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石積

 朝日が昇り切る頃、狭い山頂に到着した。

 周囲は低木よりも低い草程度しか生えておらず、見通しは良い。


 山は連なっている。

 麓は森。焼けた部分も見て取れる。火はまだ燻っていた。

 遠くに海。浮かぶ数隻の船。生者の街、港町か。かすかに見える。


 再度、山岳を見渡すと、不自然な点を見つけた。

 人工的に切り開いたような、木々の間に開く茶色い岩と土。


「ドライアド、あれはなんだ」

 俺の指先が見えているのか、ドライアドはすぐに答えた。


「採掘場ですね。人間たちが、山を掘って鉱物を採取しているのです。人間の力では、たかが知れているので関与はしていませんが」


 山間の洞窟、いかにも何かありそうな感じだが、人工物か。

 カールのように、郊外にひっそりと佇む屋敷などが、ネクロマンサーに似合いそうだし、わかりやすいのだが。

 そんなものは見当たらない。

 その採掘場に向かうことにしよう。


 連なる山の尾根伝いに進む。

 この辺りに来る人間がいるのか、草木は切り開かれ、踏み固められた道が続いている。

「人間が山頂で、山や太陽に祈りを捧げるのです。他にも山間部の動植物の採取などです。当時の愚かは私は、祈る人間に感謝していましたが、ケイ様こそが祈る対象…」


「黙れ」


 ドライアドは黙る。

 信仰や祈りに怒りを感じる。


「質問に端的に答えろ。お前の思考や意見など不要だ」

「かしこまりました」


 乱雑だが、整備された山道を進む。

 道中には、いくつかの石積があったが、奇妙な岩が見えてきた。

 切り立った崖に面した、平坦な山道の真ん中に、無造作に積み重なったような不自然な塊。


 あれは、ただの岩や石ではない。


 何か、人間、生者たちの罠か。

 俺は警戒し、落ちている拳大の石を二つ拾う。

 左右の手で握り、いつでも投げられるように構える。

「あれは、岩の妖精です。知能はかなり低く、普段はああして動かない事が多いですが、攻撃的な一面を持っています。人間達には『ストーンバック」などと呼ばれて魔物と扱うものもいますが、山の守護者とも呼ばれています」

 そんな存在もいるのか。

 ドライアドの時と同じように、赤くは見えない、生物ではない。

 しかし、妖精、精霊、守護者。

 生者に加担するような存在だろう。


 俺は投石の構えを取ったまま、岩の精、ストーンバックにじりじりと近寄る。

 かなり近づいたが、反応は無い。

 このままやり過ごすが、それとも戦うか。

 生者相手ではない。倒す必要性はないか。


「覚醒しました」


 ドライアドの言葉に、俺は咄嗟に一つの石を投げつけた。

 石は岩の塊、ストーンバックの真ん中に直撃し、砕けた。

 ダメージはなさそうだ。

 俺は数歩下がり、距離を取る。


 岩の塊は膝を抱いて丸まっていたのか、ギシギシと音を立てて立ち上がる。

 ゆっくりと両手をあげるような姿勢で固まった。

 足は短く、手の方が長く太い。頭は無い。

 でかい。身長三メートルほどはあるのか。


「んー」という、濁った低いうめき声をあげだした。

 伸びをしているのか。

「ケイ様に関心は無いようです。なんと不敬な」

 もういいだろう。

 俺の目的は、ネクロマンサー・ギドを探すことだ。

 急いでどうこうなる事ではないが、相手は生者ではない。

 無駄な戦闘は避けるか。


 山道の真ん中で、立っているストーンバックを警戒しながらも、横を通り過ぎる事にした。

 警戒していたが、ストーンバックは万歳の姿勢のまま、全く動かなかった。

 通り過ぎた先を十メートルほど進むと、緩やかな下り坂になっていた。

 その時に背後から「まー」と聞こえるような低く重い声が聞こえた。

 すぐに振り返り、構える。

 先ほどの石は握ったままだ。


 ストーンバックは、ゆっくりと両手を地について動き出した。

 なにか、ゴリラが四足歩行しているような姿勢だ。

 動きは緩慢だが、力強さを感る。


「敵意は感じません。ですが、何をしたいのか」


 俺の手前までくると、巨体をかがめた。

 目は見当たらないが、こちらを認識しているようだ。

 石を握ったままの右手を差し出した。

 左手はすぐに殴れるように構える。

 ストーンバックは「ふがふが」という奇妙な音を立てている。

「なにがしたいのだ。やるのか?」

 四つん這いで、身をかがめたままのストーンバックは、じりじりと俺に近寄り、無い頭部分を俺の右手に寄せた。


「ドライアド。こいつは何をしているんだ」

「申し訳ありません。わかりません」

「精霊同士ではないのか」

「わ、わたくしは、このような下等な、知能のないような者と同列ではありません!」

 役にたたんな。もう無視して行くか。

 背中を見せるのは得策ではないと思い、俺は後ろ向きに歩き出した。


「まー待て」


 ストーンバックは明らかな声を発した。

 重低音の声で、喋るのは遅いが、確かにそう言った。

 だが、もう相手をするのはやめた。


「これが欲しいのか?ほら」

 右手に持った石を軽くストーンバックの前に投げる。

 地面に落ちた石を、ストーンバックは拾った。

 指があるのかないのか、わからない手が岩石で形成され、器用に摘まみ上げ立ち上がる。

 胸の部分にヒビが走り、その中へ入れていた。

 あれが口か。

 俺にはもう関心はなかったのだが、突如、ストーンバックは咆哮をあげた。

 身体をのけぞらせるような姿勢で、胸の口を空に向かい大きく開いている。

 空気を震わせる、その雄たけびは地面まで揺らしている。


 時間にして三秒程度の、その叫びの後、ストーンバックは丸くなり、俺の横を素通りして坂道を転がっていった。


「いくか」


 感情の籠らない声を自身に掛け、俺は再び山道を歩き出した。 

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