「私、ナナがやられちゃうと思って、斧の男を殴ったの。でも通り抜けちゃう。それでね、暖炉の薪を投げようと思って火の中に手を伸ばしたの。そしたらね、炎が掴めたの!そしたら楽しくなっちゃって。でもナナの腕が…」
クラウディアは俺の頭蓋骨に頭を入れなくても、俺に触れているだけで会話できるようになったみたいだ。
そして暖炉を見つめ
「暖炉の炎は、きっと私の意志に答えてくれるの!」
クラウディアが言った瞬間、炎が揺らめき出した――まるで、彼女に手を差し伸べるように。
気にはなったが、それよりも俺の腕だ。
この「刺せる骨」は気に入ってはいるから、片腕でもよいのだが…
「ダメよ!何言ってるの!骨なら、コイツらの死体から…取れないかしら?あなたの腕の変わり。どうかしら?人の腕はイヤ?イヤよね…ごめんなさい」
気分がいいようで、クラウディアは良く喋っていた。
「他人の腕の骨でもいいが…つくだろうか?」
「一回試してみましょうよ。死体もいっぱいあるし。なにか、死体に囲まれていると落ち着くわね」
確かに、死体に対する忌避感は薄くはなってきている。
「ではクラウディア。どの死体がいいと思う?どうした?」
クラウディアは急に後ろを向いた。何か向こうにあるのか?
俺は彼女の視線を追って、そこに歩く。
俺の体に重なるように動くクラウディア。
「違うわ、私を呼ぶときは『クラウ』でしょ?」
ああ、そうだったな。
「すまないクラウ」
そうして死体を床にならべ、二人で吟味していた。
「サイズ的に大男は大きすぎないか?骨格的に違いすぎる」
「そうかしら?一度隣に寝てみてよ。そこの、もう一人の間に入るのが、わかりやすいかしら?」
言われた通りに、大男と見張りの間を少し広げ、横になる。
クラウディアは両手を広げるように使い長さの比較をしている。
「どうだ?」
クラウディアから返事はない。
「どうしたんだクラウ?また俺はクラウディアと呼んでいたか?なら…」
「違うわ、ナナ。あなたの骨を集めましょう。私、残りの骨がどこに転がってるかわかるわ」
俺も何か「予感」がした。クラウディアの腕が触れたときに「回復魔法」をかけられたような感覚が走ったからだ。
床に散らばる骨の一つ一つに目をやる。黄ばんだ骨の中には、細かな亀裂が入っているものもあれば、綺麗に輝くものもある。俺はその全てを拾い集め、慎重に並べていった。
骨を集め、元のように死体の間に並べ、俺は横になる。
「いくわよナナ」
「ああ…」
俺の腕は黒い光に包まれて復元していく。
炎の煌めきすら吸い込む黒い光は、クラウディアが死体から吸収し、俺に注いでいる。
じんわりと温かみを感じる黒い光は俺を癒した。
上半身を起こし、左腕の動きを確かめる。
握り、開き、曲げ、伸ばす。
「完璧だ。君はすごいな、クラウ」
「違うわ。あなたのお陰よ。こうして晴れ晴れとした気分になれたのも、なにもかも全部」
俺の首に抱きつくような素振りをし、宙で足をばたつかせて喜びを表現するクラウディア。
それに比べ、俺は…温もりはじんわりと消えていき、回復の感動の余韻すら霧散していく。まるで、最初から何も感じていなかったかのように。
それから、クラウディアは天に帰っていった。
「ありがとう、ナナ。あなたのお陰よ。あなたも…救われるといいわね。じゃあね」
そう言って、いなくなってしまった。
あの後、俺たちは雑談をしていたが「家の中を少し片づけよう」という事になった。
二人とも、散らかっていても生活するわけではないし、気にはならなかったのだが
「何か人間のような生活をしている気分になりたい」
そうして、邪魔な死体を屋外に運び出した。
クラウディアは持ち運びができないが、ずっと俺の周りをついて回っていた。
外に出た時には
「久しぶりに家の外に出たわ。太陽も黒い月も白い月も、今の私よりは輝いていないわね」
そう言って笑っている。
「そうだ、クラウ。君の遺体も埋葬したほうがいいのではないか?」
「ええ、そうね。ベッドで眠るフリもたまにはしましょう」
顔の横で両手を合わせて眠るジェスチャーをするクラウディア。
この時、俺もクラウディアも、特に深い考えなどなかった。
そうして、家のベッド上の彼女の遺体を運び出す。
僅かな肉と皮で繋がった彼女の体を毛布にくるみ、毛布ごと玄関脇に掘った穴へ埋めていく。
「クラウ、君が一緒に持っていきたいものは、何かあるのかい?」
何故か俺はそう聞いた。何故だ?
「ないわ。金目の物は全部持っていかれてしまったし。思い出はここにあるから」
そういって彼女は自分の胸を指す。
「そうか、では土をかける。さよならだ、クラウ」
「ずっと待っていた。あなたのような人が来てくれるのを」
俺は土をかけるスコップの手を止めて、後ろに立つクラウを見た。
既に地表からふわふわと浮き、ゆるゆると昇っていく。
クラウディアの体越しに星灯りが透けて見える。時折吹く風も、彼女を通り抜けていく。
「ああ、はじめて会った時もそう言っていたな。旅立つのか?」
少し見上げる俺にクラウディアは俺に右手を伸ばす。
俺はそれを握る素振りをする。
「ありがとう、ナナ。あなたのお陰よ。あなたも…救われるといいわね」
ゆっくりと上空に浮いていくクラウディア。
「じゃあね」
彼女は逝ってしまった。
しばらく見上げる俺は、空虚な気持ちになった。
そして、彼女との日々を思い出す。
一緒にやった盗賊退治は楽しかったな。
しかし、寂しさや空虚感は霧散していく。
俺は見上げる事をやめて、彼女の墓を完成させた。
「クラウディアはここにいた」
その事実を、彼女との思い出を忘れない為に。
その時は気付いていなかった。
胸の中に黒いモヤが宿り始めていたことを…