子から廊下へ出て行く。障子を閉める間際、もう一度三つ指をついて丁寧な礼をする男の子につられて、二人もぺこりと頭を下げた。音も無く閉められた障子をしばらく見つめていた二人だったが、やがて互いに顔を見合わせて何故か声を潜めて話し合った。
「今の……って、あの子から何か聞いてる? 涼佑」
「……いや、なんにも。ここでお世話になってる子……とか?」
「いや、だって、ここって現実世界じゃないんだろ? なのに、あんな小さい子がいるなんて、おかしいだろ」
それ以上考えると、何か余計なことを思い付いてしまいそうだと思った涼佑は慌てて直樹を制す。ここは素直に巫女に訊いた方が良さそうだと、一旦話を切って畳まれている服へ手を伸ばす。持った瞬間、涼佑は思わず声を上げてしまった。
「おわっ」
「うわっ!? なんだよ!」
涼佑の声に直樹が大袈裟にビクッと驚く。それには構うことなく、涼佑は初めの驚きのまま、自分の服を広げて見せた。
「すげぇよ、これ。新品みたいに綺麗になってる」
彼の言う通り、間近で見ると気に入って大分着古していたはずのTシャツとパンツは手触りが良く、しわ一つ埃一つ付いていない。生地にも本来のハリと艶が蘇り、まるで買ったばかりのように生まれ変わっていた。直樹も自分の服を広げてみて、涼佑と同じような反応をする。互いにやばいやばいと言いながら、涼佑達は袖を通すのをもったいなく感じつつ、服を着替える。浴衣から私服に着替えたところで、障子越しに真奈美達の影が見えた。
「着替え終わった~?」
「おう」
「終わった」
二人が障子の向こうへ返事をすると、三人娘が入って来た。ここに来るまで浴衣だったはずの三人はいつの間にかそれぞれの私服が用意されていたらしく、そのことについて話したいようだった。部屋に入ると、涼佑達の時とはまた違い、三人分の畳まれた布団の上に自分達の私服があったのだという。それも涼佑達の時と同じように生地が新品同然。更にいうと、それを用意したのはおかっぱ頭の小さな女の子だったらしい。座敷童を彷彿とさせるその子は、やはり先程の男の子と同様、一言も話さずに静かに去って行ったようだ。
「ね、不思議だと思わない?」
「確かに。その男の子とか女の子も不思議だけど、一番不思議なのはやっぱり、この服じゃないか? いくら洗ったところでこうはならないだろ」
ぐい、と着たばかりの服の胸元を引っ張って涼佑が示した時だった。勢いよくぱぁんっと服が弾け飛んだ。その光景が信じられず、みんな半端に開けた口が塞がらない。
「……え?」
「…………え?」
直樹達がようやく声を発した数秒後、涼佑もつられてそう呟くことしかできなかった。そこに丁度、様子を見に来た童子が合流し、開けっぱなしの障子から中の様子を見た彼は、固まっている直樹達とただの布切れと化した服を手に呆然としている涼佑の姿を見つけた。
「何をしている?」
「――あ、ど、童子さん。何か、えっと……新條君の服がぱぁん……って」
驚きを引きずったままなせいか、しどろもどろになる真奈美の説明と無残な姿になった涼佑の服を見て、童子は「ああ……」と至極残念そうに納得した。絶望の顔で童子にびりびりに破けた服を見せる涼佑を童子は「まぁ、来い」とだけ言って、ついて来るように促す。
「童子さん……服、服が……」
「分かった分かった。それについて主人から話があるから一度お前達は主人のところに集まれ」
「はい……」
目に見えてしょぼくれてしまった涼佑に「取り敢えず、そのままでは風邪を引くから別の服を着て行け」と部屋に備え付けてあるタンスに近付き、二段目を開けて新しい浴衣を出してくれた。
「あれ? なんでお前だけ浴衣なんだ?」
巫女がいるという彼女の自室に通されて、涼佑達を迎えた彼女は開口一番にそう言った。その何気ない一言に心中傷付けられながらも、耐えた涼佑はしょぼくれた顔で「これには理由がありまして……」とか細く呟くことしかできない。涼佑の代わりに直樹が服が弾け飛んだ経緯を話すと、巫女は唐突に思い出したように「あ」とこぼす。その声に何か大事なことを伝えられていなかったと感じ取った直樹達は、そこを指摘した。
「おい、なんだ今の『あ』は!」
「いや、別に忘れてたとかじゃなくてな!? お前達の服についてはこれから説明しようと思ってたところなんだよ!」
「嘘じゃん! 絶対嘘じゃん!」
「主人」
童子の諫めるような声に、巫女は目を逸らして明後日の方を向いた。その恰好のまま、無理矢理涼佑達の服について説明を始めてしまう。
「お、お前達の服なんだけどなっ!? それはこっちの世界仕様にしたから、実体が持つエネルギーに耐えきれずに弾け飛んだんだろう!」
「『実体が持つエネルギー』?」
まるで何も知らない涼佑達に、巫女はどうしたものかと言いたげな顔をしていたが、区切るようにこほんと咳払いをして口を開いた。