目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

湖の底

 湖の底に潜み、村の、勇者の動向を伺う。

 勇者不在の隙をつき、水から上がる。


 勇者の村の周囲の人間を消していく。

 村の外、近隣に住む木こり、炭焼き人、狩人。

 そして村に出入りする行商人、司令を伝える兵士。

 死体は湖の底に沈め、石を積んで浮かないようにした。

 次いで、湖に出る漁師や、湖畔で遊ぶ子供。


 さすがに異変に気付いたか。

 勇者は大きな倉庫と、一番大きな邸宅に住民を避難させて、村を守る僅かな兵士に警護につかせた。

 勇者自身は、犯人を探して森に入って行った。

 愚かな奴だ。


 俺は夜になって湖から上がる。

 大粒の雨が降っている。

 村人を避難させた、倉庫と邸宅を見て回る。

 夜警に立つ数人の兵士は騒がないように、全員背後から首を捻ってある。


 村の入り口を目指し、歩いて勇者は帰ってきた。

 村の簡素な門の前で、勇者の眼前に立ち、声を掛ける。

「おかえり、おそかったな」

 勇者は俺をだいぶ離れた位置から認識していたが、近づいてきた。

「スケルトン、お前が犯人か」

 声は小さいが、激情を孕んだ怒声だ。

 俺は笑う。怒りに震えて笑う。

「くっくっく、はっはっは。覚えていないのだろう?」


 勇者は剣を抜く。

 俺は両手を頭上に挙げた。

「何の真似だ、不浄者」

 手の親指で後ろを指した。

 勇者は、すぐに理解した。

「何をした?皆に何かあれば許さんぞ!」

「ビュル」

 突如、風が吹いて小さな渦が出来た。

 枯葉が集まり、人型を形成する。

 枯葉の人型は、俺の隣に立ち「こちらへ」と首を垂れた。


 勇者の胸元から光の粒が飛ぶ。

「何で…ビュル様?何故…」

 光の粒はビュルに近寄ろうとして、勇者に握られた。

「フィーン!ダメだ。ドライアド、何故敵対する?」

 ビュルは答えない。

「やれ」

 俺の声に応えて、避難している倉庫と家屋は木の根や蔓草に覆われた。

 夜空に人々の悲鳴がこだまする。

「やめるんだ、ドライアド!」

「ビュル様!」

 家屋の玄関が開く。

 中から血濡れた無数の木の根が出てきた。


「うわあああ」

 勇者は剣を光らせビュルを切る。

 しかし、枯葉の間をすり抜けただけであった。

 返す刃で俺を狙う。

 あれ、思ったより遅いな。

 俺は余裕を持って身を捩りかわす。

 そして勇者の足を、膝を狙い蹴った。

 革鎧を着ていたが、手ごたえはあった。


 勇者は間合いを取り、正眼に構えた。

 肩に乗っている光の妖精は、青い光を発している。

「待ってやるから、自己治療したらどうだ?」

「勇者様ともあろうお方が、そのような小さな従者しか連れていないとは。失礼 元 勇者様でしたね」

 勇者の歯が、ギリッと鳴る。

「舐めるなよ」

 風に包まれた勇者は、素早く斬撃を繰り出す。

 速い。

 しかし、見える。かわせる。


「ビュル、武器」

 俺の言葉が理解できたのか、出来なかったのか。

 ビュルは俺と重なった。

 骸骨の骨格に、枯葉の肉体がついた。

 右手には、木の枝。

 しかし、細く短い木の枝で、勇者の剣をはじく。


「わたくしがケイ様とひとつに…後は存分に」

 固く折れない木の枝で、勇者の体を打つ。

 剣を弾き、時にしなり、いなす。

 左手で盾を掴み、剥がし、勇者の頬をムチのように木の枝で打つ。

 ドライアドの肉体は、俺に力を与えている。

 圧倒していた。


 顔を殴り、腹を蹴り、手足を枝で打ち据える。

 その首を、今すぐにへし折りたい。

 荒い息を吐くその口に手を差し込み、中身をかき混ぜたい。

 いまだに闘志に燃えるその目を、抉り取りたい。


 やめろ

 だめだ


 自身の体に怒鳴る。

 今、殺してはいかんのだ。


 剣を弾き飛ばし、仰け反った勇者の胸に、握った拳を必死に解き、掌打を叩きこむ。拳では、ここで殺してしまう。

 しかし

 手ごたえがありすぎた。

 大丈夫か?


「マート!」

 吹き飛び、仰向けに倒れた勇者に、光の妖精は飛びついた。

 青い光が勇者に降り注ぐ。

 うめいた。勇者は生きている。


 光の粒が俺と勇者の間の中空で止まる。

「もうやめて!ビュル様!マートが死んじゃう」

 握れば潰れる小さな粒は、手足を広げて遮る姿勢で光る涙を流している。


 風が吹いた。


「え?」

 妖精にしかわからない風の囁き。

 言葉ではない、ただの風。

 ドライアド、ビュルは光の妖精フィーンに風で伝えた。

「あなたが勇者を支えるのです」


 徐々に風が強くなっていく。

 俺の枯葉の肉体は、風に乗り飛散した。

 舞い散る木の葉に身を隠し、俺は背を向け、無言で立ち去る。

 生きて逃げろ、勇者。

 俺はいつでも、お前を見ている。 

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?