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侵入者討伐

 ※同じ時、同じ所、スケルトンの目線――



 俺の解かる範囲内に「生きている人」が入ってきた。

 視界が急速に赤く染まる。

 三つの赤い影。こちらに向かってきている。

 クラウディアを思い出し、順番を思い出す…



 俺は火打石で暖炉に火をつけ、あらかじめ干しておいた幻覚草を放り込む。炎はすぐに燃え上がり、生草をかぶせて煙を抑えた。

 湯を沸かし、キノコをちぎって紅茶に漬ける。この毒茶は、何度も試して効き目を確認済みだ。

 ティーカップに注いだ紅茶を少し暖炉に捨て、胞子の粉を振りまく。これで準備は整った。


 来る


 玄関の梁の上に昇り、板を敷いて身を隠す。

 毒を塗ったナイフも手元に四本。

 アンデッドの、スケルトンの俺が本気で潜めば、お前たち「生者」に見抜けんだろう。

 何日でも隠れてやる。お前たちをこの手で倒せるのなら。

 我らの家を荒らす奴は、必ず殺す。



 小さな赤い影が一歩、また一歩と玄関前に近づく。気配が濃くなる。

 あいつら、どこまで警戒しているのか。俺の中に渦巻く怒りを抑え込むのに必死だ。

 玄関を開けた。中に入る。ドアを閉めないまま、奥へと進んでいく。

 俺は梁の上で身を潜めながら、やつらの足音を数えた。


 研ぎ澄ませ

 怒りを

 鋭く



 どうやら紅茶を飲んだようだ。

 そろそろかと、俺は梁から降りる。

 玄関の扉を静かに閉め、震える手で内側の鍵に南京錠を掛ける。

 音を消し、気配を消し、廊下を歩き、部屋の中を伺う。

 小さい奴は紅茶を飲まないか。

 俺はそっと扉を閉めて鍵をする。

 ドアの上に毒の塗ったナイフを仕掛ける。

 ドアと枠の隙間に刺しただけの簡易的すぎるトラップ。

 引っかかる間抜けならば良いのだが。

 そうして俺は玄関の梁の上へ戻る。


 飼育していた毒虫の幼虫を取り出す。

 体液がねっとりとした指の隙間に絡みつくのを無視しながら、それを握りつぶす。

 それを両手の指先に塗る。

 震える指先は、早く襲わせてくれと訴えている。

 俺は天を仰ぐ。

 見ているがよい、クラウ。

 やつらを殺す。必ず。



 ドンと扉を破り、ナイフが落ちた。

 でかい男に当たったが、ナイフが革鎧に吸い込まれる音。

 しかし、すぐに男が呻き声を上げて膝をついた。

 小さいのが来た。

 玄関の鍵を開けた。


 今


 小さな赤い影に飛び降り、ナイフがうなじに浅く刺さる感触が伝わる。だが、勢い余った肘が先にやつの頭を強打した。

 倒れた人影を、怒りに任せナイフを振り下ろす。

 何度も。何度も。

 骨を断つ感触、血に滑る手。

 それでも止められない。


 次の影が視界に入る。でかい男だ。

 うつ伏せに倒れながら呻いている。

 その声を俺は許せない。

 ナイフを何度も振り下ろし、ついにはその声が途絶える。


 返り血を浴び、己の手で絶命させた歓喜に体が震える。

 だが

 まだだ。



 室内に入ると、ローブの男が仰向けに倒れている。

 上下する胸に怒りを覚え、襲い掛かる。

 後はお前さえ終われば、この赤い景色は終わる。

 お前に、お前に、怒りに苛ま続けるこの苦しみがわかるか?


 しかし

 俺の体は弾かれた



 ローブの胸が、そして体が宙に浮く。

 白目をむいているが、眼球は泳ぐように動いている。

 よだれを流す口はゆっくりと動いている。

 詠唱ではない。

 しかし、その両手は何かを掴むように突き出され炎を吐き出している。

 制御も意志もない、ただ暴れ回る炎。自らの体も焼いている。

 炎は俺を弾き飛ばし、背中から壁に叩きつけられる。

 家の柱に炎が移り、赤い舌が嘲笑うかのように天井を這っていく。



 やめろ

 これ以上、俺から奪うな

 妻と娘の命だけでは、足りないというのか…



 炎が天井を舐める。柱が燃え落ち、梁が崩れる音が耳を刺す。

 燃える家の中で俺は立ち尽くす。俺の怒りを飲み込んだ家が、今度は炎に飲み込まれる番か

「クラウ…とは誰だ…」

 俺は声にならない声を漏らしながら、崩れる家を背に、その場を去った。


 胸に宿る黒いモヤは、さらに大きくなっていた。

 だが、俺はまだ気付いていない。

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