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交叉都市

 東西南北に大きな街道が伸び、交易が交わる都市。

 商業の拠点としても大きいが、軍事的にも各地に派兵するための中継地として機能している。

 ディクト教の勢力も強く、寄進や治療費の徴収により得た富で、大きな神殿も数件ある。

 商業・軍事・教団の勢力は拮抗している。


 私はラウル・ホルマン。

 数年前に父の後を継ぎ、伯爵を賜った。

 元々、軍事関係の仕事を代々受け継いでいる家系だった為、若い頃に軍に入れられた。

 自分でも、色々と才覚はあるほうだとは思っていたが、「士官学校に行ってみないか」と新兵訓練所で打診を受けた。

「王族でも容赦しない」と噂される聖王国の士官学校の噂は聞いていて、興味があった。


 そこは、噂通りの地獄だった。

 朝から走り込まされ、倒れこんでも許してもらえず、喉を通らない食事を無理やり食べさせられ、吐けば吐瀉物まで口にねじ込まれる。

 いざとなったら、逃げ出して家に帰る事も出来ただろう。

 だが、誰一人脱落者の出てない同期の中で、貴族である自分が逃げるなど、許せなかった。


 ここに来た者たちは皆、「自分たちが、国を、街を、村を守る」と言った使命に燃える者たちだった。

 中でも、辺境の村から来た、ぼけっとしたヤツが「僕が村を守るんだ」と意気込んでいた。

 はじめは、獣の革の服と、その素朴な発言がおかしくて笑ってしまった。

「政治も知らない庶民が、何を大層な事を言っているのか」と。

 しかし、彼は決して折れない心を持っていた。

 訓練中、倒れる仲間を助け、自分が動けなくなっても、助けた仲間を背負い、這ってでもついていこうという姿勢を、いつも見せていた。

 その姿に、自分も励まされていた。

 本人は気付いているのか、いないのか、同期の兵士だけではなく、教官たちも彼に一目を置いていた。


 士官学校を卒業するときに、私は彼に「お前なら、出来る」と言葉で伝えた。

 そして、心の中で「お前のようなやつが、きっと英雄なのだろう」と。


 数年後、新たな勇者が誕生した。

 勇者の名はマーティン。

 それは士官学校同期の、マートと愛称で呼ばれていた彼だ。納得できた。


 私は、高齢になった父に、「家督を継げ」と言われ、兵士をやめて家に帰った。

 都市警備部隊に従事していた経験を生かし、軍の移動や街の治安維持をつつがなく行っていた。

 そして、「勇者マーティン」が勇者をやめたと聞いた。


 何故、その彼が、今この街の牢に投獄されているのか。

 街の治安部より上がってきた情報を見て、私はすぐに牢獄に走った。

「あの高潔なマートが…」

 きっと偽物か、何かの間違いだろう。


 そんな期待に反して、マートは鉄格子の檻の中で壁を背にうなだれていた。

 痩せて小さく見えるが、私が見間違えるはずはない。

 罪状は「通行税未払いでの強行突破、及び守備兵への暴行」だった。


 私は、権力を使いマートを連れて帰った。

 当然、彼の罪の証拠は隠滅したが…人の口には戸は立てられない。

 彼が万全の状態ならば、彼を止められる兵士など、この街にいるのか、わからない。

 しかし、彼は憔悴していて、私の問いかけにも曖昧に答える。

 そして、私が誰だかも、理解しているか定かではなかった。


 屋敷の奥の部屋。

 マートをベッドに寝かせた。

 信頼できる執事とメイドの一人だけの入室を許し、匿った。


 数日すると、マートの顔色は良くなってきた。

 食事と睡眠の効果だろう。

 そして、ぽつぽつと言葉をかわせるようになった。

 彼がどこで何をしていて、なんでここに来たのか気になったが、聞かなかった。

 私はマートを信用している。


 マートはベッドの上で上半身を起こして、遠くを見ている。

「僕は…勇者なんかじゃない。聖女に見限られて…」

「マート、今はゆっくり休んでくれ。何日いたって構わない。何か食べたいものはあるか?」

「でも…ラウルにも迷惑をかけてしまう」

 私はベッドに腰かけ、彼の肩に手を置く。

「水臭いこというなよ。あの『地獄』を一緒に乗り越えた仲間だろ?お互い年を取ったけど、私たちは戦友じゃないか」

「…地獄」

 マートは俯いて、黙り込んだ。

 ドアをノックして執事の声がする。

「旦那様、エーグ卿たちとの会合の時間です」

 私はマートの肩から手を離す。

「おっと、行かないと。しっかり食事を取って眠るのだぞ」

 そういって部屋を出た。

「ラウル…ありがとう。ごめんなさい…」

 マートは小さな声で呟いた。



「ホルマン卿、なんでも災厄を運ぶと言われている元勇者が、この街に入り込んでいるらしいですぞ」

「我々は治安を守る立場として、元勇者を見つけ出し、摘まみださなければなりませんな」

 私は、適当な返事でやり過ごした。

 単なる挨拶程度の会話だが、私の心中は穏やかではない。

 しかし、貴族として生きるには、幼少の頃から表情を作る訓練は積んでいる。

 私も市井の話題などは、集めるようにしている。

 当然「災いを運ぶ元勇者」の噂は既に聞いていた。

 尾びれ背びれのついた、歪曲した噂だろう。

 だが、市井の者たちは「ヤツが来た街は滅びる」とか「魔物と結託している」といった噂が蔓延していた。



「…して、ホルマン卿。今度の議会で彼らは、それを申告してくるでしょう。我らの財源も確保せねばなりませんし。いかがいたしましょうか?」

 ああ、商人と教団関係者の足税の免除とか、そんな話か。

「内外的な治安の維持に、税の免除は出来ないと決まったのでは?」

「そうなのですが、彼らは自分達の利権しか考えてないのです。そこで、次に…」


「災厄を運ぶ元勇者」という言葉が頭から離れず、話に身が入らない。

 しかし、商業部門、教団部門と揉めるのはまずいが、争う訳にもいかない。

 一度、彼らの派閥とも腹を割って話せば、妥協案などもありそうだが…

 軍派閥的にどうするのか、あまりまとまらずに、その日の会合は終わった。


 マートの事が、ずっと引っかかっている。

 だが、私は彼の味方だ。

 屋敷内にいれば見つからないだろうが、やはり牢獄で見たものがいる。

 その者が、妙な噂をまき散らしているのか。

 ラウルは一度、大きく溜息をはいた。

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