俺は再度、湖に身を沈め、勇者の動向を伺う。
肉体的なダメージは妖精の治療で回復したようだ。
しかし、村人は全滅し、「守れなかった」と打ちひしがれているようで、勇者はへたり込んだ地面から立ち上がらない。
数時間ほどか、勇者の周りを飛び回る妖精に促され、おぼつかない足取りで、この地を去った。
今すぐに、その後ろ姿を追いかけ、打ちのめしたい。
しかし、この程度で俺の怒りは収まらん。
お前は楽には逝かせん。
まだ、地獄は始まったばかりだ。
「しばらくは泳がせましょう。あの妖精は、わたくしの力でケイ様が飛ばされたように感じていることでしょう」
「そうだな。次は人の多い街にいくか、人を避けるか。あの勇者の目はまだ折れていない」
…
…
「マート、お願い、死なないで」
私は必死にマートに治療の奇跡を行う。
地面に倒れ、呻いているが、意識ははっきりしていないみたい。
なんで、ドライアドであるビュル様が。
あのスケルトンの強さはいったい。
でも、今はマートをいやし、支えないと。
ビュル様は、人間には聞こえない、おそらくスケルトンにもわからないように、風に意志を乗せ「勇者を支えなさい」と言っていた。
森の精霊であるドライアドが、勇者や生者に敵対するはずはない。
これには何か意味が…
それに、私たちにしか聞こえない風を使ったということは、マートにも、あの言葉は伝えないほうがいいのかもしれない。
私が、私が勇者を、マートを支える
闇に潜む邪悪な存在は近くにはいない。
ビュルの計らいか、きっと彼女も、最後には勇者に味方してくれるはず。
「うう…フィーン。村の人たちは?あのスケルトンとドライアドは?」
「スケルトンとドライアドは、どこかに消えてしまったわ。気配は近くにはないから安心して。村の人は…もう…」
一度立ち上がろうとしていたマートは、再度、膝から地面に崩れ落ちてしまった。
彼の性格はわかっている。
例え「元勇者」と言われても、彼は人々の命を大事に考えている。
あの聖女のやり方には意を反してしまったが、彼はしっかりとした自身の正義を持っている。勇気を持っている。
だから、助けられなかったのは「自分のせい」だと考えてしまっている。
「マート。あなたが無事なら、次はあのスケルトンを討てるわ。そうすれば、これからの被害も減らせる…ごめんなさい。辛いのはわかっているの。でも…うまく慰められなくて、ごめんなさい」
マートは地面に尻もちをついた姿勢で、地面を見つめていた。
ぽたりと涙が数滴たれた。
「ごめん、フィーン。人々も守れず、フィーンにも気を遣わせて…だけど、少しだけ、皆に祈る時間をくれないか」
マートは地面にうつ伏せに倒れた。
そして、小さな声でつぶやく。
「ごめん、みんな。僕に力がないから、僕がみんなを巻き込んでしまって」
フィーンは見た。
マートの涙で濡れた瞳に、ゆっくりと力が戻っていくのを。
「仇は取る。だから、せめて、安らかに眠ってください」
マートの祈りに合わせ、フィーンはマートの周りをまわる。
「皆の魂に安寧を。そして、できるのならば、勇者マーティンを見守ってください」
そう祈りながら。
マートは立ち上がる。
体についた汚れやほこりを払いもせずに。
「ありがとう、フィーン。行こう」
フィーンがマートと共に行動するようになって、何度か見た顔だった。
助けられなかった人々、仲間の兵士や冒険者たち。
彼の周りで人が死ぬと、いつもマートは落ち込む。
でも、決意を新たに立ち上がる。
その心を傷だらけにしながら。
それでも、誰かを助けようと。
「行きましょう、マート。でも、自分の事も大切にしてね」
「ああ、昔っから、上官にはよく言われてるよ」
「多分、そう言う意味じゃないけど、まあいいわ」
私は彼の肩の上に乗った。
彼の目線は、どこか遠くを見ている。
「どこに向かうの?」
私の問いかけに、一度俯いたマートは顔を上げる。
「あのスケルトンは危険だ。とにかく報告に行く。村の事も伝えないとだし…」
「そうね…マート。私は、あなたについていく。いつでも、どこでも。光の妖精の加護は大したことはないかもしれないけど」
マートはわずかに表情を崩した。
「フィーンにはいつも元気にしてもらって、勇気をもらっているよ。ありがとう」
私が、マートを支える。
決して、一人にはしない。