中庭と言うよりも裏庭だ。
屋敷の裏手は森になっており、屋敷と森の間に鉄柵が設けられていた。
敷地内は手入れがされており、柵に沿うように植えられた木々も整っていた。
外に出てわかったが、この屋敷はコの字形の平屋だ。
吸血鬼の屋敷と言う割に、建物はそれほど大きくないと感じた。やはり、窓は少なく小さいな。
しかし、敷地、庭は広かった。
エッジとヌイグが向かい合っている所は五〜六メートル四方はある、何も無い空き地のように見える。
その奥にいくつかの墓標のようなものがあるだけだ。
セミョンともう一人の簡素な黒い衣服の女が来た。
この女も赤くない。生きてはいない。
「彼女はナディアだ。お前たちと同様に声が出ない。まあ後にしよう。はじめていいぞ」
カールの声に反応し、すぐにヌイグはエッジに向かう。
エッジは構えもしていない。ただ立っている。
接近しているヌイグの手から赤い爪が生えた。
両手に一メートルは越える長さの爪。
それを片手は頭上から振り下ろし、もう片方は刺突。
両手ともに頭蓋骨を狙っているのがわかる。
速い
だが、エッジの動きを知る俺の目に追えるようなら無駄だ。
エッジはすり抜けるように、一歩前に出てかわす。
爪がぐにゃりと曲がり、エッジを追う。
しかし、ヌイグの前に立ったエッジは、ヌイグの腹に前蹴りを入れて吹き飛ばした。
後方に転がりながらも、地に手をついて素早く立つ。
「なんだと?」
指を揃えて伸ばすと、人差し指から小指まで赤い爪が生えて捻れて一つになった。それが両手だ。
赤い螺旋は脈動している。
「貴様、殺してやる!」
「いや、スケルトンは死んでいるぞ」
ニヤけたカールは楽しそうに言うが、こいつはどちらの味方だ?
「剣を抜け!本気じゃなかったなど後で言い訳させん」
赤い螺旋の爪先を向け宣言した
エッジは「やれやれ」と、言った感じで一本のシミターを背中から抜く。
それを見たヌイグは間合いに入り、殴り、突き、時に蹴る。
エッジは全てを簡単に避け、いなし、払う。
ほぼ初期位置から動いていないようだ。
「もうよいか、ヌイグよ」
カールの声に、震えながらヌイグは何故か俺に爪先を向けた。
「こんなスケルトンども、俺が砕いてやる!」
まあ、相手をしても良いか…
そう思ったのだが、ヌイグの片手が宙を舞った。
俺を指していた肘から先が、クルクルと回って地面に「ぽすっ」と落ちた。出血はしていない。
「な、なに?」
二刀のエッジは瞬く間にヌイグのもう片方の手も切り落とすと、首も跳ね飛ばした。胴体がばたりと倒れる。
「き、貴様!何の真似だ!不意打ちとは!」
コロコロと転がる首だけで話すヌイグの首から上の頭。
エッジは二本のシミターを背中の鞘に納めると、首を持ち、倒れた胴体に切断面で合わせた。
同様に自身が切り落とした両手も切断面を合わせる。
そして離れて立った。
「ほう、治るのを待つのか」
カールは相変わらずニヤニヤして見ている。
並んで見ているセミョンとナディアは最初から表情に変化はない。
ヌイグの体は何も無かったかのように立ち上がる。
体のほこりを軽く払い、赤い爪を伸ばす。
一歩、たった一歩踏み出したヌイグは、手足を根本から切断され、崩れた。
地に崩れた瞬間に頭と胴体が離れる。
エッジの抜刀の瞬間すら見えなかった。
ヌイグの頭は何か罵声を吐いている。
再びエッジはヌイグの体を並べて離れる。
「ヌイグ、気は済まんのか?」
「くそっ、こんなはずでは」
気は済まんらしい。
次は肩、肘、膝、そして首を落とされた。
そして、エッジは体を並べると、ヌイグの頭に腰をかけた。
「ちくしょう、こんなボロ骸骨ごときに」
口だけは元気なようだが、まだわからんのか。
回復も遅くなったな。
カールは手を一度叩く。
「そろそろ時間だ。切り上げよう」
回復途中のヌイグを放置して、俺たちはカールに続いて屋敷に入った。
さきほどの机の部屋に戻った。
椅子に掛けたカールはすぐに赤い糸で俺たちと会話できる状態にした。
俺は隣に立つナディアも糸を手首に巻いている。
そして、その口は針金のような細い金属で縫い合わされている。黒い首輪はおしゃれか?
「さて、余興も済んだ。ご苦労だったな、エッジ」
「何、構わんさ。俺はあいつ以外と戦いたいのだがな。お前の後ろのじいさんとか、そこの女とか」
たしかに、アレ以外は皆強そうだな…おっと、安易な思考は読まれるな。
「くっくっく。お前達は好戦的だな。だが、ヌイグよりは賢い」
笑うカールに対し、申し訳ない感じで少し頭を垂れるセミョン。
「カール様。私はご遠慮願いたいのですが」
「…わたくしは構いませんよ。あなたたちはお強いのですね」
「ほう、ナディアが興味を持つとは珍しい。しかし、もう下がってよいぞ」
そう言われたナディアの赤い紐が解かれる。
長いスカートを軽く摘まんで持ち上げ、会釈して去っていった。
「そうだな、エッジよ。これから話す計画が全て済んだら戦う許可を与えよう。それが褒美だ。どうだ?」
その問いかけに、エッジは楽しそうに答える。カタカタと顎骨をならす。
「はっは。いいだろう。久しぶりの仕事だ」
「カール様。私もですか?ナディアだけで?」
セミョンの質問に、考える素振りをするカールだが、エッジの「両方だ」と言う思念が伝わる。
「そういう事だセミョン。さて、計画を伝える」