湖の底に潜み、村の、勇者の動向を伺う。
勇者不在の隙をつき、水から上がる。
勇者の村の周囲の人間を消していく。
村の外、近隣に住む木こり、炭焼き人、狩人。
そして村に出入りする行商人、司令を伝える兵士。
死体は湖の底に沈め、石を積んで浮かないようにした。
次いで、湖に出る漁師や、湖畔で遊ぶ子供。
さすがに異変に気付いたか。
勇者は大きな倉庫と、一番大きな邸宅に住民を避難させて、村を守る僅かな兵士に警護につかせた。
勇者自身は、犯人を探して森に入って行った。
愚かな奴だ。
俺は夜になって湖から上がる。
大粒の雨が降っている。
村人を避難させた、倉庫と邸宅を見て回る。
夜警に立つ数人の兵士は騒がないように、全員背後から首を捻ってある。
村の入り口を目指し、歩いて勇者は帰ってきた。
村の簡素な門の前で、勇者の眼前に立ち、声を掛ける。
「おかえり、おそかったな」
勇者は俺をだいぶ離れた位置から認識していたが、近づいてきた。
「スケルトン、お前が犯人か」
声は小さいが、激情を孕んだ怒声だ。
俺は笑う。怒りに震えて笑う。
「くっくっく、はっはっは。覚えていないのだろう?」
勇者は剣を抜く。
俺は両手を頭上に挙げた。
「何の真似だ、不浄者」
手の親指で後ろを指した。
勇者は、すぐに理解した。
「何をした?皆に何かあれば許さんぞ!」
「ビュル」
突如、風が吹いて小さな渦が出来た。
枯葉が集まり、人型を形成する。
枯葉の人型は、俺の隣に立ち「こちらへ」と首を垂れた。
勇者の胸元から光の粒が飛ぶ。
「何で…ビュル様?何故…」
光の粒はビュルに近寄ろうとして、勇者に握られた。
「フィーン!ダメだ。ドライアド、何故敵対する?」
ビュルは答えない。
「やれ」
俺の声に応えて、避難している倉庫と家屋は木の根や蔓草に覆われた。
夜空に人々の悲鳴がこだまする。
「やめるんだ、ドライアド!」
「ビュル様!」
家屋の玄関が開く。
中から血濡れた無数の木の根が出てきた。
「うわあああ」
勇者は剣を光らせビュルを切る。
しかし、枯葉の間をすり抜けただけであった。
返す刃で俺を狙う。
あれ、思ったより遅いな。
俺は余裕を持って身を捩りかわす。
そして勇者の足を、膝を狙い蹴った。
革鎧を着ていたが、手ごたえはあった。
勇者は間合いを取り、正眼に構えた。
肩に乗っている光の妖精は、青い光を発している。
「待ってやるから、自己治療したらどうだ?」
「勇者様ともあろうお方が、そのような小さな従者しか連れていないとは。失礼 元 勇者様でしたね」
勇者の歯が、ギリッと鳴る。
「舐めるなよ」
風に包まれた勇者は、素早く斬撃を繰り出す。
速い。
しかし、見える。かわせる。
「ビュル、武器」
俺の言葉が理解できたのか、出来なかったのか。
ビュルは俺と重なった。
骸骨の骨格に、枯葉の肉体がついた。
右手には、木の枝。
しかし、細く短い木の枝で、勇者の剣をはじく。
「わたくしがケイ様とひとつに…後は存分に」
固く折れない木の枝で、勇者の体を打つ。
剣を弾き、時にしなり、いなす。
左手で盾を掴み、剥がし、勇者の頬をムチのように木の枝で打つ。
ドライアドの肉体は、俺に力を与えている。
圧倒していた。
顔を殴り、腹を蹴り、手足を枝で打ち据える。
その首を、今すぐにへし折りたい。
荒い息を吐くその口に手を差し込み、中身をかき混ぜたい。
いまだに闘志に燃えるその目を、抉り取りたい。
やめろ
だめだ
自身の体に怒鳴る。
今、殺してはいかんのだ。
剣を弾き飛ばし、仰け反った勇者の胸に、握った拳を必死に解き、掌打を叩きこむ。拳では、ここで殺してしまう。
しかし
手ごたえがありすぎた。
大丈夫か?
「マート!」
吹き飛び、仰向けに倒れた勇者に、光の妖精は飛びついた。
青い光が勇者に降り注ぐ。
うめいた。勇者は生きている。
光の粒が俺と勇者の間の中空で止まる。
「もうやめて!ビュル様!マートが死んじゃう」
握れば潰れる小さな粒は、手足を広げて遮る姿勢で光る涙を流している。
風が吹いた。
「え?」
妖精にしかわからない風の囁き。
言葉ではない、ただの風。
ドライアド、ビュルは光の妖精フィーンに風で伝えた。
「あなたが勇者を支えるのです」
徐々に風が強くなっていく。
俺の枯葉の肉体は、風に乗り飛散した。
舞い散る木の葉に身を隠し、俺は背を向け、無言で立ち去る。
生きて逃げろ、勇者。
俺はいつでも、お前を見ている。