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聖女 キアラ

 キアラは聖王国と言われるセンツェ・ラーイの中核都市で生まれた。

 両親ともに熱心なディクト教の信者であり、物心つく頃には祈りや神殿への礼拝は日常であった。

 ある日、神殿の導師に「一度、娘さんの聖なる力を測ってみてはみてはどうか」と打診された。

 両親は神殿へ寄進をして、娘の力を測定してもらった。

 すると、「回復の術や光の術の才能が十二分にある」との結果を受け、幼いながらも神殿に通いながら、怪我や病気の者への回復の術を実戦して学んでいた。


 キアラは、幼いときから「神の声」が聞こえていた。

 神の声は「声が聞こえている事を他の人に言ってはいけない」とキアラに話しかけていた。

 そして「真なるディクトの教えを説くのです」とも。

 キアラは時に疑問を感じながらも、その声に従っていた。





 当時から「ディクト教」はセンツェ・ラーイという国家の中枢に食い込んでいた。

 現王は「四代目」聖王国の王であり、初代から「ディクト教」は国の平定の為に広く布教されていた。

 いや、戦時、戦後の民をまとめる為に「利用」されていた。

 しかし、二代目、三代目と王が変わるごとに、したたかなディクト教の首脳たちは国民の支持を取りつけ、国家幹部にディクト教信者を組み入れ、政治的な力を強くしていた。

 元々の国家名もラーイ王国からセンツェ・ラーイ王国と変わり、一般的に「聖王国」と呼ばれることが浸透していた。

 元々あった「ディクトの教え」とは、善行を積めば、死後の安寧が約束されると言ったものだった。

 王国による改編で「ディクト教」となり、その教えは、国家にとっての善行を積み、国に尽くすことで死後、ディクト神のおひざ元で幸福に暮らせる。そういったものに歪められていた。


 聖女は十二歳になると、神殿の導師に「君の力は強い。大神殿での勤めもできるかもしれない。家族と相談して決めなさい」と勧めを受けた。

 両親は大いに喜び、首都にある大神殿に地元の導師より受け取った書簡を渡した。

 大神殿でも、彼女は優れた能力を認められ、「聖女候補として、大神殿で預かりましょうか?」との言葉に、両親は「ディクト様のお導きだ」と大喜びして、彼女を預けた。



 彼女は大神殿の宿舎で生活していた。

 彼女の他にも聖女候補は七人ほどいた。

 世代的には同じように十代前半だった。

 はじめは楽しかった。

 交代で料理を作ったり、皆で歌を歌ったり、ディクトの教えを唱えながら首都の街並みを歩いたり。

 二人一部屋の狭い環境だったが、家族と離れた寂しさを紛らわせる事ができた。

 そして、神の声を聞き、大神殿で祈りを捧げる毎日を送っていた。


 だが、その生活も彼女が十五歳になった当たりから変化する。

 ある日、とある少女の食事に毒が盛られていた。

 回復魔法や浄化魔法の達人揃いのメンバーに、毒殺など無意味に等しい。

 しかし、それは「肉体的」な面だ。

 多感な年頃の彼女たちの中に「他者を害しよう」とするものがいる。

 それが、じわじわと心を蝕んでいく。


 他にも、誰かの荷物が荒らされていたり、盗まれたり、家族からの手紙が引き裂かれたりといった事件が続く。

 指導をする導師は「もし犯人を見つけても、他言せずに私の所に言いに来なさい。心乱されてはなりません。いつ、いかなる時もディクト様と共に平穏であるのです。しかし、聖女になれるのは一人。ゆめゆめ忘れないように」と、煽るような事も頻繁に発言していた。

 そんな事をいう導師を、キアラは冷ややかな目で見ていた。

「神は私と共にあるのに、わかったような事を」と。



 そんな中でも彼女は才能を開花させていた。

 重病人を癒し、祈祷を行えば、大導師に匹敵するのではないかといわれるほど、見事で堂々とした見る人を魅了するような振る舞いをしていた。

 そして、疑心暗鬼になった彼女たちの中に「犯人を見た」と言い出した娘がいた。

 彼女は国に帰っていた。


 一人、また一人と減っていく聖女候補たち。

 冷えていく心。

 聡い彼女は、なんとなくだが「これは何かを試されている」と感じていた。

 そして自分こそが、「聖女」なのだ。この者たちの上に立つのだと確信していた。

 神の声を聞き、夢で神に触れた私こそが。



 ある日、彼女は日中に回復の術を行っていたのだが、一時、患者が途絶えた。

 手洗いをすませて、自室にハンカチを忘れたと思い取りにいくと、自室に人がいた。

 神殿で働く者であった。

 その者は彼女の両親からきた「手紙」を握っていた。

 彼女は一瞬だけ怒りをおぼえたが、「私は何も見ていません。どうぞ」と言ってハンカチを持って仕事に戻った。

 彼女はもう理解していた。

 導師を含め、ここの者たちは自分達の「心を乱す」事をしている。

 そして、乱れたものは脱落していく。

 愚かな。心乱される者も、導師達も。

 私こそが、次代の「聖女」なのだ。

 このようなふざけた制度を考えたものたちにも、なにか罰が必要だ。

 しかし、人など、私とディクト様の力の前では無価値だ。



 最終的に二人となった聖女候補。

 ある日、彼女は神殿の葬儀場の一室へと呼ばれる。

 そこには、彼女の両親の姿があった。


 石の台座の上で、呼吸をせずに眠る父と母。

「彼らは、我々教団がここに誘いました。彼らは敬虔な信者で、『あなたの為に死ねるか』と問うと、『今すぐにでも』と二人とも答えましたよ。あなたは我々を恨みますか?怒りを感じますか?悲しみますか?」


 愚かな…両親も貴様も


「いえ、これもディクト様の導きでしょう。お父様、お母様。ディクト様の元で平穏を」

 軽く跪き祈り、すぐに立ち上がる。

「私は夜半の勤めがあります。ご用件は以上でしょうか?」

 キアラの冷徹な視線に、導師は一瞬たじろいでしまった。

「え、ええ。後日、大導師様より呼び出しがあります。話しは以上です」

 導師に導かれ部屋を出ると、隣の部屋から導師のみが出てきた。

「彼女は、妹の死に耐えられなかったようです。精進が足りませんね」

 ここには愚か者しかいない。

 神の声は私に言う。

「正しき導きを。間違った信仰をしているものは必要ありません」

 いいでしょう。

 神の声は、私の考えと一致している。

 新たな、正しき神の教えを私が作り上げましょう。

 どんな手段を使っても…


 翌年、彼女は老年になった現聖女に変わり、聖女となった。

 通常、現聖女の元で共に数年の「引継ぎ」のようなものが行われていたが、彼女にはそれが無く、歴代で最年少の聖女となった。

 若く、美しい見た目で、国内でもすぐに人気が出た。


 しかし、彼女のやり方は容赦がなかった。

 教皇をも弾圧しかねない勢いで、ディクト教内部の腐敗を暴いた。

 癒着、ワイロ、権力争いや情報操作などの不正、その一切を許さなかった。

 その処罰対象者は三桁を超えるだろう。



 そんな彼女を嫌う人も教団内部や国家中枢部にはいたが、同様に支援者を増やしていく。

 神殿騎士団になれば聖女の護衛ができると兵士がこぞって試験を受けたり、神殿への寄進も「新聖女さまに是非」とあからさまに増えた。

 しかし、彼女の態度は徹底していた。


 金を積んだ大店の商人に向かい

「あなたは私に忠誠を誓うのですか?ディクト教ですか?王家ですか?今ここにいる皆の前で宣言しなさい」

 そんな場面は数知れなかった。

 ブレない信仰心と、そのカリスマ性は、周囲の者たちを常に圧倒していた。



 国家中枢に食い込んでいたディクト教内でも、権謀術数に長け、温和で誰しもが安心してしまう笑顔で教皇の地位にまで昇りつめたダニエルの胸中は複雑だった。

 聖女が国内で人気が出る事は喜ばしいことだ。

 実際に寄進も増え、国内の幹部の中にも彼女のファンが多い。

 しかし、人気や実力がありすぎるのは困るのだ。

 実際に王の息子や娘は年齢の近い聖女と仲がいい。

 将来的に国の実権に近付けるのはいいのだが、それはあくまでも「ディクト教」ならいいが「聖女」個人ではだめなのだ。


 きっと王も、これまで以上にディクト教に国が蝕まれていくとは悩んでいるのだろう。

 いっそ、王と協力して聖女を追い落とすか?

 しかし、手駒が足りん。

 あの聖女の手が、どこまで伸びているのか。

 ワシが苦労して築き上げた地位に、聖女はあっという間に迫る勢いだ。

 しかも、したたかで計算が高い。それは私利私欲からくるものではなく、ワシの目からみてもまぎれもない「信仰」から来ている。

 その影響力や、誰が「聖女派」なのかがはっきりとわからない部分も多い。

 だから、安易に追い落とすと、その後の影響も計り知れない。

 もう、いっそのこと、彼女に任せてしまうのがいいのかもしれん。



 そんな教皇の思案を他所に、聖女キアラは教皇に進言をしてきた。

「ディクト教以外の信者を改心させる機会を設けたらどうか」と。

 そして、「教団内の不要な費用を削減し、それを国家にも訴えかけ、民の税を減らすのはどうか?多くの者を救う以上の善行の機会があるでしょうか?国家単位でその使命を与えるのです」と…


 教皇は被りを振る。

「もう、この聖女の能力、影響力や求心力は、自身を遥かに凌駕している」と…

 教皇は、与えられる権限の大部分を聖女に与えた。



 聖女の布告で、異教徒信者への布教が強まった。

 そして、減税の言葉で、国民の圧倒的な支持を得た。

「国の治安を維持するために、軍事予算は落とさない方が。その方が国民も安心できます」

 その言葉に、軍の上層部も聖女ひいきが増えたように思う。

 しかし、このような事になるとは、誰かが予想していたのか。

 聖女の狙いははじめから、こうだったのか。


 最初は静かだった。

 聖女の指示で異教徒や国内地方の他の信仰者に対して「ディクト教」への改宗や布教だった。

 地方の村にディクト教の神殿を立てたり、異教徒の信者に向かい導師が説法をしたり。

 しかし、それは瞬く間に武力による弾圧に変わった。

 そして、隣接国は外洋に面しており「自由貿易」の名の元に他民族他宗教を広く認めた国であった。

 国境付近は険悪になり、ついに軍を国境に配備してしまった。

 国内はほぼ平定されているとはいえ、不穏な部分も残しているのに、他国との戦争は始まってしまった。


 いったい、聖女の狙いとは何なのか・・・

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