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フィーンの勇者

 勇者として、兵士マーティン、聖王都へ


 マートこと、マーティンは「次期勇者」として、聖王都へ招聘された。

 聖王国センツェ・ラーイの首都トゥーケンは私が思っていたキラキラした都会ではなかったわ。

 規則正しく立ち並ぶ、石造りの建物。

 その都市の中心には大きなお城があって、立派な神殿もある。

 なんだか、ちょっとだけ息苦しいような雰囲気の古い都といった感じかな。


 マートは街に入ったら、馬車の幌から顔を出してキョロキョロしていたわ。

 お城の門を通り過ぎる時には、白い顔で「うー」と呻いていた。

 馬車が止まって、外から「こちらでお降りください」と言われたときは、跳ねあがって驚いて面白かった。

 馬車から荷物袋を背負って、ギクシャクしたお辞儀を御者にして案内の人についていく。

 私は荷物袋の上でマートの頭とお城の中を見ていた。


 ガチャガチャと大きな音のする鎧の人に囲まれて、部屋に入って説明を聞く。

「これから、聖女様と謁見があります。衣装や装備は準備しているので…」

 そんな説明を受けている時に、マートは

「す、すみません。お、お手洗いをお貸しください」

 と、青い顔で立ち上がって手を上げて言うモンだから、私、笑っちゃったじゃない。


 そして、いよいよ聖女様との謁見。

 お城の中の一部屋なのに、ステンドグラスの窓がついた神殿みたいな場所だった。

 私はマートの肩の上にいた。

 そして聖女キアラを見た。

 妖精の私に、人間の女性が美人かどうかなんて、わからない。


 だけど


 きれいな人。

 きっと、マートはこの人に一目ぼれしちゃうんだろうなって、すぐにわかっちゃった。


 聖女様の前で跪いているマートに、聖女様が声をかけた。

「マーティン殿。この国の勇者として、私を助けてくれますか」

 マートは、しばらく口を開けたまま、聖女様の顔を見ていた。

 そして、慌てて「はいっ」と返事をしていた。

 その後、聖女様はマートから私に視線を移し、微笑んだような気がした。



 そうして、聖女様やディクト教、聖王国の命令で、マートと私はあちこちに行った。

 モンスターの討伐や、亜人に襲撃されている村落の救援。

 人の警護や、物資運搬の手伝い、軍の指令書を届けたり、陣を敷く指揮をしたり。


 はじめの頃は、マートも生き生きとして楽しそうだった。

 たくさんの人に感謝されて、嬉しそうだった。


 けど、一人になったマートは、誰にいうでもなく

「これでよかったのか?みんなが助かる、もっといいやり方があったのではないか」

 そんな事を言う夜が増えた。


 私もたまに、マートの相談に乗っていた。

 いたんだけど…


「今回の聖女様のやり方は間違っている。いくら多くの人を助ける為とは言っても、罪もないディクト教の信者たちを犠牲にするなんて…」


 聖女様は、ここトゥーケンの近隣都市であるイーサキバロスという街が、不浄な者たちに狙われていると言った。

 かなりの規模のアンデッドの出現が予想され、吸血鬼をはじめとする強い個体もいると断言していた。

 そこで、本格的な襲撃の際に、一網打尽にする手段を示した。

 それが、「ディクト教の信者を人柱にし、不浄者を根絶させる『大浄化』の儀式を執り行う」と言ったものだった。

 人柱…言い方を変えれば、生贄を捧げて敵を討つ。

 そういった作戦だった。


 マートは、以前から聖女様が戦争や武力による布教を進めているのが、納得できないようだった。

 私には、人間社会のことはわからない。

 けど、あの聖女様は力もあるし、頭もよさそうだから、何か深い考えがあってやっているのはわかった。

 周りの人達も、聖女様は正しいと信じているみたいだし。




「勇者殿。私の横に立ち、信者たちと謁見してください」

 聖女様にそう言われ、マートは神殿で「人柱」になる信者たちと会った。

 信者たちは、信心深く、今回の件でも皆が同じような内容の回答をしていた。

「私たちの信仰が試されるのです。ディクト様が我々の命をお望みならば、差し出しましょう」

 私は、マートの懐に入っていた。

 マートの体が震え、握った拳に力が加わっていくのがわかった。

 でも、その場でマートは何も言わなかった。



「今回の件が終わったら、僕は勇者をやめる」

 マートは断言した。

 そして、私に向かってマートは言う。

「聖女様の行いは、多くの人を救うのだろう。わかっているんだ。…はは、僕は勇者失格みたいだね。フィーン、僕が勇者じゃなくなったら、さよなら…かな」

 私は、マートの頬を叩く。

 力なんて無いに等しい私の手が、彼の頬を張る。

 彼は驚いた顔で私を凝視する。

「私は、勇者の従者じゃない。マーティン、あなたについていくのよ」

「そっか。ごめん、ありがとう。フィーン」

 マートのゴツゴツした手が、私を優しく包んだ。

 マートは優しい。きっと優しすぎるから、みんなを救いたいんだ。



 不浄者討伐が終わった翌日、マートは聖女様に謁見した。

「勇者を辞させてください」

 決意を固め、まっすぐな目で向き合うマートに、聖女様はあっさりと

「わかりました」

 一拍、置いて言葉を続ける。


「神殿騎士団へ話を通しておきます。後程、今後どうするかを伺いに行かせましょう」

 聖女様も、マートがムリしていたのがわかっていたはず。

 だから、いつかこんな日が来るって準備していてくれたのかもしれないわね。

「勇者としての装備品は返却します」

「わかりました。そちらも神殿騎士団へ伝えておきます。勇者としてのお勤めご苦労様でした」

 その言葉を最後に、聖女は部屋を立ち去ってしまった。



「聖女様も、マートにもう少し労いの言葉をかけてもいいのに」


 自室に戻ったマートに私が言うと、マートはスッキリした顔をしていた。

「ああ、もういいよ。とにかく、このまま街にいるより郊外に出たいかな。辺境部隊には戻らせてくれないかな」

 私はマートが以前よりも元気になったようで安心した。


「ああ、きっとアレね。マートがいなくなって、聖女様もお寂しいのね」

「うーん。そうだったらいいけどね」

「きっとそうよ。マートは聖女様が好きだったんでしょ?」

「ぶっ。フィーン、何言ってるんだよ。聖女様の方が僕よりだいぶ年も上だし、だいたい…」

「キレイな人だから、マートが惚れるのも無理ないわ。だいたい?何?」

 マートは俯いてから、フィーンに顔を向ける。

「フィーンはキアラ様が、僕の事を名前で呼んだ所を見たことがあるかい?」


 なかった。

 初対面の時は「マーティン殿」と呼んだような気がする。

 それ以降はずっと「勇者殿」だった。


「僕にはフィーンがいる。それだけで十分だよ」



 私の願い。

 それは、「マートに幸せになってほしい」

 それだけであった。

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