※街の防衛を担う、とある冒険者の視点
彼らは、その日も朝から穴に潜った。
この町に流れて来る者はそこそこいるが、炭鉱夫は常に人手不足だ。
さすがに凶悪犯などはお断りだが、最近、聖王国との戦争が本格化して徴兵も始まった。
それから家族共々逃げて来るような者達ならば、歓迎している。彼らは着の身着のまま、わずかな手荷物だけで、家族でお互いに肩を抱くように訪れるから、すぐにわかる。
ハッキリ言って、ディクト教など信じる気にはならない。この国も、この町も、信仰は自由だ。人間以外も受け入れる自由な国、町を気に入っているものは多いはずだ。
私はソマリ、港町出身の冒険者だ。
若気の至りで家を飛び出し冒険者になったが、歌われるような冒険者になる素質はなかったようだ。
吸血鬼討伐に失敗し、たくさんの住民も冒険者仲間も失ってしまった。
知識をつけ、慎重に立ち回ろうが、人間では勝てない存在はいる。
帰ろう。
父親もいい歳になり、海へ漁に出れないだろうと、理由をつけ、帰ってきたのだが、父も母もまだまだ元気だった。
炭鉱町で仕事がある
ギルドでそんな話しを聞いて、いい歳をして実家にいる気まずさから飛びついた。
仕事内容は
「たまに炭鉱内や周囲に出るモンスター討伐」
炭鉱夫を守るのが仕事だが、大概の炭鉱夫は屈強だった。
炭鉱内に出る、コウモリやモグラのモンスターなど、私の出る幕などなく、ツルハシで即座に仕留められる事が多い。
稀に出る、大蛇や獣などのモンスターを他の冒険者と共に討伐する程度だ。
先日、大きな六本足の茶色いトカゲを炭鉱入り口付近で見かけたと、鉱夫数人から報告があった。
人も捕食する、ロックリザードだろう。
私も警戒していたが、ある朝、鉱夫数人が発見し、その手足をツルハシで抑え込んでいた。
私は即座に駆けつけて、頭と心臓部に槍を打ち込み、絶命を確認した。
「すぐ来てくれて助かったよ」
そう言われたが、私は彼らに怪我がなく安心した。
そんな生活を二年ほど続けていた。
明日も、同じ日が来ると信じて。
その日も仕事を終え、いつもの酒場へ仲間たちと向かう。
毎日、夕飯時に一杯程度の酒を飲むくらいの収入はあった。
炭鉱夫たちにも顔見知りが増え、挨拶を交わし、談笑しながら酒を酌み交わす。
「ソマリのにいちゃん。この前の礼だ」
土で汚れたままの顔で、私の前に肉料理の皿をゴツゴツした手で差し出した。
「あ、いえ、皆さんを守るのが私たちの仕事ですから」
謙遜するが、力強い手で背中を叩かれる。
「遠慮するなって!狼に噛まれて怪我したら、ツルハシ握れなくて、食い扶持も無くなっちまう!」
周囲は笑い声に溢れている。
無骨だが、温和な人たちが多い。
故郷の港町と同じく、荒っぽいが、優しい人たちばかりだ。
私はこの町が、炭鉱で働く人たちが好きだ。
戦争に備えての鉱物需要が多い事もあり、町の景気は良かった。
小さな古い炭鉱の町。
商業地区は細い路地が入り組み、炭鉱の近くは鉱夫たちの住む簡素な家屋が立ち並ぶ。
町の中央部には広場があり、酒場やギルドが集まっている。
将来、この炭鉱はもっと大きな町になるのかも知れない。
そんな、希望を抱かせる要素を過分に含んで、その酒場も賑やかになっていた。
酒場の喧騒の中、若い男が飛び込んできた。
炭鉱夫ではない。革鎧に剣を腰から下げている。
私はすぐに気づいた。
誰かを探している。
最近、港町から派遣された冒険者だ。
彼は、町の周囲の見回りをしていたはずだが。
私はいつのまにか、この町で一番古い冒険者になっていたのだ。
彼は私を探している!
嫌な胸騒ぎがする。
しかし、私はエールのジョッキを置き、手を挙げて、彼を呼ぶ。
「おーい!こっちだ」
彼はすぐに気付き、人を掻き分け、来た。息を切らせて。
「ソマリさん!魔物が来た、でかい岩だ!」
鐘の音が遠くで鳴る。
だんだんと、その音は多く、近くなる。
炭鉱夫たちは、皆私を見ている。
「ソマリ、ちょちょっと行ってきてくれ」
「旦那、出番だ」
「ソマリのにいちゃんがいれば大丈夫だろ」
彼らは口々に私の名前を出す。
光栄なことだが、悪寒がひどい。
「行こう。場所を教えてほしい」
私は立てかけあった槍を握り、酒場を出た。
町の正面入り口付近から、土煙が上がっている。
平屋の家よりも背の大きな岩の塊が移動している。
バカな…何故ここに…?
無意識に、若い冒険者の胸ぐらを掴んで引き寄せていた。
「兵舎へ走れ!『ストーンバックが出た』と叫べ!」
私は手を放し、酒場にいる仲間たちの元へ走る。
酒場のマスターを交え、要点を伝える。
「手に負えない怪物が出現した。
騒ぎ立てないように、速やかな避難を。マスター、お願いします。
我々は、避難の間の足止めだ。守備兵は少ないが、協力して当たろう」
酒場の鉱夫たちは、無駄に騒がずに速やかに行動してくれた。
町の地形は把握している。
幸いな事に、ストーンバックはこの地区には来ていない。
私は以前に、山の守護者と言われるストーンバックの存在を見たことがあった。
国境の、ここからかなり離れた場所の山間で、ベテラン冒険者と共に遭遇した。
その時は積み上げられた、ただの岩だった。
しかし、廃墟と化した村々は…
ストーンバックに襲撃され、あっという間に滅んだ
地面や壁面についた大きなシミが、単なる伝承などではないと、物語っていた。
積み上がった石積みにも、衣服や木材、人の髪が巻き込まれていた。
私とベテラン冒険者は、町に戻り、ギルドに報告すると、討伐体を組むとか、国に依頼を回すかと言った騒ぎになった。
この町にも、知っている人はいる。
ストーンバックは生きた天災だと
山岳地帯に生息し、普段は積み重なった岩と見分けがつかない状態で休眠している。動き出すと巨躯を揺らしながら直進し、障害物を力任せに押し潰して進む、自然災害の擬人化のような存在。
大体、ただの岩を、岩の塊を攻撃して、効果などあるはずがない。
町の兵たちが隊列を組み、通りを歩いてきた。
その数は、わずか九人。
町の守備兵はせいぜい十数人程度。冒険者も炭鉱周辺の軽い護衛が主で、対大型モンスター用の装備は乏しい。町全体でも四、五十人の戦力を集めるのが限界か。
私たちが兵を止め、共闘の事情を話している途中で、その兵隊長が
「わかっている。若い冒険者が知らせてくれた。君の指示だろう。町人の退避に人を割いているが、やつの相手はこの人数で足りるだろうか」
その壮年の兵隊長は、死地を理解して、微笑んでいた。
我々は、住民の退避に重要になる場所を守る為に、ストーンバックとその地点の間の路地に陣取る。
住民たちは、粛々と避難している。
夕焼けに照らされた鐘楼が崩壊するところを見ても、それほどパニックにはなっていないようだ。
報告が届く
ストーンバックは止まっているようだ。
「石積みになったのか」
そう聞いても、報告に来た兵士は、見た訳ではないからわからないようだ。
「このあたりの住民の退避は済んでいるだろう。君たち冒険者も避難しなさい」
兵隊長は、私たちにそう告げた。
彼は町の兵だから、引くわけにはいかないが、冒険者ならば、これは依頼外だろうと言う。
我々三名は顔を見合わせて、それはそうだが、と思ったが。
とりあえず、半数の人数に分け、交代で休憩をしようと言う事にした。
明日、朝日が出たら、我々冒険者は港町のギルドに報告に行くと言って納得してもらった。
我々も、この町が気に入っていたし、このまま警戒だけで無事に終わるのが理想だ。
我々冒険者三名と兵士三名が先に休憩することになった。兵隊長は残った。彼は「私にそちらは任せる」と言い、若い方から兵士を選び、私に付けた。気持ちは汲もう。
先ほどの酒場が近いので、そちらに向かう。
冷めてはいるだろうが、食べかけの料理と椅子もある。
酒の残りは、まあ、気分で。
そうして、無人の酒場に入り、誰かの食べかけの料理も食べ、飲み残しの酒を飲んで腹を満たした。
「椅子で眠れるなら、少し寝た方がいい」
そう指示を出した。
そうして、少しうとうとしていた。
轟音に飛び起きた。
外に出ると、視界内の建物は倒壊し、ストーンバックは走り回り、破壊を撒き散らす。
兵隊長が塩辛声をあげて、ストーンバックに向かって行ったが、礫と言うには大きすぎる石塊の直撃を受け、手足はちぎれ飛び散った。
金属の胸当てなど、何の役にも立っていなかった。
いくら人が集まっても、ストーンバックに対しては蟻が岩を押すようなものだ。
私の後ろで震えている三名の兵士と、身構えている二人の冒険者に声をかける。
「逃げよう!無理だ!」
私たちは港町に向かい走り出した。
無我夢中で走り、朝日が昇り、太陽が真上にある時には難民で溢れ返る港町についていた。
ギルドに駆け込み、ストーンバック襲来を伝える。
その後、私は一人、実家に逃げ込む。
自室の埃の臭いがするベッドに潜り込み、震える。
翌日、ストーンバック討伐体編成の話しを伝えに来たギルド職員に、辞退を申し出る。
あんなもの、人間の、私のようなものが相手にできる存在ではない。