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海の見える景色

 行く宛は無い。

 ドライアド、ビュルの知識は豊富だが、ネクロマンサー・ギドに関する知識は、一切なかった。

「周囲の地形は把握していますが、この辺りで一番高い山の上から、目視されてはどうでしょうか?何か手掛かりがあるかもしれません」


 そう言われて山頂を目指し、山を登る。

 俺は、ルーの呪いでビュルの人格は崩壊し、会話不能な廃人状態を予想していた。


 しかし


「山頂で思ったのですが、もっとも高い位置が、地位の高い者が座すなどの生者の基準は愚か極まりないですね。世界でもっとも尊いのは昔からケイ様と決まっているのに。

 ケイ様にこそ、頂きはふさわしい」


 なんだ、こいつは。

 何がどうなれば、このような人格になるのだ?

 道中、ずっとこんな感じなのだが、奇妙な点があった。


 山の崖を登り、振り返ると海が見えた。

 そこでビュルが言った言葉。


「あの時、一緒に海を眺めましたね。また、こうして巡り合えたのは、一重にケイ様のお力の賜物でございます」


 俺は、何故かその情景が浮かんだ。

 共に坂を、手をつなぎ、登ったな…


 何故だ?

 俺は侵食されているのか?

 俺がビュルを侵食しているのか?

「私がケイ様を攻撃したり汚染する事はございません。我が名、ビュルに誓います」

「では、何故だ。何故、記憶を共有している?」

「本当に忘れてしまったのですか?私たちは何百年も前から共に在ったではないですか」

「何?何を言っている。お前を見たのは、先ほどが初めてだ」


 黙り込むドライアド。

 俺は黙々と山を登る。

 崖を見上げ、岩に手を掛ける。

 夜空が見えた。黒い月は見えない。一つの星の煌めきと同時にドライアドは言葉を発する。


「静まりなさい」


「なんだと?やるのか」

「いえ、申し訳ありません。まだ、私の一部が統率出来ておらず、彼女らが騒いでいまして…

『私と話せば、ケイ様は全てを思い出す』

 とか

『僕と主人格を変わりなさい』

 とか

『私の事を忘れているのは、あんまりではないですか』

 とか」

「いや、もう良い。とにかく、必要な時に呼びだすから、それ以外は黙れ。人格の統率にしっかり取り掛かれ」

「…かしこまりました」


 何か不満そうだが、問題はないだろう。

 何かあればルーが手を貸してくれる。






 待て


 俺は岩場の斜面で立ち止まる。

 何故、ルーに頼っているのだ。

 さも、それが「当然」のように。

 まさか、この一連の行動も、奴の思惑のうちか?

 しかし、ドロシーを介して感じたのは、ドライアドは予想外の収穫を匂わせていた。

 そもそも、ルーが「善意」や「親切心」で俺に手を貸すことなどない。


 ルーは実験的な目的や、何かの知識などを求めて俺を利用している。

 いいだろう。

 俺は、はじめから、俺の目的の為に動く。

 その為ならば、利用されて、利用してやろう。

 ただ、信用してはダメだ。

 ルーも、このドライアドも。誰も。

 俺が、本当に信頼できたのは、エッジだけだ。

 俺から、全てを奪った奴らのような存在…決して、決して許さんぞ、勇者、聖女。

 見上げる夜空は赤く染まる。

 消えない怒りを抱き、俺は崖を登る。

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