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勇者の妖精

 かつて、この祠の近くには、人間たちが暮らすいくつかの村があった。

 いつしか、大木の前にある、巨石の前で、人々は祈り、供物を捧げていた。

 その頃から、私は森の主から独立し、近隣の村々を見守る日々になった。


 ある時から、村々は衰退していった。

 気候や災害であったり、モンスターの大規模な襲撃であったり、人間同士の争いであったり。

 それでも、残った人々は協力し合い、一つの村となった。


 農作物の収穫の後や、狩猟がうまくいった後などに、村の人々は祠の前で祭りを行っていた。

 ある日、祠の前に数人の子供たちがやってきた。

 子供たちは何を思ったのか、自分たちのおやつにと、大人たちに渡されたヒマワリの種を祠の前に供えた。


 私は、子供たちの健やかな成長を見守る。

 ヒマワリの種は風に吹かれ、雨を浴び、大地に根付いた。

 数年の時を経て、辺りはたくさんのヒマワリが咲き誇るようになっていた。


 太陽の光を集め、その力で子供たちを、村人たちを邪悪な暗黒から守りたい。

 いつしか、私はその思いが強くなっていた。


 人々はヒマワリの花を見ながら、穏やかな生活を送っていた。


 しかし、人間たちの村は亜人たちの度重なる襲撃に見舞われた。衰退し、いつしか皆、この土地から立ち去っていった。


 祈るものの居なくなった祠はゆっくりと朽ちてゆく。

 それでも、夏の朝にはヒマワリは咲き誇る。


 何年、何十年、いや、百年を超えていたのかもしれない。


 光を秘めた青年が、通りかかった。

「私はここにいます」

 聞こえるはずはない。

 ましてや、祈ってくれる事など、ないと思っていた。



「本当に助けを呼ぶ声など、聞こえたのか、マーティン。ワシには何も聞こえなかったし、誰も人の気配を掴んでおらぬではないか」

 禿げ上がった壮年の男を引き連れ、頭の後ろを掻きながら、金髪の青年は答える。

「隊長、私の気のせいかもしれないです。だから、あの廃村で皆と待機していていいと、言っているではないですか」

 壮年の男は、ため息を吐いて狼狽する。

「また、お前一人にして、突っ走っられても困る。それに、お前の勘は当たるしな、小隊長」


 二人の兵装はヒマワリを掻き分け、祠の前にきた。

 青年は朽ちた祠の前に跪いた。

「ここ…かな。村を助けられなくて、ごめん」

 青年は手を組み、数分祠に祈ってくれた。

「あの廃村は、おそらくワシが生まれる前から廃村じゃ。まあ、ワシも手を合わせておくか」

 壮年のものも、弱いが光の力を、その祈りから感じる。

 私は、私は祈ってもらえた。

 さらに青年は、傾いて、乱雑に朽ちた木の屋代を、そのゴツゴツした手で整えてくれた。

「これくらいしか出来ないけど…」

 二人の人間は立ち去る。

 何か、お礼をしたい。

 何年も集め続けた、太陽の、光の力を、この青年に授けたい。

 人間たちの背後で、一つのヒマワリの蕾が開いた。

 その中より飛び出した、小さな小さな光の粒。

 ミツバチのような四枚の羽を羽ばたかせ、青年を追う。


「え?」

 青年は振り返り、私を見る。

「お待ちなさい」

 私の声は聞こえたかしら?

「た、隊長、これは…」

 腰の剣に手をかけた青年を制し、壮年の男が私に問いかける。

「ほう、お主、光の精、祠の主か?」

 私は自分に体がある事に気付く。

 しかし、以前から「こうであった」ような感覚もある。

「私は、光の妖精。名前は…」

 思いだした。私は…

「私はフィーン。あなたはマーティンね」

 青年は口を開け、剣に手をかけたまま固まっている。

「はっはっは。よかったではないか、マーティン。妖精の助力を得られるのは名誉なことだ。死んだ婆さまの話しも、時に嘘ではなかったわい」


 これが、私とマーティンとの出会いだった。 

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