目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

勇者 前編

 後に勇者となる、マーティンは聖王国辺境の村に生まれた。


 僅かな農業も行なってはいたが、近隣の森や平原での狩猟採取を行い、生計を立てる村落。

 時には、大型のモンスターや獣を狩り、皮の加工や骨、牙を武具に仕立て、大きな町との取り引きも定期的に行なっていた。


 当然、狩られる者に反撃を受けることもある。

 小さいが、村にはディクトの神殿もあり、怪我や病気の治療も行われていた。

 若いディクト僧が、村の祭司の元に治癒の奇跡の修行を積む機会を与える事もあった。

 それでも、辺境の村では、モンスターや獣に襲われて、亡くなる者は毎年いる。


 彼は、そんな村の、一般的な猟師の息子だった。

 幼い頃から彼は、自分の父や、共に狩猟に出る村人達を、情景の眼差しで見ていた。

 そんな尊敬する父の、捕らえてきた獲物を捌き、皮を干して加工する母も、立派だと思っていた。

 決して裕福ではなかったが、彼はそんな毎日に幸せを感じ、ディクトの神に感謝すると共に

「早く大きくなって、両親を支えたい」

 そう思っていた。


 しかし、幸福な日常は続かなかった。

 彼が十五歳になり、父の手伝いを始めた頃に、村に知らせが届く。

「オークの集団が近隣の村を襲撃した」


 彼の住まう村からは、まだまだ遠い村のようだったが、脅威は迫っていた。

 近隣の村々と協力して対峙することも考えていたが、村は国の軍に救援を依頼した。

 簡素な木柵の村では、百を超えるオークたちの食らい尽くす勢いには、いくら戦える村人たちだけでは無理のある話しであった。


「人類、人族を庇護する」

 と謳う聖王国、ディクト教の教義から、軍はすぐに編成され、派遣された。

 二百人を超える聖王国軍は、彼の村を経由して前線を目指す。

 彼は両親の承諾を得て、有志の援軍を申し出た。

「自分たちの村を守るものを、止める理由はない。しかし、前線は我々に任せ、支援を頼みたい」

 部隊の高官と思われる者に、そう承諾されて従軍した。


 この時、彼は攻撃の魔法も、回復の奇跡も使えなかった。

 父と共に猟に出る自分の為にと、少し前に両親が作ってくれた、槍と皮の防具を身に纏って、隊列の後方を、他の村の志願兵と共について行っていた。



 この隊の部隊長は副官を呼ぶ。

「お前は、魔法も奇跡も少し使えたな。あの若い村人、どう思う?逸材ではないか?」

 最後方で、馬を並べる副官は目を細める。

「あの手の中の光。今は弱いが、光魔法の素質。素性は先程の村人ですな。本人と両親に当たりましょう」

 副官は後方に一頭の馬を走らせる。

 そして本人は、徒士の彼に馬を並べるべく、馬の腹を蹴った。


 ほぼ全軍が長槍の歩兵で編成された軍は、ゆったりとした行軍の中、数度、前後方に馬が走っていた。

 一頭の馬が、後方から迫り、彼の隣で止まる。

 立派な馬と、白い胸当ての兵士だ。

「君は先ほどの村の若者か。いい装備だな」

 彼は歩きながら、身なりを整える。

 その顔は、褒められて、はにかむ少年だった。

「あ、ありがとう、ございます。両親の手作りです」

「いいか、我々の戦いをよく見ておくのだぞ。決して死ぬなよ。そして、共に村を救おう」

「は、はい!」

 騎兵はそれだけ言うと、また後方に下がって行った。

 彼や、他の志願兵たちは「激励かな?」と思っていたが、一人の若者が、彼の肩を叩いた。

「お前に声を掛けていたな。聞いた事がある。有能な者に声を掛け、軍に引き抜くらしいぜ。給金もいいらしいぞ。いいなあ」

 彼は、将来、父と同じように村で猟師になると考えていた。しかし、先ほどの立派な馬と武装の軍人に、自身を重ねていた。



 副官は部隊長に馬首を並べる。

「どうであった」

 部隊長の言葉に、副官はニヤリとして答える。

「いい若者ですね。思わぬ収穫になりそうです」

 部隊長は、顔のシワを深くする。

「ふふ、お前がそれだけ褒めるとは、珍しいな」

「ええ、あれは我々よりも偉くなってしまうかも知れませんよ」

 二人は笑うが、顔を引き締める。

「では、しっかりと勤めを果たさねばな」

「オークなんぞに引けを取れませんからな。いいところを見せてやりましょう」


 部隊は、街道を進む。彼の村の次の村にオークたちはいた。村の食料も、村人も食われている。

 最近襲撃し、根城にしたのかもしれない。

 外周の木柵は、数カ所壊され、争った跡があるが、死体はない。

 オークたちは、仲間の死体をも喰らう。


 時刻は夕刻で、朝からの行軍の後だが、陣を展開した。


 正規兵たちは、横一連に並び、槍襖をひいた。

 後方に僅かな弓兵と騎兵が散らばる。

 オークたちは村の外に集まり出した。

 手に持つ武器は木の槍が多いが、斧や棍棒、剣や鋤とバラバラだ。


 マーティンたち志願兵は、後方の司令部にいた。

 副官が、志願兵たちに叫ぶ。

「ここまで抜けてきたら、諸君らにも戦ってもらう。だが、保身を重視しろ。我々は諸君を守りに来たのだ。弓兵、構え!」

 弓兵は二十程度だ。

 静寂の中、オークの荒い息づかいと、弓を引き絞る音がなる。

 部隊長は上げた片手を、サッと下げ

「って!」

 と短く告げる。

 一斉に放たれた矢は、オーク目掛け飛来し、数体のオークから鮮血が飛ぶが、倒れた者はいない。

 オークたちは、それで攻撃された事を理解したのか、いななきながら突撃してきた。


「槍兵、構え」

「相互支援、前進不要」

 前方と後方から掛け声が掛かる。

 それだけだった。

 オークと同数程度に見えた槍隊だったが、三列に並び、全く抜かせなかった。

 たまに回り込む個体は、弓で射られ、少数の騎兵に蹂躙される。


「相手がオークとわかっていれば、対策できる。倍の数でもな」

 いつのまにか、彼の隣にいる立派な白い胸当ての兵士。

 彼は絶叫を上げ、数を減らしているオークたちを食い入るように見ていた。


「弓隊、騎馬隊、追撃!負傷者の救護」

 僅かなオークは逃げ出していた。

 その背後から、弓が襲い、倒れたら騎馬隊の槍が止めを刺す。

 実に鮮やかな勝利だった。

「君たちも、負傷者を助けてくれぬか?生きてるオークを見つけたら、大声で知らせよ。では行け」

 副官に言われ、志願兵は前線の兵たちに向かう。

 真剣な顔に目を光らせて。



 近隣の村が滅ぼされてしまったのは悲しい。

 しかし、彼らは駆けつけて、脅威を排除してくれた、助けてくれた。

「自分も、彼らのように、人々を助けたい」

 そう思ってしまうのは、少年のマーティンには、ごく当たり前の思いだった。


 その日は、廃墟になってしまった村で野営になった。

 オークの死体の処分と、村人の残骸のような亡骸も兵士たちは埋葬してくれた。

 彼は、部隊長がいる家に呼ばれた。


「君には素質がある。君に入隊の意思があるのならば、共に国を、民を守る事を仕事としないか?」

 マーティンは両親や、村での生活を思い出す。

 憧れはあるし、不安もある。

「今すぐに答えなくてもよい。危険もある仕事だ。両親とも、しっかり相談して決めなさい」

 立派な人だと思った。

 帰ったら、両親に「兵士になりたい」と言う決意をした。


 両親は「お前がやりたい事をやれ」と言ってくれた。

「村を、みんなを守れる兵士になるよ!仕送りをして、父さんと母さんにも楽させてあげるからね」

 そう言って、マーティンは村を出た。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?