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軍の依頼と冒険者ギルド

 強い剣士を倒したエッジは、手に入れた直剣を構えていた。

 シミターよりもリーチがあり、厚みのある剣身は重そうだった。

 それを振り、構え、踊る。

 徐々にその身に馴染んでいるのが、見ていても解かる。

 しかし、日頃使っているシミターとは明らかな動きの差が見て取れた。






 王都より南に向かった地域の中核都市デリバロス。

 その街にある冒険者ギルド。

 冒険者ギルドの主な仕事は、魔物の討伐や危険地帯での採取依頼だ。デリバロス郊外の墓地にアンデッドが湧いているという情報も早い段階で掴んでいたが、ギルドが動くには「依頼」と「報酬」が必要だ。

 仕事としてモンスター討伐を請け負う事はあっても「慈善事業」はしない。

 そして、そんなギルドの商売のやり方や自由を重んじるやり方は、軍とそりが合わないのは当然であった。


 一時、戦争になると騒ぎ出した時には、軍は「戦う事のできる冒険者の人間を、軍に入れてはどうか」と言った話しがでた。

 冒険者ギルド側は当然、猛反発をした。

 しかし王が「軍や国だけでは出来ない仕事をするのが冒険者ギルドの仕事であるが、軍が代わりに彼らの仕事ができるとは思えない。第一、モンスターから民を守っているのは彼らである」

 そういった発言もあり、冒険者ギルドは軍に組み込まれなかったが、軍とは余計に溝が深くなった。

 街の住人としては、「軍とギルドが協力して治安を維持してくれたらいいのに」と、当たり前の意見が多数あった。




 ギルドマスターの元へ一通の手紙が届く。

「軍部からの依頼の相談がある。軍基地の司令部まで来てほしい。この手紙を見せれば案内をつける」

 そう言った内容だった。


 ギルドマスターも仕事は多い。

 しかし、部下に仕事を押し付け、即座に軍基地に向かった。

 規則にがんじがらめで、鈍重な軍にギルドの柔軟性を「見せつける」為だ。


 すぐに司令本部室に案内される。

 一人で勝手に下座に着座し待つ。

 ギルドマスター自身も軍に良い印象は持っていない。

 そして、しばらく待たされて、上座についた司令官と横に立つ参謀が挨拶を始める。

「ナラヤン、わざわざ来てもらってすまない。そして、早速だが依頼の内容を伝える。参謀長」

 少し、嫌味を言おうと考えていたギルドマスター、ナラヤンは「おや?」と思う。

 奴らが「すまない」だと?そして、眼前の二人の目の下の深いクマと疲弊しきった容姿。

 ナラヤンは黙って話しを聞いた。


 依頼内容は「墓地に湧いたモンスターの討伐」と言った、普段受ける内容と遜色のないものであった。

 しかし、ギルドマスターであるナラヤンも、墓地のスケルトンの異常性は認識していた。

「君たち冒険者向けの依頼だと思うが、受けてもらえるか?」

 机の上で祈るように指を組んで、司令官はじっと見ている。ナラヤンは目を逸らさずに問う。

「で、報酬は?」

「金貨二枚でどうでしょう?」

 参謀が答える。

 金貨二枚はたしかに高額だ。一月は生活できるだろう。だが…

 ナラヤンは無言で立ち上がり、扉に向かう。

 ドアノブに手をかけ、振り返らずに

「俺も冒険者の命を預かっている。安売りはできん。じゃあな」

 彼は本気で帰ろうと思った。


 墓地のスケルトンの討伐には、事前の準備だけで金貨二枚は飛ぶだろう。

 それに、冒険者は単独のものもいるが、基本パーティ単位だ。人数で報酬を割る。

 そう考えると、最低でも金貨五枚か。

 やはり軍は信用できん。


「ま、待ってくれ。とにかく席に戻ってくれ」

 懇願する司令官。こいつ、前に見た時は偉そうだったが。

「市民の安全にも関わる問題だ。力を貸してくれ」

 ナラヤンはドアの前で振り返る。

「元々は軍が請け負った『仕事』だろう。俺たちに必要なのは見合った『報酬』だ」

 彼はわざと挑発するように、肩を竦めて見せた。

 どう出る?

「ぐっ…貴様…」

「司令、私が。ではギルドマスター、ナラヤン殿。おいくら払えば受けていただけますか?」

「十枚」

「は?」

「金貨十枚だ」

 机を叩き、立ち上がる司令官。そうこなくちゃな。

「ハンス司令!何も言わないでください!交渉は私が」

 崩れ落ちるように椅子に座り、深い溜息をついた司令官は、力なくうなだれた。

 そして信じられないセリフを吐いた。


「頼む、ナラヤン。もう後がないのだ。助けてくれ…力を貸して…ください」

 ナラヤンは口を開きかけ、固まる。

 この堅物をここまで追い込む事態とは一体…

 興味もあったが、この光景は。

 仕方ない、一肌脱いでやるか。


「わかった、金貨五枚だ。これ以上値切るのなら受けん。そして一つ『貸し』だぞ」

 そうして、希望最低価格の金貨五枚で依頼を受けた。




 ギルドに戻ると、さっそく依頼書を作成する。

「デリテメト墓地に発生しているスケルトン二体の討伐依頼」

 そう銘を打たれて張り出された依頼内容はタイトルそのままだった。

 しかし、最後に

「強力なアンデッドと予測される。ギルドの面談を行い判断する」

 そう記入されていた。

 報酬は金貨五枚。つつましく暮らせば三か月は暮らせる金額だ。


 そうして掲示板には張り出したが、ほぼ受ける人間は決まっていた。

 有名な「吸血鬼ハンター」の弟子がこのギルドには所属している。

 その彼のパーティはアンデッド討伐の実績は十分にある。

 ギルドは建前上の「公平性」の為に掲示板に張り出したのであった。



「シデン。すまないな。早く名乗り出てくれて助かった」

 ギルドマスター、ナラヤンは一人、応接室のソファに座ってそう言った。

 シデンと言われた人物はボロの茶色のマントで身を包み、フードを深く被っている。

 ナラヤンの向かいのソファの後ろに立っていた。ソファは無人だ。

 彼は気にせずに続ける。

「まあ、お前さんならもう知ってるだろ。墓地の骸骨だ。軍もお手上げってんだから、相当だろう。もう一度確認するが、やってくれるか?」

「…やろう。報酬は金貨五枚で間違いはないな?」

「ああ、そうだ。じゃあ頼むぞ」

「ああ、それと、少し材料の依頼を受付に出しておく。それが揃い次第になるが、構わないか?」

「うむ、すまないが、報酬は後払いだから実費で頼む。期限は決まってないが、できるだけ早めにな」

 シデンは無言で頷くと、音もなく歩き、出ていった。

「ふー、銀のシデンに任せれば大丈夫だろう。無理はするなよ」

 誰もいなくなった応接室でマスターは一人で呟いた。


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