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ゴーストのクラウディア

 その数日後にも盗賊がきた。

 今回は四人。

 四人の盗賊は、帰ってこない仲間の行方を疑い、緊張した様子で辺りを警戒していた。顔に浮かぶのは焦りと疑念。そしてその視線が家の内部に向けられると、微かに青ざめた表情が見えた。

 前回の死体はそのままにしておいたのだ。

 この方が、スケルトンが一緒に倒れていてもおかしくないだろうと言う案だったが、相手が四人なので俺は隠れている。


 やつらは家の中へ慎重に入る。

 一人は玄関の外で警戒をしていた。

 死体を調べていたヤツが、何かを指示している。

 炎の灯っている暖炉や、奥の「クラウディア」の遺体など、手分けしていると、床越しにクラウディアが報告をしてくれる。

 体も大きいし、ヤツがリーダーか?

 俺は頭上にいる赤い姿を、床板を透過して真っ赤な視界で見ている。

 そう、俺は床下に潜んでいる。

 そして、ある「仕掛け」をする。

「今すぐに襲い掛かり、ぐちゃぐちゃにしたい」その衝動を必死で抑え、歯を食いしばる。

 歯が折れて音が鳴るのではないか?

 そんな気持ちを抑え、気配を消し、床下を這いずる。

 玄関で見張りをする男の足が見える所で隠れ潜む。


 この前の盗賊退治の後、俺とクラウディアは相談して「毒」を採取しようと言うことになった。

 クラウディアは人里離れた森深くに長年住んでいただけあって、山野草や昆虫などの知識に長けていた。

 水に溶けでる毒草、空気に溶ける胞子や蛾の鱗粉、そして火と煙に混ざる幻覚を見せるもの。


 だが、探した結果は酷かった。


 外に出られないクラウディアに言われたものを、俺は僅かしか採取できなかった。

 全く見分けもつかんのだ。

 しかし、違うものを見つけた。

 訳も分からず、草木を引き抜いていると、「悲鳴」を上げる草があった。

 珍しいものだと思い持ち帰ると、クラウディアは「マンドラゴラ」と言った。

 まだ生きているからと、家の床下に植え、罠に使う事にした。

 マンドラゴラの絶叫の悲鳴は、心の弱い相手なら死んでしまうこともあるようだ。

 株元に針金を巻き、椅子の紐と繋げる。

 椅子を引けば、マンドラゴラが抜ける「仕掛け」だ。


 仕掛けが発動しないのなら、今回は失敗するだろう。

 しかし、うまくいけば、四人を殺せる。

 我慢するのだ。そうすれば、必ず…


「きゃあああああああああ」

 女性のようでもあり、耳鳴りのような金切り音の絶叫が響いた。

 マンドラゴラの絶叫が響き渡る。盗賊の一人は耳を塞ぎ、その場に倒れ込む。他の者たちは後退しながらも周囲を見回し、恐怖と混乱で動きが鈍る。


 今だ


 俺は見張りの背後に飛びかかるも、奴は咄嗟に反応し、肘で俺の顔を打ちつけた。

 骨が軋む音がしたが、そんなことはどうでもいい。

 ただ、奴を沈めなければならない――その執念だけが俺を動かしていた。

 見張りは組み付いた俺ごと倒れた。

 上になった俺の顔の下に、驚いた見張りの顔がある。

 なんだその顔は?なぜ貴様は生きている?

 怒りにまかせ、その顔に頭蓋骨をそのまま落とす。

 もがく見張りに、何度も何度も頭突きをすると、組み付いた手は離れた。

 見張りはいい顔になり、静かになった。

 しかし、怒りにまかせ、無駄が多いな。

 もっと冷静に殺さないと。


 気分のよくなった俺は、そのまま「ドスドス」と家に中に入る。

 二人は倒れ、一人、大男は跪く姿勢で頭を抱えている。

 その姿に、カッとなり走り込み両手で頭を抱えて、顔面に膝蹴りを食らわす。

 大男は一度うめいたような声を出したが、しゃがんだ姿勢から俺を押し返し、押し倒させる。

「上になられるのはまずい」

 そう思ったが、大男は力が強く、俺の上に覆いかぶさる。しかし、俺の右手は髪の毛を握りしめていた。

 そして、空いている左手で下から顔を殴る。

 大男は殴られるのも気にせずに、右手に腰から装備していた手斧を取り、振り下ろす。

 怒りに燃える俺の体は、躱さない。防御もしない。

 下から殴りに殴り続け、大男の鼻血を浴びていたが、斧は振り下ろされた。

 斧が振り下ろされる瞬間、俺は自分の敗北を一瞬だけ確信した。

 その感覚は嫌悪感とともに、怒りとなって燃え上がる。

 どうにか反撃を試みるが、手足が絡まり、何がどうなっているのか分からない。

 ただ殴ることだけが、俺の唯一の選択肢だった。


 振り下ろされた斧は、空を切る音を立てて俺の腕を捉えた――激しい衝撃が骨を断つ。

「俺は…やられるのか?」そう思う間もなく、体が怒りで燃え上がった。


 斧は、俺の左手を切断した。

 二の腕の部分、上腕骨の肩よりの部分だ。

 俺は髪を掴む右手を引き寄せる。

 噛みつこうとした瞬間、大男が左腕で俺の首を押さえた。

 振り上がる斧が目に入る。

 頭を割られる…

 スローモーションのように振り下ろされる、柄を短く持った斧。

 突然、目の前の景色が変わった。

 暖炉の炎が揺らめき、まるで意思を持ったかのように大男の顔に押し寄せる。

 その背後には、狂気を帯びた笑みを浮かべたクラウディアの姿があった。

 大男は手から斧を落とし、顔を押さえている。

 なんだ?と思ったが、俺の視界に暖炉の炎を両手でむしり取り、大男の顔を押さえる手に押し付けているクラウディアの姿が映った。

 俺は「チャンスだ、殺す」そう思うも、大男は俺に馬乗りのまま、両手で顔を必死に擦り炎を消している。


 あれは?

 俺は体を捩じり、左手のあった場所の左腕の切れた上腕骨を右手で拾う。

 そして刺す。刺す。

 大男の「どこ」とは言わず、怒りに任せやたらめったら刺して、刺して、刺した。


 そして大男は、俺の隣に、ごろりと横になる。

 焼け爛れた顔と、穴だらけの革鎧。

 首元から大量の血が出ていた。

 運よく、いい所に刺せたようだ。

 俺の上腕骨は、大男の斧の切れ味がよかったのか、キレイに斜めに切られていた。

 それで、良く刺さった。

 晴れ晴れとした気分で、俺は立ち上がる。

 残りの二人の盗賊も、息が合ったようなので、大男と同じようにめった刺しにする。

 不公平をしたらダメだ。

 生者は平等に憎み殺す。

 全員の死亡を確認した俺が振り返ると、クラウディアは俺に抱きついてくるような動きで迫る。

「あいつが、あいつらが、私を殺したの。これで、私は自由よ。ありがとうナナ」

 彼女は俺の首に手を回したまま、クルクルと俺の周りを回りだした。

 もう、彼女の足は地面を必要としていないようだ。

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