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シミター使い エッジ ①

 乾いた砂塵舞う砂漠。

 太陽は黄色く輝き、乾燥した大地は生命の営みを許さない。


 当時の権力者たちは、不毛な砂漠地帯ならば被害も少ないだろうと戦場に選ばれる事が多かった。

 そんな中、水辺の周辺は自然と商人たちがこぞって商売をするようになり、補給品を取り揃え、宿が出来、徐々に街を形成していった。


 争いは人間同士だけではなく、魔物との抗争もある。

 人が集まり、争い、死体が放置されることで、食料を得る機会を獲得した魔物は積極的に人を襲うようになった。

 街では商人の護衛や、近隣の戦場にも報酬次第で引き受ける傭兵団が育っていく事になった。


 生前のエッジはその街で生まれた。

 戦乱が多く、傭兵をはじめ、荒くれものたちが集まり、歓楽街の出来た。

 彼は、そんな地域ではよくある孤児だった。


 街の外れの貧民街のあばら家とも言えない家に住み、人が捨てたゴミを漁り、時に死体からはぎ取る。そんな明日をも知れない生活を物心つく前からしていた。


 まだ十歳にもなっていなかったが、エッジは戦場から持ち帰った小さなナイフを気に入り腰に差していた。

 偶然に通りかかった仕事帰りの傭兵が、目ざとくそのナイフを見つけ、力づくで奪われてしまった。

 打ちのめされ、しばらく動けない状態になっていたが、その革鎧の肩の紋章をエッジは記憶に強く刻んだ。かならずナイフを取り返すと。


 その後、エッジは戦場を漁り、ショートソードを見つけた。

 刃は短く小さな剣だが、まだ幼いエッジには重く、引きずるように持ち帰り、毎日振るった。

 野犬や比較的安全に倒せる昆虫の魔物を、その剣で襲い掛かり、殺し、食らった。

 手傷を追うこともあったが、エッジは自らの手で倒し、殺し、食らう事が自身が生きていると強く感じるようになっていた。


 ある日、ショートソードよりも小さく、ナイフよりも大きな湾曲した剣を見つけた。

 それは小型のシミターやシャムシールと言われる曲刀の種類の物で、きっと誰かの予備武器か懐刀だったのだろう。打撃力は小さくとも、切れ味に特化した刃物だった。

 体のサイズ的にも、重量的にも、ショートソードよりもその武器がうまく扱えた。

 その武器でも野犬や野良猫を切り、魔物を切り裂き、そして血を拭い、割れた陶器の底で研いだ。



 そしてある夜、砂漠の街でゴミを漁っていると、あの紋章を見つけた。

 紋章の旗を掲げた砂岩で建てられた、白い月の光を反射する白い建物。

 そして周りにも同じ模様の入ったテント。

 あのナイフを思い出し、幼いエッジはたった一人で夜襲をかけた。

「あのナイフを取り戻す」と誓い…



 街中の傭兵団は見張りも立てずに夜間は寝静まっていた。

 街の中央からも離れており、かがり火も少なく、静かに砂塵だけが舞っていた。

 テントの裾から覗き、いびきをかいて寝ている傭兵の首筋をかたっぱしから切っていた。

 殺しははじめてではなかった。

 死体はぎをしている時に、息のある者を既に数度手にかけていた。

 心は動かない。ナイフを奪った相手をただ黙々と殺す作業。

 赤いシミの広がる絨毯を横目に、テントを物色して「自分のナイフ」を探した。


 あれはもう二~三年くらい経っているし、もうないか?

 そう思いながらも、次のテントに潜り込む。

 小さな体と小さな武器は、闇夜に紛れ、音もなく次々と殺していく。

 気配を殺し、音を立てないように慎重に。

 しかし、確実に殺す。安全に「自分のナイフ」を探し出すために。


 十人を数えたころに、ある傭兵がエッジの接近に気付いた。

 その傭兵は猫のように飛び起き、枕元の剣を握りエッジと対峙した。

 エッジはすぐに「この相手は強い」と確信する。

 襲い掛かりたいのに、小さな曲刀を握りしめた体は動かない。

 鞘に入ったままの剣を突き出した細身の傭兵はエッジに問うた。

「お前、コソ泥か?その剣についた血は…」

 話している途中で、その男は消えた。

 暗がりの中で、何が起きたのか正確にはわからなかった。

 しかし、その男にエッジは組み伏せられていた。


 男は高音の奇怪な声を上げると、数人の傭兵がテントにやってきた。

 そしてすぐに大騒ぎになり、エッジは縄でぐるぐる巻きにされる。

 砂の上を引きずられ、白い砂岩の建物に連れていかれる。



 玄関部分を入ると、すぐに広間のような部屋だった。

 松明やかがり火が灯され、室内も屋外も赤く揺らめきだした。

 男は周りの取り巻きを下がらせた。

 そして繩巻にされたエッジを蹴り飛ばしながら部屋の中央へ転がす。

「親分が来るまでの命だ。しかし、お前すごいな。いや、ガキにやられるあいつらがたるんでいたのか。まあ明日にはハゲタカの餌か」

 そう言ってエッジの胸を踏みつけていた。

 口の端から血を流し、砂と鉄の味がする。

「ここで死ぬのか。あのナイフを奪った男を殺して、俺のナイフを取り返したかった」

 エッジは痛みは感じていたが、そう思いながら踏みつける男を見上げていた。


 少しすると、眠そうな顔をしながらもエッジを鋭い目でみる男が入ってきた。

 髪はぼさぼさだったが、それとおなじくらいぼさぼさの長いヒゲを生やした男だった。

 薄着で体毛も透けていたが、むき出しの太い腕も黒々とした毛が覆っていた。

「親分、コイツが夜襲をかけてきました」

 親分と呼ばれた男は、手を上げて発言を遮り、広間唯一の椅子に座った。

「おいガキ。一応、俺たちにもルールがある。お前の言い分を聞こう」

 やる気のなさそうな、だらっとした姿勢だったが、目を一切逸らさずエッジを見る。

 エッジはたどたどしくも、数年前にこの紋章の鎧の男にナイフを奪われた事を告げた。

 そして、それを取り返しに来た事を。

「そうか。この稼業だから恨まれる事も多い。しかしガキだしな…」

「親分、このガキに十三人殺られた」

「な、なんだと?ヤルンの隊は出ていたな。じゃあ半分も…獲物は?」

 身を乗り出して親分は男の話しを聞く。その目は相変わらずエッジを見ていたが、興味と敵意を持ったようなギラついた目だ。

「この半月刀だ。よく手入れされている」

 手渡された武器を目を細めて見た親分は、何を思ったのか。

 エッジの縄をその血に濡れた半月刀で切り、自由にした揚げ句、武器をエッジに握らせた。

「おいザムザル。コイツと戦え」

「マジかよ!?まあいいが、殺していいんだな?」

「待てと言ったらやめろ。よし、はじめろ」

 驚く男と、目は笑っていないがニヤニヤした表情の親分。その目の前で対峙した。

 エッジは正面の細い男より、この毛むくじゃらの「親分」の方が弱い。そう感じ、親分に襲い掛かる算段をつける。

 その気配を悟られないように、両手で武器を握りしめ、正面の男に目線を向ける。

 正面の「ザムザル」と呼ばれた男は、武器を抜かず、鞘ごと左手で握りしめているだけだ。



 日頃、野犬や野良猫、小さな虫やトカゲの魔物を狙っていたエッジの構えは低い。

 そして、下からザムザルを切りつけると見せかけ、横の位置にいる椅子に座る親分の脛を狙う。


 座ったままの親分の足の裏がエッジの顔に当たるのと、ザムザルの鞘がエッジの背中を叩きつけるのは同時だった。

 親分もザムザルも驚いた様子を見せずに

「なかなか見どころがあるな。どうだザムザル?」

「ああ、狙いは良かったがな。もっと上手くできる…いやガキにしては上出来か」

 鼻血を出し、もだえるエッジの腹を蹴り、仰向けにする。武器は手放してしまっていた。

 やはり、体も大きく力も強い大人には勝てないのか。ナイフ泥棒め。苦痛に顔を歪めながら踏む男を睨む。

「じゃあ殺すぞ、親分」

 右手で剣を抜きながら言うザムザルに親分は手を広げて制止させる。

「お前が面倒みるんだ、ザムザル」

「は?あんた何言っているんだ?十三人も殺られたんだぞ?」

「お前が世話をしろと言っている。もう言わんぞ」

 そうしてエッジは傭兵団の庇護を受ける事になった。

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