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銀のシデン

 シデンは過去に住んでいた村ごと、アンデッドの襲撃にあった。

 ゾンビとスケルトンの集団は、シデンの両親を殺害し、シデンも左腕をゾンビに噛まれた。


「遅くなってすまんな。おぬしだけでも間に合うか」

 青いマントを翻し、颯爽と登場した短髪白髪の老婆は瞬く間にゾンビやスケルトンを灰にした。

 そしてシデンの左腕に革ひもを巻きつけ、問うた。

「小僧、生きたいか?死んでしまったほうが楽じゃぞ?」

 シデンは突然現れたアンデッドに恐怖したが、目の前で両親を殺害したアンデッドに怒りを覚えていた。そして、遅れて登場した彼女にも。

「なんで、父さんと母さんは殺されたの?なんで、もっと早く来てくれなかったの?」

 涙を堪え、震える声で、しかし、老婆を睨みながら聞いた。

「ほう、逆恨みか。それもいいが、じゃあなんでお主が両親を助けなかったのだ?」

 彼女は優しくなかった。

「そ、それは、僕は子供だし、戦う力がないから…うっ」

 泣き崩れるシデンの左腕を老婆は握る。

「最後だ、小僧。生きたいか。そして強くなりたいか。それが一番の地獄と知れ。どうじゃ?」

「づ、づよぐ、づよぐなりだい…」

 嗚咽を堪え、そう言うシデンの腕に老婆は銀の液体を注射した。

 激痛が全身を遅い、息も満足にできずに痙攣するシデン。

「なら、ワシが鍛えてやる。そして死にたくなったら、すぐに言うのじゃ」

 そうして、シデンは老婆に引き取らた。


 半身を銀色に染めたシデンは、基礎的な事も教えてもらえずにアンデッド討伐に同行させられた。

「生きたければ、もがけ。あがけ」

 子供のシデンは必死に逃げ、戦い、助けてもらいながらも生き延びていた。

 老婆は実戦の中で、色々と教えてくれた。

 アンデットやヴァンパイアに有効な手段、アイテム、戦術。

「シデン、ワシとお主では体格も違う。真似せずに考えるんじゃ。そろそろ死にたいなら言え」

 いつか、老婆よりも強くなって、ぶん殴ってやる。くそばばあ。

 その気持ちと、目の前のアンデッドで思い出す両親とふるさとの村。それがシデンを支え続けた。


 そうして成長したころに、老婆が「ヴァンパイアハンター」と知る。


「ばばあ。あんた、有名人だったんだな」

「んん?今更か。で、なんだ?死にたいか?」

「ばばあ、俺と戦え」

「ガキが。ちょっとワシより背が高くなったからって調子に乗るなよ」


 そうして戦ったが、シデンはボロボロに負けた。

 馬乗りになった老婆に、顔をひっぱたかれる。

「とどめを刺してやろうか」

 真顔の老婆にシデンは言う。

「…もう一人でやれると思うか?」

「お前を生かした責任はワシにある。だから死ぬことは許さん。お主を殺すのはワシの役目だ。それを約束できるか?」

「…ほざけ、くそばばあ」

 腫れて開かない目で見上げ、睨む。

 再度、平手が顔面を襲う。

「はっ、そうかい。クソガキが。いいか、これだけは忘れるなよ。死ぬな、足掻け、生きろ」

「クソ…ばばあが。世話になった…」



 そして冒険者ギルドの門を叩くと、瞬く間に階級を上げ名が知られる。

 同じように、アンデッドを討伐したいと仲間に加わった僧侶のハイケ。

 行き倒れていた所を、たまたま助け仲間になると言い出し、勝手についてきたが、いい腕のシーフだったファビオ。

 口には恥ずかしくて出せなかったが、いつも「いい仲間にめぐりあえた。ありがとう」とシデンは思っていた。

 そして老婆にも、強く育ててくれたと感謝していた。

 醜い見た目と言われる事も多いシデンだったが、この体を気に入っていた。

 アンデッドを倒すのに特化したような自分の銀の肉体を。


 ・・・





 墓地に歩いて向かう。

 その後ろを二つの人影が追う。

 パーティメンバーの僧職のハイケと、シーフのファビオだ。

 敵が複数の時は別れて戦う事もあったが、後衛の二人は通常、シデンの支援や援護が主な仕事だった。

 しかし、事前のシデンの話しだと、これから戦うスケルトンは知能があるようだ。

 いくつかのパターンを考えており、臨機応変に戦うという話しだった。


「もう一回確認するけど、ハイケの姉さん。忘れ物ないよな?魔力も十分か?昨日はよく寝たんだよな?」

「もう!ファビオはなんでいつも、そんなお母さんみたいな事いうの?だいたい、私の方が年が上なのよ?た、たしかに行き遅れてしまって、もうこんな年になってしまって…ファビオ!なんでそんなひどいこと言うのよ!シデンからも言ってよ!」

 ファビオは肩を竦めた。


 そして前方のシデンを見て、微笑んだ。

「あねさんはいつも通りの平常心だ」

「…そうだな。しかし、お喋りはいいが、無駄な体力はもう使うな。いいなハイケ」

「だって、ファビオが…」

「…じゃあ二人ともだ。わかったな」

「はい」「はい」

 ズレたタイミングで返事をする。

「しかし、シデンのアニキ。スケルトンがそこまで高い知能なんてありますかね?この前のレッサーヴァンパイアだって間抜けだったじゃないですか」

「…そうだな、しかし、油断するな」


 墓地につくと、シデンはフードを外し、マントを脱ぎ捨てた。

 上半身は裸だった。

 左腕はくすんだ鉄の色をしている。

 その腕の付け根、肩から広がるシミのように、胸や首、そして顔まで広がる金属色のシミ。

 左の眼球は全て暗いねずみ色に染まっている。





「やつら、二手に別れましたね」

 目の上で、ひさしのように手をかざすファビオがそう言うと、シデンとハイケは距離を開けるように動いた。

「…見てわかるな。やつらは強い。まとまったほうがいいが仕方ない。俺が剣士とやる。素手は任せるぞ」

「ああ、姉さん。やるぞ」

「うん。シデン、気をつけてね」

「…ああ…死ぬなよ。ヤバければ逃げて生きろ」



 ハイケとファビオは素手のスケルトンと対峙した。

「姉さん、足止めする。あの作戦だ」

「わかってるわ。ディクト様、我らを守りたまえ。そして力をお貸しください」

 戦闘モードのハイケは別人のように集中する。そして祈る。



「俺は奴を足止めしなければならない。ハイケが祈りを完成させるまでの時間を稼ぐ。それだけが今の俺の役目だ」

 ファビオは接近するスケルトンに向かい、白草玉、祈りを込めた聖なる力を込めた土とつる草の種などを混ぜた紙の包みを足元目掛けて軽く放り投げた。

 狙い通り、足元に着弾した白草玉。ハイケの祈りと詠唱に呼応して伸びる白い蔓はアンデッドに反応して巻きついた。

 よし、狙い通りだと、ファビオは次の手段を打つ。

 腰からパチンコを取り出し、白玉、粘り気のある土を聖水で溶いたものを当てる。

 なんとか仕入れられた量は三発。

 当たり、外れ、肘に当たる。

「捕えたぜ、間抜け」

 その声と共にハイケから浄化の魔法が飛ぶ。


 勝ったと思った。

 これで、シデンの支援にいける。

 二人がそう思ったが。


 束縛されたはずのスケルトンは、崩れさり、地に伏し、浄化を躱した。

 そして不気味な音を立てながらゆっくりと膝を曲げ、骨同士が擦れる音を響かせて立ち上がった。その異様な動きに、二人の背筋は冷たい汗で濡れた。そして次の瞬間、蔓が砕け散る音が響き、スケルトンは再び自由を得た。


「なんでだ?中身は俺が確かめたし、間違いないはず。やばっ」

 両手両足で獣のように地を駆けるスケルトン。

 早い。

 咄嗟に火の粉を散らしたが、まったく怯んでいない。

 火も聖も苦手なはずじゃないのか。

 ファビオの足元から上昇するスケルトンの気配に、咄嗟にアゴと首を守るように両手で自分の頭を抱く。

 それよりも一瞬早く片手で首を掴まれた。

 ズブズブと首が締まり指が食い込む。ファビオは苦痛と苦しさでもがき、両手の指で骨の指をはずそうとするも、動かず、さらに首を締めあげていく。


 ハイケはファビオの首をつかみ、隙だらけに見えるスケルトンの背中に浄化の魔法を唱え放つ。

 鋭敏に察知し、俊敏に振り返るスケルトン。

 その片手で持ち上げるファビオを盾にして浄化を防いだ。

 ファビオの体がびくりと動く。

「ファビオ!いけない…」

 心の中でディクト神に冷静を誓い、スケルトンを巻き込むように回復魔法を放った。

「あの黒い指がこちらに向けられるたび、祈りの言葉が喉の奥で震える。それでも私は、奇跡を放つために動きを止めなければならない」


 一瞬動きの止まったスケルトン。時間にして一秒。

 顔色が僅かに回復したファビオは、懐から小さな聖水のビンを取り投げつけた。

「食らいやがれ骨野郎。ハイケ、逃げろ」

 ファビオの最後の抵抗だった。

 直後、スケルトンの動きは激しく早くなった。

「なんでなの?」

 ハイケはダメージを負わないスケルトンに疑問を感じたが、接近したスケルトンは手に持ったファビオでハイケを打ちのめす。

 咄嗟に両手で頭を守る。


 おなかにスケルトンのとがったつま先が刺さる。

 搦め手を失い、距離を詰められたハイケに、素早く力強いスケルトンに対抗できる手段はなかった。


 いや、あれならば


 目を閉じて、意識を集中する。

 至近距離ならば、自身の命と引き換えに大きな威力を誇る捨て身の魔法。

「ディクトの瞬き」と言われる必殺の奇跡を唱える。

「ごめんねシデン。ごめんねファビオ」

 馬乗りになっているスケルトンは、魔法を感知したように遠ざかる。

「待って…ああ、ディクト様…」

 白い光がハイケを包み込んで爆発した。

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