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勇者 後編

 マーティンは軍に入ると、辺境守備隊を希望した。

 自分と同じように、脅威に晒される辺境の人々を救いたいからだ。

 しかし、彼は、大きな街の士官学校に入学させられた。

 貴族の子息もいたが、この学校は実力重視で、コネも地位も関係なく、鬼教官の指導が待っていた。


 マーティンは、そこで基礎訓練をみっちりと行った。

 倒れるまで走り込み、手のマメが潰れても素振りする。

 ほぼ実戦のような、武器を使用した戦闘訓練をし、怪我をしたら自己治療する。

 実際に、火の玉や雷、氷の魔法をその身に受け、魔法の本質を身体に理解させ、運が良ければ魔法の才能が開花するかも、などのカリキュラムもあった。

 ディクト教の導師に回復の奇跡の手ほどきを受けた。

 ほとんどの者が、生命の危機を感じてか、回復魔法を使用できるようになっていた。

 当然、軍略や、政治的な事も叩き込まれる。

 雪の中、熱帯のジャングル、砂漠の行軍も体験させられた。



 約三年、訓練に明け暮れた彼は、たくましい青年になっていた。

 士官学校でも、マーティンは優秀だった。

 王都守備隊を推薦されたが、それを固辞し、辺境守備隊へ正式に配属された。

 故郷を救ってくれた軍人を、忘れた事は一日もない。

「いつか、自分が、村を守るんだ」

 士官学校でも、ずっと言い続けていた。

 始めは笑っていた貴族の子息も、別れ際に

「お前なら出来る」

 そう言って、見送ってくれた。



 故郷の村とは違う、北方の国境付近に配属された。

 そこには、かつて彼の村を救ってくれた副官だったものが、部隊長としていた。

「久しいな。精進しているか」

 彼は敬礼で答えたが、その顔は笑顔だった。


 部隊長は暇を見て、彼に光魔法を教えてくれた。

「ワシは目眩しの発光程度しかできん。しかし、お主は才能がある。不浄なる者を消すくらいのな」



 短い夏が終わり、指先に灯りを灯せるようになった頃、彼のいる部隊に出陣の要請が出た。

「熊が村の近くに出た」

 と言ったものだった。

 辺境に来る冒険者は少ない。雪が積もれば尚更だ。

「雪が積もると活発になる魔物もいる」

 彼もそれは知っていたし、冬眠前の生物は食い溜めをする。


 彼は末端兵として、二十人の部隊に入り現地へ向かう。投槍と半弓を支給された。

 簡易な木柵に囲まれた山嶺の村はまだ無事だった。

 村民は総出でお礼を述べていたが、隊長は

「まだ、我々は何もしていない。油断せぬように」

 そう釘を刺していた。


 五人一組になり、交代で昼夜警備していた。

 二日目の夜、彼は昼の警戒を終え、眠っていた。

 罠にかかった熊を見つけたと、夜警班から報告が入る。

 彼が向かうと、熊は三頭いた。

 成体と変わらない大きさの子熊二頭と、母熊だろう。

 食べかけの何かを抱えているように見えた。


 隊長の命令で、灯りの魔法を唱え、仲間たちと盾を構え包囲する。

 立ち上がった母熊は、彼よりも大きい。

 罠にかかった子熊を守るように立ちはだかるが、弓と投槍で暴れる隙を与えずに倒された。

 子熊も同様に処理できた。


 しかし、熊は一体の村人の亡骸を持ち帰る途中だったようだ。

 森に入っていた猟師だ。


 熊と猟師の亡骸を村に持ち帰る。

 マーティンは、猟師の首を抱えていた。


「熊は撃ったが、犠牲を出してしまった。これで失礼する」

 隊長は村長にそれだけを言って歩き出した。

 彼も、何も言えない気持ちだった。



 雪が降り始めた頃、違う村からの救援依頼。

 今回は、部隊長も出陣する。

「相手はスノーウルフだ。数は不明。足では追いつかん。誘引に警戒しろ」

 雪上を軽快に走り回る、白い狼。奴らは集団で、野生動物や人間をも「狩猟」する、賢い魔物だ。

 今回は、皆、剣を装備した。


 雪原の集落につくと、すでに集落内部に踊る白い影と、飛ぶ鮮血が見えた。

 彼は無自覚に動いていた。

 彼は藁を編んだ靴底を踏ん張り、駆け出していた。


 剣を抜いた彼の接近に気付き、狼たちは獲物から離れた。

 彼は倒れている村人を庇うように構える。

 複数のスノーウルフは、距離をとり、彼の周りを回る。

 背後や、側面から、スノーウルフたちは飛びかかる。

 時間差で向き直る背後を的確に狙っている。


「多角陣形、背後も十分に警戒せよ」

 隊長の声は近い。

 円陣を敷いた部隊は、ジリジリとマーティンに近づいた。彼は救われた。


 十体ほどのスノーウルフを打ち倒すと、奴らは吠えながら去っていった。


 集落の建物のドアが開き、外の様子を伺う住民たち。

 恐る恐る外に出て、部隊の到着と、倒れているスノーウルフの姿に、歓喜の声を上げている。


「住民と負傷者の手当てを。生きてる狼にとどめを」

 部隊長の号令に従い、彼も行動を起こす。


「集合」

 兵士たちの役割を見定めた部隊長の号令が、静寂の雪原に響く。

 住民も集まり、口々に感謝を述べている。


 整列したマーティンの前にきた部隊長は、彼を殴り倒した。彼は尻餅をつき、鼻血を出した。

「お前が一人で勝手に死ぬ事は、兵士である間は許さん。お前が生きていれば、救える命は多い。命令を遵守せよ。他の者も、わきまえよ」

 感情の無い、平坦な声で、部隊長は告げた。

 兵士たちに驚いた様子は無い。

 一瞬の沈黙の後、兵たちは「はっ」と声を上げ、敬礼した。マーティンは一人、俯いた。


 その後、野営を張り警戒をしていた。

 翌朝、見張りをしていたマーティンの元へ、包帯を巻いた老人の手を引く夫妻が来た。

「あなたのおかげで父は助かりました。殴られてびっくりしましたけど、私達は感謝しています。ありがとうございました」

 そう言って頭を下げて帰っていった。

「僕の行動は、無駄ではなかった。しかし、兵士の心構えは忘れてはならない」

 彼はそう呟いて、彼らの背中を見送った。


 その後、再度来襲してきたスノーウルフの大半を倒し、兵士たちは集落を去った。

 彼は、僅かな苦味を噛み締めながらも、「自分が村を、人々を救うんだ」と再度誓った。



 雪が本格的に積もった厳冬期に、救援の知らせをソリに乗った兵士が届けた。

「スノーワームが出た」と。


 数年に一度、スノーワームは十個前後の卵を産卵する。

 雪を食べ成長した個体は、血肉を求めて動物を襲う。

 過去には成体のスノーワームに、兵舎までも襲撃されている。雪の中を縦横無尽に移動して、見境なく生き物を襲う強敵だ。

 ただ、物理攻撃も、魔法も効く。大きな個体はタフだが。


「各人、得意な武器を持て。あみ罠を雪上に展開する。準備を怠るな」

 マーティンたちはソリに荷物を積み、押し進む。

 移動には体力を取られ、思うように進軍できない。

「村人を、僕が救うんだ。助けに来てくれた時、僕はどれだけ嬉しかったか、知っている」

 逸る気持ちを抑えながらも、彼は過去に自分たちを救いに来てくれた兵士たちに自分を重ねる。


 村に着いた時には、村は既に崩壊していた。

 しかし、生き残りもいた。

 穴だらけの雪上、食い破られた家屋の残骸、頭部や手足を食いちぎられた、無残な屍と、白い雪に鮮やかな赤い鮮血が凍っている。


「各人警戒。五人一組で生存者の救護。罠班は罠の展開を進行せよ」

 命令に従い、兵士たちは動く。

 彼は罠班だったが、村人が気になりながらも、網を広げていた。


 突如、目の前の同僚が「わっ」と声を上げた。

 その姿は、地面の雪の中に消えていった。

「敵襲!」

 彼が叫ぶ前に、遠くで声が上がる。

 彼は剣を抜く。

 しかし、敵は、スノーワームはどこだ?

 気配はない。

 だが、背後でまた「わー」と言う叫ぶ声と、舞う雪。

 鉛色の空は、雪を降らし始め、視界は悪い。


「見えた」

 彼は雪中を高速で移動する、その姿を捉えた。

 光る自身の剣を、その姿に突き刺すと、僅かな抵抗の後に、柔らかなものを切り裂いた手ごたえが伝わる。


 数人の兵士たちも、雪に剣や槍を突き立て応戦しているが、雪中に吸い込まれている姿も見えた。


 彼は何故か見える、雪中のスノーワームに剣を刺す。

 突如、雪の上に体を出し、彼の顔目掛け噛みつくスノーワーム。

 その姿は白く大きな芋虫だが、顔全てが口。

 太さは人間程度だが、たくさんの歯が不規則に並ぶその口は、人間を丸呑みし、咀嚼できそうに黒く開いている。


 剣を横に薙いで、その顔とも口とも言える部分を攻撃すると、あっさりと切り飛ばせた。

 彼の剣は白く光っていた。


「各人応戦せよ!同士討ちには注意しろ!」


 部隊長の大きな声が聞こえる。

 炎や雷の魔法も飛び交っている。

 仲間や、住民の悲鳴が響く。


 無我夢中で剣を振る。

 雪に赤い血と、白い体液が広がっていく。

 踏み固められた雪に剣を突くと、小さな「ぷぎゃあ」と言う断末魔が聞こえた。


 肩で息をしながら、周囲を見渡す。

 部隊長も剣を構えて見渡している。

 目があった。

 軽く頷いた。

 危機は去ったようだ。


「警戒を怠るな。負傷者の救護を優先せよ」


 大きな火を起こし、雪を溶かして野営の準備をした。

 凍りついた雪はなかなか溶けないが、体を温めることは出来た。

 疲労困憊だったが、仲間と僅かな住民を救護した。

 百名からなる部隊だったが、健全な者は半数も居ない。

 手足を失ってしまった兵もいる。

「僕は、誰も、救えなかった…のか」


 そんなマーティンの元へ、部隊長が来た。

「剣を抜け」

「は?」

 焚き火の前でへたり込む彼の横に立つ部隊長は真顔だ。

「先ほどのように剣を光らせろ」

 彼は立ち上がり、剣を抜く。

 しかし、剣は光らない。

「そうか。剣を収めて休め。警戒は常にしておけ」

 立ち去る部隊長の背に「はっ」と返事をして剣を収める。

 マーティンも、自身の剣が光っていたのはわかっていた。

 しかし、何故かはわからなかった。

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