※以下は、とある冒険者の記録――
その日、その冒険者たちは街を出立した。
「 山間を根城にする盗賊隊の討伐 及び 支援 」
この依頼を受けた為である。
「条件付き」と銘打って出された、報酬がそこそこよい仕事であった。
期限内に申し出たのは三パーティで、全てのパーティ参加での合同の請負となった。
その「条件」の一つはこの「合同」
そして、もう一つは「人を殺した事があるか」であった。
通常は「モンスター討伐」の多い冒険者稼業で、荒くれものが多いとはいえ、さすがに掲示板に貼りだす募集要項に「殺人経験者」と書くのは憚られた。
当然「盗賊の討伐」なのだから「対人間」なのだが、「人を攻撃した経験の差」を実務的なギルドは理解していた。
この依頼を受けたパーティ「マッスメノス」は三人パーティだった。
戦士、スカウト、魔法使いの三人だ。
少人数で小回りも効き、機動力が高いという評価を受けている。
今回の依頼では、人数的に、他の五人組と六人組のパーティにメインのアジト突入はまかせて、打ち漏らしの討伐や、万が一の敵の増援を知らせる。そういった役割を任される役回りとなっていた。
言ってしまえば、器用貧乏なパーティの定番の役回りと言えた。
アジト付近で集合して、突入メンバーの支援をして、突入中は出入口の確保と警戒。
そんな予定だった。
「あー今回も楽勝だと思ったのに・・・はあ」
魔法使いシドニーが喘ぎながら呟く。
「魔法も戦闘も一度も何もしていないんだ。歩き回るだけなら、楽勝だろ?これで報酬がもらえるんだ」
戦士ダンカンにそう声を掛けられる。彼は息切れ一つしていない。
「シドニー。お前、前よりも体力落ちてないか?一度神殿で体見てもらえよ。どうせ飲みすぎとかだろうけど」
スカウトのエドは後ろを向きながら歩いて目を細めてシドニーを見ていた。
予定通りに、このパーティもアジトに向かった。
アジトは山間の洞窟だった。
そして、作戦通りに入口付近で警戒をしていた。
しかし、突入メンバーの数人がすぐに出てきた。
「盗賊どもは別の出入口から逃げて行ってしまった。一度、作戦を立て直したい」
そう言うのである。
実はこういった事はよくあるのであった。
特に今回のような「兵士からの依頼」は事前の情報が漏れていたり、配られた地図が古かったり。
「出入口が一つの洞窟」とか、盗賊がそんな危険なトコ拠点にしねーよとツッコミをいれたいが、こうして逃げても拠点の色々を持ち帰って、拠点を制圧した証拠をだせば報酬は貰えるから「おいしい」パターンかと思ったが…
「今回は知っての通り、大将首がいる。なくても報酬は出すと言っているが、満額ではない。どうする?」
ダンカンに代表者会議にでてもらっているが、前途の五人組、六人組パーティもみんな顔見知りだ。ダンカンは「周りに合わせる」だろう。
そして、この日は「大将を探す」事になったようだ。
誰も戦闘をしていないし、まだ日も高かった。
我々「マッスメノス」は山間を探す事になってしまった。
どこのパーティもそうなのだが、シドニーは疲れたようだ。
「もう坂道ばっかりでハズレだ。ちょ、ちょっと休憩しないか?もう足がパンパン」
・・・
「踏み跡…古いか。この先になにかある。行ってみるか?」
ダンカンは頷いて、二人は行ってしまった。
しかたなくシドニーも続く。
三人は「廃屋」とも言えない家の前にいた。
玄関の横には盛り土と、石碑を模したように石が立っている。埋葬の後か?
スカウトのエドは、ダンカンとシドニーに素早く手で合図を送る。
二人は了解の意味のハンドサインをした。
そしてエドは廃墟の前に静かに移動し、ダンカンはシドニーの前で盾を構えながらエドとは一定の距離でついていく。エドは後ろ手で「警戒、高レベル」を示している。ダンカンは止まり、シドニーは盾に隠れ、杖の頭だけを盾から出している。
この三人は、長い付き合いで、相互理解や連携もよくできている。
だから、他のメンバーを臨時で入れたり、本気で募集した時も、こういった「こまかなやり取り」でついていけず、居座ってくれないのが現状だ。それだけ完成しているとも言える。
エドは玄関の前に立つと、玄関に触れず、真上を見たり、ドアノブの匂いをかいでいる。
そして足音を殺しながら走ってダンカンの元まで来た。
「人が住んでいる。木こりだと思うが、血の臭いもするから狩人かもしれん。部屋に灯りが灯っている。人影も見えたような気がしたが…」
シドニーは空を見た。
夕焼けの赤が美しいとは思ったが、野宿はゴメンだった。
「休ませてもらえないかな?」
「そうだな。もうすぐ日暮れだし、狼だけじゃなく、何かも鳴いている。交渉だけしてみよう」
ダンカンも同意していたが、エドは嫌な予感がしていた。この胸騒ぎは、さっきちらっと見かけた大猿だったらマシか。そういって気を紛らわせ、皆で玄関に向かった。
ダンカンは乱暴にドアを三度叩いた。
「誰かいませんか!」
周りの野鳥が飛び去るくらいの大声にも反応はない。
「だれもいないではないか」
「とりあえず入れてもらおうよ。玄関は・・・」
「待てシドニー!」
エドが制止を言い終わる前にシドニーは玄関を開けていた。
「仕方ない、俺が先に行く。シドニーが次でダンカンは最後。扉は開けておこう」
そうしてエドを先頭に家に進入した。
屋内は、抜けた床などもあるが、整頓され、片付いている。
お世辞にも「美しい」とは言えない状態だが、「努力はしている」と言える程度の手入れと清掃をされていた。
短い廊下を通り、リビングに入る。
室内は、暖炉に火が入っており、暖かかった。いい香りもする。
テーブルの上には、飲みかけのようなティーカップの紅茶とティーポットが置いてある。僅かに湯気が出ている。
三人がリビングに入ると、エドが「もう少し警戒しておこう」という前にシドニーは暖炉の前に椅子を移動して座っていた。
エドは溜息を付き
「ダンカン、もう少しだけ警戒をしておいてくれ。おい!シドニー!お前もな。」
そう言って奥の部屋を覗く。
「奥はただのベッドルームだ。しかし、住民はどこだ?」
妙だ、何かが引っかかる。
ついている暖炉に飲みかけのお茶、いない住人…中途半端な手入れと掃除は何を意味する
…
「おい、お前たち、人のお茶を飲んでいるのか?ダンカンまで…」
「いや、冷めたらもったいないなーなんて思って」
「体を温めたくてつい…」
二人とも少し申し訳ないとは思っているけど、悪びれた様子はない。
「仕方ない。少し金をテーブルの上に置いておこう。多めに出して『紅茶と宿泊代です』と言えば許してもらえるだろう」
「ああ、それがいい。もう暖かくて眠くなってきた。あ、紅茶もう一杯分くらいなら残ってるよ」
シドニーは紅茶をティーカップに注ぎ、エドに手渡す。既に目つきはトロンとした感じで眠そうだった。
エドは「もう大丈夫だろう」とティーカップを受け取る。
ソーサーごと持ち上げ顔に近付け、匂いを嗅ぐ。左のこめかみがずきりとした。
エドの意識は急速に冷たくなっていく。この匂いは、しびれ薬だ。自身も何度か投げナイフに塗った事がある!部屋の匂いが濃い…
そして今更だが、家に入ったときから、盗賊団の洞窟と同じ「気分が良くなるお香」の匂いがしていたと…
なに!?
「お、おい!誰がドアを閉めたんだ?ダンカンか?」
振り返ると、ダンカンは吐いていた。
そして、シドニーは青ざめた顔をしている。
「換気を…しかし、ドアも罠か?何か耳が、音が遠い気が…クソっ」
シドニーは這うようにドアに向かう。
「待つんだシドニー!」
「あ、開かない!?」
「ぐっ、俺に任せてくれ」
ダンカンはドアに走る。体当たりで開けるつもりか?
「待つんだダンカン!一旦落ち着け!聞こえないのか?」
ドアはダンカンの体当たりで開いた。同時に二つの刃物が上から振ってきた。
肩と太もも辺りに当たったようだが、革鎧のお陰で軽傷のようだ。
「な、なんだ?」
ダメージは無いはずなのに、ダンカンは倒れた。
「クソっ、刃物にも毒が塗ってあるのか?とにかく一度外に、俺だけでも」
エドは、水に濡れたような体の重さを感じつつも、ドアに倒れるダンカンをまたぎ、玄関に向かう。
「閉まっている?最後はダンカンだ。入るときはそんなミスは…鍵が…この程度の鍵ならば…」
エドは強く唇を噛んで、意識を集中させて鍵を開ける。
「やった、開いた。これで外に出れ…」
エドの意識はここで途切れた。