※ある日、「村を崩壊させたモンスターの討伐」依頼を受けた、冒険者パーティ「ホディト」の風景
朝日が昇る。
しかし、山からの吹き下ろす風は身を切るような冷気を含んでいる。
家屋が十棟程度の村は、ほぼ更地になっていた。
村を囲う木柵と、焼け崩れた数件の建物の残骸が、かつてここには人々の生活があったことをかろうじて示している。
村の中央付近に丸くなった、大きな黒い物体が見える。
「やはり、寒さには弱いのか。この距離なら見えるか、アミール?」
マイガの問いにアミールは目を細めて頷く。そして詠唱を始める。
「俺たちも寒いけどな。なるべく早くしてくれ、アミール」
「もう、詠唱の邪魔はしないでって、いつも言ってるでしょ?黙ってて」
おどけるラウタロに叱責するラリサ。
弛緩した空気が、緊張感もほぐしている。
「やはり、ワイバーンの成体だ。一人では無理でも、僕たちなら、なんとか勝てる相手だ」
「よくやった、アミール。でも『なんとか』は余計だ」
乱暴にアミールの頭を撫でるラウタロ。だが、その目は真剣な物に変わり、前方も見据えている。
「ブレスとリーチの長いしっぽには警戒しよう」
「ええ、気温が上がってしまう前に。ディクト様の加護を。我らに導きを」
「どんな時も落ち着いて。対処は柔軟に、視野を広く」
強化魔法や守護の祈りを終え、村の柵を超える。
歩み寄る存在に、ワイバーンも気づいたようで、のっそりの長い首を上げる。
黒いウロコに覆われた顔のその目は、白目がなく真っ黒だ。
首だけ伸ばしたワイバーンは、まだ丸まっている。
ラウタロは盾を背に、両手に剣を持って走り寄る。
ラウタロはその頭を一瞬見上げるが、風を感じ後ろに飛びのいた。
巨体のはずなのに、しっぽは風切り音を上げて素早く旋回していた。
ラウタロは円を書くように、遠巻きに移動する。
その反対に移動するように、大盾を構えながらマイガは移動する。
その背後には、ラリサが白いタリスマンを握りしめている。
初期位置から移動していないアミールの姿はぼんやりしている。
目をそらせば見失ってしまいそうだ。
認識阻害の魔法を自身にかけた状態で、詠唱をしていた。
背中の丸盾を左手に持ったラウタロは、剣で盾を叩き、ワイバーンを挑発する。大声で、何か罵声も浴びせているようだ。
立ち上がったワイバーンは、空気が震えるような咆哮を上げる。
三方向に囲まれているが、ワイバーンは腕から広がる翼のような皮膜を広げてラウタロの方を向いている。
伸びるしっぽの叩きつけを軽快に躱していた。
「ディクト様、聖なる光を」
マイガの背後で、ラリサがタリスマンを掲げる。
ラウタロの挑発に苛立つワイバーンの顔あたりに白い閃光がほとばしる。
「ぎゃあああ」と言う金切り声を上げて暴れ出す。
やたらめったらに振り回されるしっぽに、ラウタロの盾が弾かれ体制を崩す。
「疾れ、氷結」
杖を地面に「ガン」と突き立てたアミールの足元から、白い薄氷が伸びる。
薄く細い白い線は、一直線にワイバーンを目指す。
ワイバーンの足元まで伸びた薄氷は、その足に当たると岩場に押し寄せる波のように巻きあがると、大きな氷塊を形作る。
視界を奪われ、無闇に暴れていたワイバーンの動きが止まる。
カンカンと歯を鳴らす音。
「ブレスが来るぞ!」
マイガの掛け声に応じて、ラウタロもアミールもマイガの背後に走る。
「防げ」
マイガが自らの大盾に声をかける。
ワイバーンの口から真っ赤な炎がほとばしる。
唯一自由に動く首を大きく動かし、地表一体を焼く。
地面はひび割れ、周囲の村の残骸が焦げるような乾いた軽い音を立てる。
しかし、その炎はマイガの大盾を避けるように広がる。
僅かにマイガの足元を炎が舐めているが、ラリサがそこに触れ祈る。
周囲を熱気が包み、空気まで焼いているようだ。
「危なかったぜ。さて、そろそろ攻守交替だ」
ラウタロは左手を剣に添えると、その剣の色が青く変わっていく。
その背にそっとアミールが手を添える。
「ラウを護れ、レジストファイア」
「行け、ラウタロ」
マイガは地に膝をつくような姿勢で声をかける。
ラウタロはマイガの体を足掛かりに飛んだ。
まだ地表には炎が吹き荒れている。
その上をジャンプしてワイバーンに迫る。
掛け声も挙げず、飛翔し縦に剣を振り下ろす。
魔法で強化された刃はウロコを切り裂く。
浅い
胴体の固いウロコは切れたが、肉に押し返された。
致命傷ではない。
ブレスをやめて絶叫を上げるワイバーン。
その足元の氷は、ブレスの余熱で解け始めている。
懐に着地したラウタロは、目の前の後ろ足を大きく踏み込んで切りつけた。深々と刃は食い込む。
バランスを崩しながらも倒れないワイバーンは暴れ、ついに氷を砕いて自由になる。
「まずい」
懐に入ってしまったら、どこから攻撃がくるかわからない。
両手で剣を握ったまま、身構えた。
だが、衝撃は無い。
マイガのシールドバッシュにより、ワイバーンは体制を崩し転倒していた。
ブレスが止んだ瞬間に、マイガは大盾を両手で構えワイバーンに迫っていたのだ。
太陽が陰る
天を仰ぎ、祈るラリサ。
焦点の合わない目で詠唱を続けていたアミール。
準備が整う。
「慈悲深きディクト様。めぐみの雨を」
局地的に雨雲が上空に発生し、雨を降らしていた。
「まずい、ラウ。巻き添えを食らう」
ラウタロとマイガは一目散に走り去る。
それを確認したアミールは完成した詠唱を終える。
「穿て、雷光」
上空から伸びた一筋の落雷がワイバーンを襲った。
落雷はわずかに水を吸った地面をはねて収まる。
ドスンとワイバーンの巨体が倒れた。
とどめを刺そうと、素早くラウタロとマイガは距離を詰めた。
逆立ったウロコから、煙と水蒸気が上がっている。
「なんか、うまそうな匂いだな」
ラウタロの発言に、だれも応えない。
たしかに、肉の焼けたようなにおいが充満している。
体のいたるところから煙と湯気を上げる黒い大きな物体。
マイガとアミールはワイバーンの死を確認した。
マイガは体の熱を吐くように息を吐いた。
「ふうー。これで依頼は達成だな」
「でも、これじゃあ素材は取れないね」
アミールは黒焦げの物体を眺めた。
「みんな怪我はない?」
ラリサは油断せずに仲間を見回す。
「腹が減った」
ラウタロの言葉にしばしの沈黙。
「よ、よし、街に戻って食事にしよう」
今日一番の大声を上げるラウタロ。
皆の表情は緩む。
和気あいあいとした空気で帰路につく。
その足取りは、決して軽いものではない。
死力を尽くし、戦い、生き残る。
熟練の冒険者でも、一歩間違えれば明日はない。
一流の冒険者が受ける依頼ほど、安全マージンは取れない。
冒険者稼業と言うのはそう言うものだ。