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亀裂

 カールの屋敷まで転送陣と徒歩で戻る。

 山の下りは昇りよりも速かったが時間は掛かった。

 屋敷に戻り、出迎えたセミョンに

「今回は遅かったのですね」

 と言われ、殴りそうな自分を抑える。


 カールの書斎へ案内されて報告をする。

 いつものように赤い紐が俺達を繋ぐ。


「ドラゴンも来ない。どうも貴様は魅力がないのではないか?」


 なんとなく、嫌味を言ってみた。しかし、カールのニヤニヤとした表情は崩れない。

「そうか。しかし、お前達。また一段と強くなったのではないか?」

 そんな事を言い出した。そして俺に向かって告げた。

「お前、名前をつける気はないか?私が直々に授けるぞ」

「断る。お前の眷属にも奴隷にもなる気はない」

「そんな事よりも鍛冶屋か防具屋を紹介してくれ。鞘とベルトが壊れちまった」

 俺達のそんな回答に、背後のセミョンが一歩前に出てきた。


「カール様のお慈悲にたいして、その態度はあんまりではないですか?」

 カールは片手を水平に上げてセミョンを制した。

「くっくっく。良いのだ、セミョン。良いのだ」

 カールの目が赤く光ると、黒い霧が立ち込めた。

 俺の目の中に入り込む黒い霧。


 これは…


 エッジを確認すると、既に二刀を抜いている。

「お前程度の力で俺達を支配できると思っているのか?」

 俺は無意識に自身の胸を拳で叩く。

 胸の中の黒いモヤから、黒い影と光が室内にほとばしる。

 室内の黒い霧は俺の中の黒いモヤに全て取り込まれてしまったようだ。

 俺は手刀でカールの目の前の机を叩き割る。

 同時にエッジが踏み込む。

 カールを狙ったその攻撃は、護るように前に立つセミョンに妨害される。

 エッジの左右から振るシミターを、その手のひらで金属音を響かせ受け止めていた。

 エッジが力を入れるも、びくともしない。

 エッジは飛び退いて、俺の隣に立って口を開く。

「よし、やっと祭りだ!」

 俺に向かい、楽しそうに言った。



 エッジはセミョンに狙いを絞ったようで、鋭い踏み込みから連撃を放つ。

 上下左右から、振り、突き、薙ぐ緩急を交えた攻撃に、セミョンはジリジリと後退をしている。

 しかし、その手足は金属のようでシミターで斬られずに、金属音を響かせ跳ね返していた。


 俺はまだ椅子に座ってニヤけたカールを見る。

 ノーモーションで、その二ヤついた顔面を殴る。


 なに


 カールは避けもせずに、その顔面を俺の拳が貫通する。

 そして、俺の腕を保持するように、その顔の穴は一気に閉じる。

「くっく。どうした?」

 俺は咄嗟にもう片方の手で、そのカールの頬をひっぱたく。

 掴まれた腕は動かない。

 だが、そんな事は関係ない。

 掴まれた俺の腕が砕けようと、何度も手を広げ往復させる。

 だが、ダメージはなさそうだ。


 しかし、あれならば。

 あの力、胸の黒い力ならば。

 そう思い、自身の胸をついた。

 あばらが二本折れたが、俺は黒いモヤを掴んだ。掴めた。

 指を食い込ませ、その指が黒く染まったのがわかった。

「これはどうだ?ロード様」

 俺は見開いた片目に、黒いひとさし指をねじ込む。

「な、に…」

 ねじ込んだ指をぐりぐりとかき回してから、親指と中指もねじ込む。

 眼球を掴み、引き抜く。

 そして、その赤い瞳をカールに向けた。

「自分の目を自分で見る気分はどうだ?」

 そのまま眼球を握りつぶし、もう片方の目を突く。

 拘束されていた手が緩んだ。

 手を抜き、両手で頭を掴む。

 その顔に何度も何度も膝を叩きこむ。

 ダメージが有ろうが無かろうが関係ない。


 気付けば、俺の両手が黒く染まっている。

 ぐちゃぐちゃになったカールの顔は、ゆっくりと時間を戻すように復元している。

 片手で髪を掴み、その顔を黒い指でひっかく。

 声にならない悲鳴を上げた表情をカールが見せた。

 カタカタと俺は笑うしぐさをする。

 そこで、俺は天井に吹き飛ばされた。

 地底から重低音の声が響く。

「調子に乗るのもそこまでだ」


 俺の体は壁を突き破り、屋外まで飛ばされた。

 赤い骨格に黒い翼を生やしたカールがすぐに飛来してきて、俺を踏み砕く。

 しかし、俺はその足を両手で握る。

 強く、強く、黒い手で握ると、足は骨の手ごたえを感じさせずにちぎれた。

 先ほどの顔面を蹴っていた時も骨があたる感触はなかったな。

 そんな事を考え起き上がる。

 あばらをかなり失ってしまったが、まだ戦える。


 カールはいつの間にか、真っ赤な刺突剣を持っている。レイピアか?

 スケルトンが刺突に強い事はわかっているはずだ。だから、何かある。

 俺は半身に構える。

 鋭い踏み込みから、カールは俺の真正面に刺突を放つ。

 俺はそれを掴もうとする。

 しかし、レイピアから、大量の赤い紐が伸びて俺を球状に囲った。

 殴っても、蹴っても、その赤い球状の檻は壊せなかった。俺の黒い手でもダメだった。

 頭の中で何かが囁いている。


「お前達を殺してしまうのは惜しい。私に従うのだ」

 カールはニヤニヤと見下すように言った。

 翼やレイピアはしまったようで、黒いスーツ姿に端正な顔立ちが戻っている。

「貴様の支配など、名付けなど受けないぞ。俺はケイだ」

 その答えにも、カールは「くっくっく」と笑うだけだ。

 俺の頭蓋骨に声が響く。

「ケイ様、私にお任せを」

 指輪から青白い上半身が出てきた。

 そして、その口から吹雪を吐く。

 空は雲一つないのに、上空からは大量の雪が降っていた。


 赤い檻は凍り付いたようで、触れるだけで粉々に砕けた。

 カールも薄っすらと凍り付いているが、パキパキと動きを取り戻している。


 ならば


「おい、ゴースト。吹雪を続けろ」

 俺はそう言いながら、カールをひっかく。

 ちいさな氷の破片が飛び散る。

 顔や体、どこも構わずひっかきまわし、小さくする。

 細かくすれば、回復は遅れるはずだ。

 まだだ、まだ粉々にしてやる。


 小さな赤い氷が白い雪の上に散乱した。

 その氷をも、俺は踏み砕く。

 俺を支配することは許さん。ルーやギドならまだしも、お前ごときに。

「カールよ。お前の支配は受けん。太陽が昇るまで、永遠と砕いてやる。調子に乗ったのはお前の方だったな」

 凍らなかったらまずかったな。

 このゴーストには助けられた。

 以前もゴーストに助けられたような…


 エッジが首を振りコキコキとならしながら、屋敷から出てきた。

 その手には首を持っていた。

 首から上の頭。

 白髪を掴み、振り回すように大きく手を振って俺の元に来た。


「兄弟、やっぱりバラバラにしたのか。ヴァンパイアは大した事がないな」

「ああ、そうだな。このまま日の出を待てば、俺達の勝ちだ」

 俺とエッジの会話に生首が口を挟む。

「私はどうなっても構いません。カール様は…」

 エッジはその口にシミターを差し込み、口から下を切り落とした。

 おどけるようなしぐさで俺を見る。

 なんだかんだ言いながら、エッジは楽しそうだった。


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