準備が整った「ホディト」はデメテリト墓地のスケルトン討伐に向けて街を出た。
以前の視察では、墓地の外でスケルトンが姿を現さないことが確認されていた。静寂に包まれた墓地の中、彼らは一定の領域を超えることがなかった。
ならば、墓地の外で強化魔法をかけ、アミールの希少な「鑑定」の魔法でさらなる情報を得る事ができる。そう計画を立てた。
アンデッドの相場として「聖」や「火」には弱いだろうと検討はついていた。
だが、誰も口には出さないが、以前に四人は遠目にスケルトンを見たその時に何かを感じていた。彼らが感じた何か、言葉にできない違和感だった。 あれはただのスケルトンではない。そういった漠然とした何か。
定石通りに、アンデッドの弱体化する日中の、正午前後に墓地の入口についた。
墓地の周りを囲う柵の門。両開きの門の片側は無い。
アンデッドたちが墓地中央でうろついている。
しかし、剣を持つスケルトンは、周囲のゾンビやスケルトンを切り裂き始めた。
四人は顔を見合わせる。
「のまれるな!あいつらは柵の外に出てくることはない。それは確かだ。冷静に支度をしよう」
大きな盾を背負ったマイガは、皆を落ち着かせるように両手を広げて笑顔を作った。
「ホディト」の面々は軽く微笑し準備を始めた。
「いつも強敵。いつも無理難題」そんな事を誰かが呟いた。
王国最強などと言われ始めてから、指名の依頼内容は理不尽なものが多かった。
それでも、皆で力を合わせて、苦労しながらも、ここまで来た。
今回だって、皆でやれば、力を合わせれば、なんとかなる。四人はそう信じていた。
「不浄なる者から身を守る力をお貸しください」
真っ白な法衣が汚れる事も気にせず、地に膝をつき、純白のタリスマンを両手で握り、守護の祈りを捧げるラリサ。
その横ではラウタロが全員に向かい、筋力や俊敏性を強化する魔法を唱えた。
そして
アミールは鑑定の詠唱を終え、呪文を唱える。
「鑑定・・・え?」
杖の構えたまま固まるアミールが息をのむ。
大盾を構え、墓地から守るようにアミールを庇い、マイガは背中越しに問いかける。
「精神攻撃か?それとも鑑定魔法を妨害する何かか?俺の盾なら防げる」
「ち、違うんだ。鑑定の結果が…」
一瞬、口ごもるアミールを見て、ラウタロが苛立ちを隠せず低く問い詰めた。
「何が出たんだ?」
ラリサが間に入る。
「ラウタロ、そんなに急かさないで。アミール、落ち着いて」
アミールは震える声で告げた。
「『スケルトン・ソードマスター エッジ』…それと…『スケルトン・エクリプス』…これ以上は鑑定できない…上位存在だ」
誰も声を出さない。四人の間に走る冷たい空気。それは、信じたくない現実そのものだった。
「ラウタロ、ラリサ。『ソードマスター』や『エクリプス』ってクラス知っているか?」
マイガは二人の顔を見た。
「ソードマスターはおそらく、そのままの意味で、剣の達人とかか?で、だ。エクリプスってのはなんだ?」
ラウタロの言葉に一瞬場が和むものの、その緊張感は消えなかった。
そして、その問に答えるものは居なかった。
「とにかく、だ。落ち着いて、対処は柔軟に。視野を広く」
「皆にディクト様の加護を。我らに導きを」
マイガのいつものセリフとラリサの祈り。
いつの間にか決まった、戦いの前のやり取り。
落ち着きを取り戻した四人は互いを見つめ、頷いた。
だが、何か様子がおかしい。
二体のスケルトンは揉めている?
骨同士が打ち鳴る音が聞こえた。まるで論争しているようだった。
「な、なんだ?」
思った事を、咄嗟に発言するラウタロに応える相手はいない。
だが、スケルトンの会議は終わったようだ。
そして
剣士だけが前に出てきた
「あのシミター!二本とも魔法剣だ。出し惜しみは無しだ。やつは『異常』だ!」
ラウタロは魔法の目を自身にかけていた。
あの光り輝く武器。そして足音のしない歩容。自然に溶け込むような存在感の薄さ。
「ラリサ、ラウタロを信じろ。ここでやられてしまうほうが信仰を台無しにするぞ」
マイガはそう言いながら薬物のビンを一気に煽る。そして渋い顔をラリサに向けた。
信仰上、薬物の使用など忌避される。腰から一本のビンを取り出し、睨むラリサ。
「ディクト様、お許しください。どうかお慈悲を」
ラリサも両手でビンを傾け、薬を飲んだ。その不味さからか、しかめっ面をしながらスケルトンを睨む。
スケルトンが剣を掲げ、四人の進入を待ち構えるように動きを止めた。
大盾を構え、前進するマイガ。
その隣、半歩下がった位置にラウタロ。
後方にラリサとアミール。
いつもの初期陣形を組んだ。
両手に曲剣を持つスケルトンはナイフを地面に撒いていた。
そして、自身はぐったりとしたような脱力した姿勢。
すぐに見抜いたホディトの面々。
「突進がくる。マイガ、抜かすなよ」
「ああ、止めた後は頼むぞ」
ラウタロの声に、マイガは答える。
後衛の二人は警戒しながらも、魔法の構築に入る。
予想通りの早い突進
しかし
狙いは後衛ではなく、ラウタロだ。
左右のシミターは別の生き物のように動く。
斬撃や刺突を緩急交えて繰り出す。
ラウタロは自身の丸盾と剣を巧みに使って防ぐ。
が、手数に圧倒されて後退する。
腕の振りだけではなく、足の移動も早い。
「舐めるなよ」
風が吹く。
スケルトンの側面からマイガの大盾が迫る。
だが、スケルトンはそれを待っていたのか、地面と垂直の縦にやわらかく両足を乗せた。
盾の突進の力を利用し、スケルトンは飛んだ。
アミールは見ていた。
呪文の詠唱をしながらも。
そして着地の瞬間を狙う。
ここだ!
こまかくジグザグに動く「雷撃」の呪文を放つ。
火炎よりも氷結よりも速度のある雷撃を選んだ。
狙った方向は「完璧」
当たった。
そう思った。
スケルトンに迫る雷撃は、両手に持つシミターに細切れにされた。
ばかな、本当に魔法を切るのか。
光よりも早く剣を振れるのか。
アミールは驚愕して、一瞬思考が停止し、体も固まってしまっていた。
「聖なる泡よ、邪を包みなさい」
その横では、ラリサが魔法を放つ。
威力は小さいが、小さな聖なる光を多段的に放つ。
アンデッドの体に吸い寄せられるように、無数の光玉が軌道を、そして速度を変化させ、スケルトンに迫る。
その魔法をもスケルトンは片手のシミターで的確に切断し、霧散させていく。
そしてスケルトンはアミールに迫る。
その後ろからラウタロとマイガも追うが、全く追いつかない。
一瞬で位置が変わる。
手も足も全てが早すぎる。
固まっているアミールにシミターが迫る。
「アミール!首を守れ!」
走るラウタロは咄嗟に叫んだ。
聞きなれたラウタロの声。
アミールは我に帰り、首を竦めた。
アミールの眼前に迫るスケルトンは、両手のシミターを十字に振ったのが見えた。
片手で持っていた杖が、縦に切られ、竦めた首のフードだけを切られた。
突如、スケルトンは振り返る。
ラウタロに向き合う。
ラウタロは丸盾を構えながらも、刺突の姿勢で構える。
シミターの先で回しているアミールのフード。
ラウタロの刺突を体を捩って躱すスケルトンは、器用に両方のシミターの先端でラウタロの顔にフードをかぶせる。
ラウタロの後方から、マイガのフレイルがスケルトンに迫る。
だが、マイガの視界からスケルトンは消えた。
マイガはわかっている。
大盾の裏にいる。
大盾を勢いよく当てるシールドバッシュを敢行する。
だが
大盾の押し終わるタイミングで、盾の中央を力強く蹴られ、体のバランスを失う。
「しまった」
のけぞる姿勢に迫るシミター。
足首に刃物の当たる感触。痛みはないが転倒する。
空を見たマイガは、右手に持つフレイルの先端部分がじゃらりと地に落ちる音を聞いた。
スケルトンは誰にも切り傷を作らずに、飛びのいた。
アミールにも、マイガにも致命傷を与えることはできたはずだ。
マイガが立ち上がる。
苛立ったような怒号をあげて顔のフードを外し地面に叩きつけるラウタロ。
驚愕から立ち直り、次の呪文の詠唱をはじめるアミールと、守護の祈りをはじめたラリサ。
四人は再度驚愕する。
ホディトのメンバーは皆貴族との付き合いがある。
そして王都の貴族皆が知っている舞踏会。
男女が向き合い、手を取って腰を抱き、ゆったりと踊る。優雅な動き。
スケルトンの剣士がその舞踏そっくりな動きをしていた。
「てめぇええ!」
「待て、ラウタロ。落ち着け」
激昂するラウタロを鎮め、マイガは続けて全員に声をかける。
「もう一度、陣形を整えるんだ。あの速さには慣れれば追いつける」
自分でそう言ったマイガだったが、本音は「本当か?」と疑問の声をあげている。
しかし
突如、ナイフが飛来した。
最初に撒いたナイフを踊りながら器用に蹴ったのだ。
地面から直線的に地を這っていたナイフが突如、生きているかのように跳ねた。
下方向からの上昇するような軌道。
ラウタロとマイガは盾で防げた。
だが、後衛の二人には刺さっている。
まだナイフは大量に転がっている。
「マイガ、もう俺たちであいつを押さえるしかない」
「そう…だな。あの二人の回復の時間を稼ごう。焦るなよ、挟撃が基本だ」
ラウタロは見ていた。魔力の目で。
スケルトンの持つシミターの解放した「色」を。
緑と紫、見たことのない魔力の色。一体何の魔法の力が秘められているのか。
しかし、それを仲間たちに言い出せなかった。