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兵士マーティン

 兵士として、士官学校を卒業し、辺境警備隊へ配属されて早六年が過ぎた。

 小隊長に任命されたまでは順調…と言い切れないまでも、上官にどやされながらも、周辺の人々を助けようと力を尽くしていた。

 偶然か必然か、光の妖精フィーンを従える事になった。


 その日は、午前中は砦の中で訓練をし、午後からは周辺の警邏に出る予定だった。

 緊急の救援要請などがなければ、と毎日に注釈が付くのだが。


 寄宿舎で日の出と共に起床し、食堂へ行く。

 小隊長という地位について、マーティンには個室が与えられていた。

 小隊長は五人。マーティンが最年少だったが、温厚誠実な人柄ながら、危険を顧みずに人々を救おうとするその姿を、皆が認めていた。


 小隊ごとに食堂を使用する時間をずらしている。

 この日のこの時間は、マーティンの小隊二十名以外はいないはずだ。

 だいたい座る席も決まっており、訓練された兵士らしく、静かに食事を取っていた。

 食堂のドアが開くと、皆一斉にそちらを向く。

 マーティンは立ち上がり、号令を発する。

「大隊長にー敬礼!」

 皆席を立ち、敬礼をする。

 何故、大隊長がこの時間に食堂へ?しかも副官を引き連れて。

 一同は食事をやめ、出撃の準備に入ろうとした。

 おそらく全員が「緊急の出動要請」と思ったのだろう。

「朝食の邪魔をしてすまんな。マーティン小隊長、朝食が済んだら隊長室に来てくれ。小隊はミル副隊長、お主に任せる。皆、食事を続けてくれ」

「はっ」

 皆、姿勢を正し大隊長が退室まで敬礼の姿勢で見送る。


「はーなんで大隊長が来るんだよ朝から!」

「俺、絶対また全部隊で出撃だと思った」

「マート…小隊長。なんか悪い事したんですか?」

「隊長、やっぱり首都隊にいっちゃうんすか?」

 皆ざわざわとし始めてしまった。

 マーティンも落ち着かなかったが、悪い事をした覚えはないし、首都や街にいくつもりもなかった。

「僕もよくわからないけど、みんな落ち着いて。僕が見ていなくても、ちゃんと訓練と警備を頼む」

 副隊長のミルはマーティンよりも年上のベテラン兵士だ。

 彼はマーティンの言を受け、

「マート小隊長、お任せを。お前ら、今日はみっちりしごいてやるからな!」

「ええええ」


 マーティンは静かに立ち去る。

 ワイワイと騒がしい食堂のドアを閉めて、一度深く息を吐いた。

「なんだろう。どこかに遠征か、以前にもあった首都隊の話しだろうか」

 士官学校を出てからも、数度首都や都市部の部隊への編入の話もあった。

 しかし、自身の村を思い出し、助けに来てくれた兵士たちの姿を思い浮かべる。

 来るか来ないかわからない救援として兵士が来てくれた時の、あの気持ちを忘れた事はない。

 辺境守備隊として、自分もあの姿に近づけているのだろうか。

「しかし、僕は今の任務にも、部隊の仲間たちにも誇りを持っている」

 隊長室の前についた。

 おっと、いけない。

 姿勢を正し、ドアをノックする。

 返事を待たずに「マーティン、入ります」と言い、ドアを開ける。



「…と言う事だ。わかっているとは思うが、君に拒否権は無い。…のだが、おそらくは君の思っている以上の権限が与えられるだろう。ワシをアゴで使えるくらいのな」

 机を挟み座る大隊長の前で、休めの姿勢で立ったままを黙って聞いていた。

 聞いてはいたのだが、あまり理解してはいなかった。

「大隊長、何故…」

「明日、聖王都から迎えが来る。急な事だが、皆に挨拶を済ませろ。荷物は最低限で後で送ってもいいだろう」

 大隊長の話しは一方的に終わった。

 参謀が僅かに補足をしてくれたが、頭は真っ白だった。



 今朝、日の出前に聖王都よりの早馬が来た。

 その者は、神殿騎士らしく、大隊長に「マーティンと言う兵士を勇者として首都へ招集する。明日には迎えの部隊が来る」と言った。

 神殿騎士団は国の軍の一部だが、ディクト教団がほぼ実権を握っていた。

 神殿騎士団に入るには、一般の兵士が上官から推薦を受けたのちに、筆記や実務の試験を受けて合格しなければならない。

 言わばエリート集団であり、実力者しかいない。

 主に首都の重要設備や人の守護についているが、軍部から出動要請はできた。


 何にも考えられなくなってしまったマーティンは一度、自室に戻る。

 ベッドに腰を掛け、頭を抱えた。

「僕は、辺境に住む人々を、助けたい」

 来ないだろうと思っていた時に来てくれた、兵士の逞しさをその双眸に思い出す。

「僕も、あの時の兵士たちのようになりたい」

 ずっとそう思っていた。

 しかし、軍の規律に従わないといけない事もわかっていた。

 そして、今回は絶対的な命令だとも。



 マーティンの胸元から、一粒の光が舞い上がった。

「マート…その、私ね、本当は、いつかこうなるって思っていたの」

 光の粒はマーティンの顔に近づいて、その俯く顔に触れる。

「あなたは、優しい。そして強い。それに、私が選んだんだもの。だから、勇者になって、多くの人たちを救いましょう」

 マーティンは顔を上げて、光の妖精フィーンを見つめる。

「僕は、優しくないし、強くないよ。フィーンみたいにね」

 悲し気な顔でつぶやくマートにフィーンは答える。

「そうね、じゃあ、こうしましょう。私が勇者になるの。あなたは私の従者。しっかりと支えなさい」

 黙って俯きそうになるマーティンにフィーンは言葉を続ける。

「勇者になって、都会でも辺境でも困っている人達を助けるの。そして、私に憧れる人たちにも、助け合って生きるように言って回るの。子供たちには『私のように、人々を助けられる人になりなさい、その為には親の事をたすけなさい』って。どうかしら?従者マート」

 マートは顔を上げた。

 表情は緩んでいるようにみえる。

「そうだね、フィーン。ありがとう。きっと僕が勇者に選ばれたのは、フィーンがいたからだね」

「違うわ、マート。あなたは勇者でなくたって、私はあなたについていくのよ。だから、一緒に頑張りましょう」

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