復活して早々に、俺は飛ばされた。
ドライアド、まさかお前が本当に俺を助けるとはな。
しかし、勇者や聖女に遭遇した場合や、他の精霊に会った時などは警戒した方がいいな。
前回のように封じられるならまだいいが、乗っ取られたら、片腕を捨てねばならん。
片腕だからと、俺の行動は変わらん。必ず、やる。
しかし、ここはどこだ?
水の底のようだが。
思考の底から立ち上がると同時に、水底の泥から起き上がる。
浅瀬を目指し、水底を歩く。
水面の上には陽光が差して明るい。
水面より上がり、陸地に立つ。
波がないから湖か。辺りは森。対岸は遠い。大きな湖のようだ。湖畔には色とりどりの花が咲き乱れ
そよ風に揺れている。
赤い影は小さなものしかない。小動物や昆虫、魚程度か。
しかし、どこに向かえばいいのだ?
ドロシーは何か言っていたような気もするが。
「ドライアド」
「ケイ様」
なんだ?苛立ちが伝わるが。
「どうした。敵対勢力が近いのか?水か?」
俺は湖から飛びすさり、湖面を睨む。
「私は約束を守りました」
そうだ。こいつは俺の復活に力を貸したのだ。
「ビュル。礼を言う」
右手から、感じたことのない感覚が伝わる。
安堵か、信頼か、感謝か、そんな感覚だ。
「奴隷であるわたくしの願いを聞いてくださり、感謝いたします」
「そうか。ビュルよ、この先はどうしたらいいのか案はあるか?」
「勇者がいます」
なんだと。
俺の視界は一瞬で赤く燃え盛る。
足の裏から伝わる怒りが、頭蓋骨を突き抜け、全身が震える。
「どこだ」
「ご案内します」
ビュルの思考が流れ込む。
湖畔沿いの向こうに勇者がいると。
以前には無い感覚だ。
怒りに飲まれ、無謀な突撃をしないように立ち止まった。
「俺の思考もわかるのか?」
ビュルが奪われた際の事を考え、思考を巡らせ冷静さを呼び戻す。視界は赤いが。
「ケイ様が、そうしようと思うなら、そうなりますが。現時点では、勇者と聖女に対する怒り以外はわかりません」
「そうか。勇者を討つ為にギドを探していたのだが、見過ごす訳にはいかん。行くぞ」
歩き出す俺に、ドライアドのビュルは告げる。
「わたくしを完全に信用できない事は理解しています。しかし、わたくしはケイ様に全てを捧げています。その片鱗をお見せ出来ればと思います」
湖を迂回しようかと思ったが、やめた。
再び湖に身を沈め、湖底を歩き向かう。
水面の周囲を警戒しつつ、水面から頭蓋骨を上げる。
湖畔の小さな村に、勇者は本当にいた。
武装は軽装であの時とは違うが、赤い体から出るあの白と青の光。見紛うはずがない。
「人間社会のことは、分かりかねますが、歴代の勇者には必ず精霊の庇護や、妖精の従者が着きます。自称の勇者も居ますが、彼には矮小な妖精がついています」
「ならば、お前の存在も気づかれているのではないか?」
俺の疑問に、ドライアドは勝ち誇る。
「わたくしは、あの様な小さな妖精などより、上位存在です。かの者に見つかるような下手は打ちません」
今すぐ襲い掛かりたい衝動に震え、水面に波紋が広がる。俺は全身を深く沈め、思考する。
どうすれば、奴に苦痛を、苦難を与えてやれるか。
どうやって、実行するか。
「ケイ様、わたくしに愚策がいくつかございますが、ご検討頂けますでしょうか?」
水中で右腕を見て答える。
「言え」
「しばらく勇者を観察するのです。その後に…」
俺はドライアドの、ビュルの策略にアゴが動いた。
さすがは、長い年月存在した者の知恵か。
しかし、そのほとんどはビュルの下準備と諜報にかかっている。
「ビュル」
「なんでございましょう」
「お前の言を全て信じるのならば、わかる。お前の恐れている事が」
古い神々が恐れていた話を思い出した。
奴らは「忘れ去られること」を強く恐れていたと。
「ケ、ケイ様、何をおっしゃって…」
「裏切れば、やる」
「信じてくださいとしか、申し上げられません」
右腕から、凄まじい恐怖が伝わる。
「ならば、そんなにへりくだった言い方は不用だ。それに…」
「なんでございま…なんですか?」
何故、俺はその時に、そんな事を言ったのだろう。
こいつは、ビュルは、「対等」な関係を望んでいるような気がしたからか?
「勇者を『折れた』ら、ケイと呼べ」
「…わかりました。必ず、必ず、やりましょう!」
右腕から熱が伝わる。緑と黒が濃くなった気がする。
ビュルの策を実行するのに、俺はたまに勇者を尾行する程度だった。
ワナワナと震えてる体を抑え、かなり遠くから勇者の動向を伺う。
そして水中に沈み、潜む。
ドライアドは、勇者がいる村周辺の草木を完全に支配下に置いた。「秘密裏に偽装させるのは時間がかかってしまった」と言うが、三日で勇者と妖精の目を欺けたのならば、大したものだ。
ここまでの情報をまとめる。
勇者は現在では、ただの一兵士で、「元勇者」
勇者自身が「聖女に見限られた元勇者」と言っていた。
そして、この村に駐在しながら、近隣の救援要請に応え、出撃していた。
辺境の一兵士としては、過剰な戦力だが、自身は「村の人々を守る存在でありたい」と言っていた。
なるほど、立派に勇者しているではないか。
元だろうと、現だろうと関係無い。
俺から全てを奪った勇者はお前だ。
必ず、お前の心を折り、殺してやる。